(2 / 13) その後 (2)
あの後、銀時と神楽は傷の手当てという名目で志村家にいた。


「雪ちゃん、神楽ちゃんとお風呂入っちゃいなさい」


妙は元気はないが、普通通りに接しており、銀時もいつも通り妙と憎まれ口を叩きながら接していた。
まだぎこちないが普段通りに戻ったようで雪はホッと安堵をする。
食器を片付けていると妙にお風呂に入るよう言われ雪は頷くも、珍しく神楽も入るよう指示してきた。
神楽と入る事は珍しくはないが妙から言われるのは珍しい事だった。
とりあえず頷いて見せ、食器を片付けた後に神楽と一緒に風呂場へと向かった。
パタリと閉められた襖の音を最後に銀時と妙のいる部屋に沈黙が訪れる。


「…………」

「…………」


どちらも口を開かず、沈黙は更に続けた。
普段からお互い我関せずを突き通していたため、沈黙自体珍しくはないが、あの事があってからの沈黙は少々気まずげに感じる。


「…………」

「…………」


銀時は続く沈黙に身じろぎ一つできなかった。
妙は座って雪が淹れてくれたお茶を飲んでおり、銀時は風通しのいい縁側で腹を満たしゆったりと過ごしていた。
肩肘を立てて横になる銀時は指一本動かせない窮屈さにそろそろ窒息しそうになる。
いつもならなにも感じない沈黙が激痛のごとく痛く感じ、攘夷戦争以上の困難が銀時に襲い掛かった。
『そろそろ何か言うべきか?』と思ったその時…


「銀さん」


妙が動いた。
銀時は妙に名前を呼ばれ横になっていた体勢から座り、妙に振り返る。
妙は銀時を見るでもなくただ妹の淹れてくれた自分好みのお茶を飲んでいた。
その姿は銀時を呼んだなど微塵も感じさせず、言葉が続けられなければ気のせいか気まずさのせいで聞いた幻聴かと思うほどだった。


「…あなたはあの子から、あの子の過去の事を聞きました?」

「…ああ」

「では叔父のことも?」


コクリ、と頷く銀時を見て、やはり、と思う。
何となく2人から交際の許可を請われた時、銀時は雪の過去を知っている気がした。
その上で雪を受け入れ、愛していると。
それが彼が頷いたのを見て確信に変わり、妙は湯呑を持つ手の力を入れるが、ハッとさせすぐに力を抜く。
そうしないと湯呑を割ってしまいそうだった。
銀時の頷きを見た妙は『では話がはやい』と思いながら続ける。


「あなたは遊女だったあの子をどう思いますか」

「どうもこうも雪は雪だろ、それ以外あるか?」


問いかければ、銀時は質問を質問で返してきた。
それに妙は無言で返すも心の中では『ないですね』と返す。
今はまだ彼と真っすぐ向き合う事は出来なかった。


「…私はあの子に近づく男全てが嫌いです…だからあなたが一番嫌いなんです」


妙の言葉に銀時は『んなもん知ってるよ』と呟くが、妙はそれを聞かなかったふりをする。
一々反応していてはきりがないのだ。


「それでも、あなたと同じように嫌いな人が2人います…」

「2人?」

「ええ…一人はあの子の姐遊女だった人…あの子姉の座を奪おうとした人……そして、あの子の初恋の人」

「初恋の人?」

「ええ…吉原にいた時のお客らしいです…」


雪の『初恋』と聞き銀時はピクリと反応する。
吉原にいたことは知っていた。
だが、初恋がいたことは知らなかった。
自分が雪の初恋かなんて甘い夢は見ていないが、雪の初恋の相手というのは妙が警戒するほどの男なのだろう。
銀時は妙から聞いてすぐにある『一人の男』を思い浮かべた。
つい最近仲違いした…あの男である。
雪からははっきり言われてはいなかったが、何となくそこに好意があるように感じた。
雪としたらもう終わった事だろうし、今雪が好きなのは自分であるのは確かだ。
だがモヤモヤは中々晴れない。
一瞬顔を引き攣らせる銀時を見て妙は意地悪だが、『ざまあみろ』と思った。
可愛い妹を奪っていったのだ…それくらいの腹いせくらいはさせてもらっても罰は当たらないだろう。


「ずっと…あなたと会ってから私はずっと天秤にかけていたんです…あなたに取られるか、あの子の初恋相手に取られるか…ずっと、天秤にかけ続けて生きて来ました…」

「…お前…あいつの初恋相手を知ってんのか?」

「私はあの子の過去をただ聞いただけ…あの子の心に住み着くあの二人とは一度も会ったことはないです…だけど、あの子の初恋の人は生きていると聞いてから…私はあの子をその男に奪われる恐怖に駆られていた…だからあの子が行方不明になってあなたが傷だらけになっていたあの時…私は決めきれなかった天秤を動かし…―――あなたに傾かせたんです」


妙の言葉に銀時は目を見張る。
あの時、とは紅桜の時の事だろう。
女の勘なのだろう…雪が初恋の相手のところにいると思ったのは。
その時妙は銀時を取るか初恋の相手を取るかを決めかねていたが、苦渋の選択をし、銀時を選んだ。
だが…


「会ったことのない人にあの子を奪われるくらいなら…あなたに奪われた方がマシだと…思った……だけど…けど…駄目だった……天秤をあなたに傾かせたけど……でも…あの子が誰かに奪われると思うと…何も考えられなくなってあなたから引き離す事しか考えられなかった…っ」


ぽた、と机に妙が流した涙が零れ落ちた。
妙は手で顔を覆って泣く。
その震える姿を銀時はただ見つめていた。
銀時は初めて妙が女らしく見えた。
華奢な体で大きな体格を持つ男と張り合い無理をしてでも妹を守ってきた妙の体が…銀時は普通の、どこにでもいる、ただの少女に見えたのだ。


「あの時あの子をあなたから…あなたと神楽ちゃんから引き離して守る事だけしか頭になくて…あの子がどんなに悲しそうにしていても…泣きそうにしていても…辛そうにしていても……あの子の事なんか一度も見てあげる事が出来なかった…あの子を守っていながら…私が一番あの子を傷つけてきた…」


妙はあの時、必死だった。
必死で銀時と神楽から雪を遠ざけようともがき、そして妙も苦しんでいた。
過去に捕らわれ雪を潔癖なまでに男から守ろうとしていた。
だけど、一度天秤を傾かせても戻すことはできなかった。
きっと神がそれを許してくれず、自分に与えた罰なのだろう…そう妙は思った。
でも…それでも…妙の頭には雪を二人から遠ざける事しか考えてなかったのだ。
その結果が守ろうとしていた雪を一番傷つけていたのだ。
それを気づかせてくれたのが、他でもない、今、目の前にいる憎らしいとまで思った男である。
男は言った。
自分から雪を奪わない、と。
冷静になった今、それは信じるに値するというのは分かる。
だが…やはり嫌なのだ…悔しいのだ…妹の一番はいつも自分だったのに、いつの間にか…否、この男と出会ってから妹の一番はいつからかこの男の物になったのが、妙は耐えられなかった。
だけどもう妙は雪から銀時と神楽を奪う事は出来ない。
銀時と神楽といるあの子のあんなにも楽しそうに笑う顔を見てしまっては妙はもうあの子から何も奪えなかった。
肩を震わせ泣く妙に銀時は胡坐をかきすっかり夜も更け込んだ夜空を見上げた。


「俺はあいつを傷つけねえって誓えねえ」


銀時の言葉に妙は目を見張り顔を上げて銀時を見た。
あんなにも雪を想っているのだと言っておいて今更そんな事言われ、妙は銀時を睨むように見つめた。
そんな視線を受けながら銀時は夜空に浮かぶ月を見る。


「あいつだって俺を傷つけねえって誓えねえよ…だって、恋愛だろうと家族だろうと友人だろうと…相手を傷つけずに向き合うのは無理だろうし、そんな気を使ってばっかりいたら息苦しくなるもんだろ?」

「…だからって傷つけても良いっていうんですか」

「そうじゃねえよ…そういう事じゃねえ……俺が言いたいのは傷つけないって守れもしない誓いは出来ない……だが、これだけは言い切れる…―――俺はあいつの笑顔だけは絶対に奪ったりしねえ」


銀時の言葉に妙はグッと言葉を呑み込んだ。
色々言いたい事はあった。
色々言い返したいことだってあった。
だけど、今、妙は銀時に何か言い返す資格すらない。
あの子の、雪の笑顔を奪ったのは自分なのだから。
そんな妙をよそに銀時は妙を見る。


「だからさ、俺は俺であいつを守る…お前はお前であいつを守っていけばいい…神楽もいればあいつは絶対傷つかねえ………悪くない取り引きだと思うが…お前、どうする?」


にっと笑う銀時のその言葉に妙は言葉を失ったように目を見張る。
まさか説得ではなく、誓いではなく、取り引きをしにくるとは思ってもみなかった。
取り引きと言っても本気のものではないのだろう。
しかしその取り引きに妙は…


「…ええ…悪くはない取り引きね、それ」


取り引きを受け入れ、銀時の笑みに釣られたように笑った。
瞬きをすると溜まっていた涙が零れる。


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