(1 / 16) 紅桜篇 (1)
真選組屯所。
そこは真選組の隊士たちが寝泊りし生活する場所でもある。
隊士に関しては女人禁制ではあるが、何事にも例外がある。
自分の事は自分ですることも隊士たちの鍛錬の一つでもあるが、女手でしか出来ない仕事を外から女性を雇ってやってもらっている。
多くはパートだが、唯一、屯所で生活している女性が1人いる。
その女性とは…


「おさきちゃーん、これもお願い」

「あ、はーい!」


カブト狩りで名前だけ出て定春が大きくなっちゃったよ事件でチラリとだけ出たあの読者も覚えてないんだろうなとしか思えないほど影の薄い少女である。
少女――おさきは洗濯物を洗うため籠一杯の洗濯物を運んでいたが、後ろから隊士に声を掛けられ追加の洗濯物を頼まれる。
『ごめんね』と謝りながらおさきに洗濯物を頼む隊士に笑みを浮かべて、おさきは洗い場へと向かった。
隊士の洗濯物はやはり男所帯だからか多い。
普段着から制服、更には下着やらも洗わなくてはならないため本来ならパートのおばちゃん達に頼んでいるが、こうして合間を縫っておさき一人で洗うのも楽しいのだ。
おさきは家事が好きだった。
血がついた物は嫌いだが、汚れが落ちるのを見ていたり、彼等が美味しそうに作ったものを食べてくれたり、部屋を綺麗にしたりとするのが見ていて楽しく感じるのだ。
特に…


「鷹臣さまの物は別々に分けないと…」


あの、メデューサの鷹とも名高い鷹臣の洗濯物や物に触れれるのだ!
こんなにいい仕事はない!、とおさきは断言できる。
おさきも絶世の美男子である鷹臣に惚れこんでいる。
惚れこんでいると言ってもストーカー女どもやその辺のモブ女と同じ意味ではなく、憧れという意味が強い。
簡単に説明すればアイドルであろうか。
隊士たちも大切な家族だし仲間ではあるが、やはり鷹臣は別格であり特別である。
だからこそ鷹臣の洗濯ものや部屋の掃除はパートのおばちゃん達ではなくおさきがしているし、鷹臣の洗濯物は隊士たちとは別々で洗っているのである。
それを聞けば酷い贔屓だと思われるが、鷹臣を目の前にすれば恐らく誰も言えないだろう。
隊士たちも鷹臣のイケメンさにもはや諦めの境地に至っている。
何十人分の隊士の洗濯物を洗い終えれば次は干す作業に移る。
いつもはパートのおばちゃん達と楽しく世間話でもして作業をするのだが、今回は暇つぶしという名の仕事なので一人である。
パートと言っても短時間のパートである。
しかし給料はよく、5時間のパートで時給1800円から2000円。
休憩、有給、社会保険、休日出勤手当などなど充実している。
ただ真選組に休みがないためにパートのおばちゃん達も年末年始以外休みや連休がないのがネックではある。
それでも連休が取りたいと言えば取らせてくれるのだ。
誰かが抜けても新しい人がすぐに入ってくるのでそこだけは助かっている。
短時間のパートだからこうして時間まで開いてしまうこともあり、その間、おさきは暇なのだ。
その暇の間に掃除をしたり夕飯の支度をしたりこうして洗濯をしたりと暇をつぶしているのだ。


「さて…近藤さん達にもお茶、だそうかな」


局長と副長にお茶を出すのもおさきの仕事である。
局長達だけではなく、隊長格の人達にもお茶を出すのが仕事である。
空となった籠を邪魔にならない場所に置いて台所に向かい、お茶を入れて屯所にいる隊長たちにお茶を入れて回った。


「終兄さん、お茶いれました」

『ありがとう』


三番隊の斉藤終にお茶を差し出し、ノートでお礼を言われおさきは『どういたしまして』と微笑む。
ノートでの会話も慣れており、おさきは『お菓子とかどうですか?美味しいお菓子、旅行のお土産にっておばちゃんから貰ったんです』と言えばノートに『じゃあ貰おうかな』と返ってきた。
お土産は同じパートのおばちゃん達とおさきへのお土産で、人数が多すぎるため隊士たちの分はない。
それでいいと言ってあるし、むしろ隊士たちへのお土産を買っていると大変だから旅行に行く人には元からそう言ってある。
たまに余る事もあるためそういう物をこうして隊士たちに上げることもあるのだ。
むやみやたらに上げてはいない。
主に上げるのは目の前にいる終や、鷹臣や、近藤、土方、沖田、山崎など親しい者達である。
『みんなに内緒ですよ?』と口元に人差し指を立てて悪戯っぽく言えば終もマスクの下でクスリと笑い同じく人差し指を立て同じ仕草をして頷く。
終はおさきを妹のように可愛がっており、普段勘違いされがちな彼だが、おさきや沖田などにはこうして穏やかな表情を見せてくれる。
正直おさきはそれを独り占めできて嬉しく思っていた。
2人だけの秘密が出来たと言って笑うおさきを終は眩しそうに目を細め、彼女の柔らかい髪を撫で、おさきは気恥ずかしそうに微笑んだ。

――三番にお茶を出した後、おさきは局長の部屋へと向かう。
普通は逆だろうが、沖田や土方の姿ないのを見て彼等が何か話し合っているのだと思って気を使って後にした。
近藤も土方もそして沖田も、おさきを妹のように可愛がっているから血なまぐさい仕事の話を彼女の前でするのを極力避けているのだ。
沖田の場合、おさきの方が年上なのでもう一人の歳の近い姉だという認識でもあり、おさきと鷹臣を前にすれば近藤と同じくドSなど封印している。


「なに?高杉が?」


局長の部屋へと向かうと、丁度近藤が素振りをしていた。
それを見ておさきは話は終わったかな、と思って部屋に近づくが、どうやら話はこれからのようだ。
近藤から出て来た攘夷浪士で名前が挙がる一人の名におさきは立ち止まる。
おさきがいるのに気づかない土方は障子に寄りかかり煙草の煙を吐き出しながら頷く。


「ああ、間違いねえ…監察が入手した確かな情報だ」

「あの高杉がまた江戸に…」


『高杉』、という言葉はおさきも聞いた事がある。
恐らくニュースや新聞を見ている人なら一度は聞いたり見たりしたことがあるだろう。
しかしおさきは一度彼に会ったことがある。
それは本当に昔の事。
まだ真選組に入る前の事。
高杉と聞けばおさきの頭は真っ先に"あの時"の姿を思い浮かべるだろう。
おさきはその名にお盆を持っていた手の力を入れ、ギリッ、と歯を噛みしめる。


(高杉晋助…!あいつも江戸に来てるなんて…!)


今、おさきの顔は酷い物だろう。
憎しみに染まった女の顔をしているであろうおさきは舌打ちを打ちたくなる。
おさきは高杉という男が…いや、彼の仲間だったあの二人も含めた三人が嫌いだった。
このままの顔では近藤達の前に出れないとおさきは鷹臣の姿を思い浮かべ落ち着かせる。
そんなおさきなどよそに沖田はあの祭りの時の事を思い出す。


「高杉かー…確か前回は見事にやられましたっけ?」

「お前がなっがい便所に行ってたせいでな!!」

「あれ?おっかしいなァ…その論法で行くと真面目に働いていたどこぞのマヨラーは俺以上に無能ってことになりやしませんかィ?」

「んだとゴラァァァァァ!!!」


前回…祭りの時、働いていたのは近藤、土方など隊士たち。
だが例のごとく沖田はサボっており、尚且つ偶然会ったという雪と神楽と祭りを回っていたという。
土方の天敵は万事屋を営んでいる銀時である。
そして沖田の天敵はその万事屋の従業員のひとり、神楽である。
その両者は真選組と万事屋やその周りからは周知のとおりの仲の悪さであるが、その間に一人の少女…万事屋の従業員の一人、雪が入れば沖田も神楽も、土方も銀時も、大人しくなる。
だから神楽と屋台を回っていたと聞けば驚きを通り越して明日地球が滅ぶのではないかと思うほどの衝撃だが、雪の名前があれば何となく納得出来た。
人が必死来いて仕事をしている間、片想いをしている少女と乳繰り合っていた(ちょっと違うが)と聞いていた土方は八つ当たりのごとく沖田の挑発に刀を抜く。
沖田も寝ていた体勢から起き上がりどこから取り出したのか不明だがバズーカを構えた。
そんな2人を近藤が止める。


「トシ!止めとけ!」


土方は近藤の言葉に素直に刀を下ろし、土方が大人しくなったのを見て面白くなさげだが沖田もバズーカを下ろす。


「…攘夷浪士で最も過激な男、高杉晋助…噂じゃ奴は人斬り似蔵の異名を持つ岡田似蔵、赤い弾丸と恐れられる拳銃使いの来島また子、変人謀略家として暗躍する武市変平太、そして正体は謎に包まれた剣豪河上万斉……奴らを中心にあの鬼兵隊を復活させたらしい」


土方の情報に近藤が怪訝とした表情で土方へ振り返る。
その動きでアレが揺れたのを見たが、おさきは近藤を男して…いや、人間として見ていないので目をどこかに逸らすことはなく気にすることもなかった。
むしろアレをアレと認識してもいない。


「鬼兵隊?攘夷戦争の時に高杉が率いてた義勇軍のことか?」

「ああ…文字通り鬼のように強かったって話だがな」

「だが今さらそんなもん作って一体何をするつもりだ?」

「おそらく強力な武装集団を作りクーデターを起こすのが奴の狙い……近藤さん、あいつは危険だ」

「…分かった……トシ、やつらの情報を集めるのに全力を尽くしてくれ」

「了解だ」


鬼兵隊、という名前は攘夷戦争に出ていない近藤達の耳にも届いていた。
近藤の言葉に土方は頷き、素振りを始める為背を向ける近藤に土方は『それから近藤さん』と続け…


「素振りは全裸でなくてもいいんじゃねぇか?」


と今更ながら突っ込んだ。
それでも素振りを止めない近藤にため息をつきながら室内に入り、それを見て話しは終わったと思ったおさきは今来ましたと装う。


「勲兄さん、十四郎兄さん、総ちゃん、お茶にしませんか?」


ととと、と小走りで駆け寄れば三人とも表情を険しくさせた。
だが、おさきが小首を傾げ『どうしたんですか?』と問えば、おさきは聞いていなかったのだとホッとさせる。
フルチンの近藤が笑みを浮かべ『丁度いい、休憩に入るか』と言って縁側に座って差し出されたお茶を飲む。
それを見て土方と沖田も縁側へ移動しおさきが入れたお茶を飲み、そしておばちゃんからもらったお土産のお菓子を楽しんでいた。


「おさき」

「はい?」

「今日からしばらくは外出は控えろ」

「…はい、分かりました」


和気あいあいにお茶を楽しんでいると土方に声を掛けられる。
それは外出を控えるようにとのことだった。
話を聞いていたおさきは怪訝そうな表情を作って見せた後、深く頷く素振りを見せた。
その素振りに土方は安堵した表情を浮かべ、おさきの頭をポンポンと叩くように撫でた。
その時ドタドタとおさきの後ろから誰かが駆け寄ってきた。


「た、大変です!!また辻斬りが出たそうです!!」


それは監察の仕事をしている山崎だった。
山崎の言葉で楽しいお茶会は終わりを告げる。


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