(1 / 4) ××遊びは20歳になってから (1)
雪は後悔していた。


「…っ」


今日、雪は姉の勤めているキャバクラ『スマイル』にてヘルプに入っていた。
万年金欠の職場で働いているからたまに頼まれるこの仕事は結構助けられている。
が、その助けられている仕事で、雪は今、ものすごく助けてほしいと心の底から思った。
なぜかというと…


「あ、あの…やめてください…」

「ん〜何がかな〜?」

「…おしり、触るの、やめてください…」


進行形で、今…セクハラを受けているからである。
不定期で来るため常連さんがいつもいるとは限らず、今日は偶然にも常連が誰もいなかった。
そのため他人の常連さんを相手にするはめとなったのだ。
その他人、とは万事屋のマスコット兼ペットの定春を捨てた張本人であり定春が暴走した際お世話になった阿音であった。
阿音が準備中の間相手してほしいと言われ雪は二つ返事で承諾したのだが…その客がまた厄介だったのだ。
その客はスマイルをおさわりパブだと勘違いしているのかよくヘルプに入っている女の子達のお尻を撫でまわしたりセクハラをかましていた。
雪も一応話には聞いていたので気を付けていたのだが、客は気を付けようと距離を取ろうと関係なく手を伸ばしてきた。
雪は何度もそれとなく手を避けたり防いだりしたのだが、プロには通じずお尻を撫でまわす手が気持ち悪くてちょっぴり涙目となっていた。


「ほ、本当に…やめてください…でないと…」

「でないと何かな〜?お店の人に言っちゃう?証拠もないのに?」

「いいえ……でないと―――」


雪は焦っていた。
いつバレて恥ずかしい思いをするのではないかという焦りも確かにあるが、それに関しては同僚たちもこの男の手癖の悪さは知っているのでかばってくれるだろうから心配はない。
それ以上に焦ることがあった。
それは…



「てんめエエエエ!!!なに私の可愛い雪ちゃんの尻を撫でまわしてやがんだクズがアアア!!!」



実の姉である妙である。
雪は常に妙の場所を把握している。
それはいつでも助けてもらえるようにというのもあるが、そうではない。
溺愛している妹に粗相を犯した男に対して妙の怒りの沸点はものすごく低い。
どのくらい低いかというと、地面にめり込むほど低いのだ。
だから常に姉の位置を確認しながらどうやって姉にばれず平穏に事を済まそうかという考えでもあった。
しかし今回ばかりは男もしつこく、姉にばれてしまい、妙はセクハラ男の髪を鷲掴みにし酒を冷たく維持するために氷の入っているアイスペールに顔を突っ込んだ。


「あんた何してんのオオオ!!?」


雪が姉の行動に突っ込みと共に止めにはいろうとしたその時、セクハラ男の指名したキャバ譲である阿音が準備を終えやってきた。
そして雪の突っ込みは阿音によって遮られる。
阿音の叫びに妙は阿音が来たことに気付き『あら』と鬼の形相からいつもの美しい表情へと戻り溺れさせていた男の顔を上げさせる。


「阿音ちゃんが来ましたよ、菊屋の旦那〜」

「いや来ましたよ〜じゃないでしょオオオ!?何してんのって聞いてんだけど!?」

「雪ちゃんがね、阿音ちゃんが来るまで菊屋の旦那のヘルプをしていたんだけど、菊屋の旦那ったら雪ちゃんの可愛いお尻を私の許可なく触ったものだからつい…まあ私と雪ちゃんの客じゃないからいいかな?って思って」

「いいわけねえだろ!!」

「雪ちゃんは強気に出れないからこんなときはこうするのよって私なりの対処法を教えたんだけど…」

「あんたねェ!自分の客のゴリラストーカーいつもボコボコにしてるからって誰にでも通用すると思ったら大間違いだぞオオオ!!!」

「―――誰がゴリラストーカーだ!!!失敬だぞ君!!」


噂をすればなんとやら。
今日もストーカーはストーカーだった。
雪は段々空気になっていくのを感じながら突っ込みを阿音に任せ自分は楽をしようとしていた。
そんな時にやっぱり現れたゴリラストーカーだが、どうやら今日は弟ゴリラはいないようで、阿音を指さし『ちょっとお妙さん!ビシッと言ってやってください!!』と言うゴリラを滅多打ちにする姉を横目にしながら雪は内心ほっと安堵する。
項垂れる近藤という名のゴリラをよそにぎりぎりと歯軋りし始める阿音に流石に見て見ぬはできないと雪はやっと重い腰を上げ阿音を落ち着かせようとする。


「阿音さん落ち着いてください!他のお客さんが驚いてますよ!あの、確かに姉上もちょっとやり過ぎな点もありましたけどそれは私を助けようとしてくれただけで…それに菊屋の旦那さまも悪いんですよ?この人おさわりパブと勘違いしてるようで私だけじゃなくて店の他の子もみんな嫌がってて…」

「はァァァ!?ケェェツゥゥゥ!!?」


菊屋の旦那、とはこのセクハラ男である。
それを指さし他の被害者もいると訴えれば阿音から睨まれ雪は思わず一歩後退する。
そんな雪などよそに阿音は雪から姉である妙へ睨みを向けた。


「けつ触られた位であんだっつーのよ!けつがなんで二つに割れてるか知ってる?それは片方触られても平気なようによ!!」

「いや、違うと思う」

「左のけつを触られたら右のけつも触らせる!!常識よ!!」

「違うわ。お尻はね、人間が昔天使だった頃の名残なのよ翼だったの」

「いや、姉上…それもちょっと無理があるような…」

「なにそれ?ロマンチックなつもり?今時不思議ちゃんキャラ?」


キャッツファイトは同じ同性でも正直関わりたくない。
それが出ているのか、いつものツッコミよりもキレがない雪は二人に挟まれおろおろしていた。
火花が飛んでいそうな二人に周りも強く止めに入れなかった中、つわものが立ち上がった。


「―――じゃあ乳ならどうじゃアアア!!」

「ひ、ひィィ!!!なんでまっすぐこっちに狙いを定めるのオオオ!!?」


その兵とは…姉に半分溺れさせられていた菊屋の旦那だった。
菊屋の旦那は隣に妙がおり、いつも指名する阿音がいるというのに、なぜか雪へまっすぐ手を伸ばしてきた。
まっすぐ豊満な胸へと伸ばすその手を妙が秒単位の速さで掴みそのまま背中へと回し、太った背中を膝で抑えソファに押さえ込み空いている手で髪を鷲掴んで顔を上げさせる。


「胸も駄目です。胸はね、人間が昔古代兵器だった頃の名残なのよ。ミサイルなの…あとてめえ何まっすぐ巨乳を狙いやがった?あァ?私がお前みたいなブタ野郎の汚れた手で神聖な雪ちゃんのお胸様を触れさせるとでも思ったんか!?んなこと誰にもさせるわけねェだろうが!!身の程を知れ!この愚民が!!」

「あ、姉上!姉上キャラ!!キャラ変わってます!!えすえむ女王様になってます!!」


菊屋から『いだだだ…!!』と悲鳴が聞こえ、雪は慌てて姉を止めようとした。
しかし可愛い妹の胸を触ろうとした下賎な存在を易々許すはずもなく…姉は誰にも止められなかった。
菊屋からもだんだんと『ありがとうございます!!ありがとうございます!!』と喜びの声も上がっていき、怖くなった雪は真っ先に店長のもとへと向かった。


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