(1 / 16) 少年はカブト虫を通して生命の尊さを知る (1)
「ちょっと出かけてくるアル!」


その日、雪はお昼も終わり片づけをしていた。
カチャカチャと台所で泡だらけの皿を洗っていると神楽の声に雪は動かしていた手を止め慌てて居間へと走る。
暖簾を潜れば出かける気満々の神楽がおり、銀時はソファに横になりだらけながらテレビを見ていたが慌てた様子で素通りする雪を目で追う。
雪は神楽の背に慌てて声をかけた。


「か、神楽ちゃん!今日くらい家に居てもいいんじゃないかな…ほら、夏だから暑いし外とか太陽昇ってて日差しも強いし…」

「ここに居ても暑っ苦しいのは変わらないアル。私を縛っていいのはこの子だけヨ!!」


しどろもどろに言った雪に玄関で靴を履いていた神楽はムッとさせる。
仕事もないのに行動を縛られ神楽はカチンと来たようである。
『私がどこに遊びに行こうがお前に関係ないネ!』、と言いながら雪に向けて出したのは虫だった。
しかも…


「それ…もしかして……ふんころがし…?」

「そうアル!!すげくネ!?自給自足じゃネ!?マジすげくネ!?」

「……それを素手で鷲掴みにしてる神楽ちゃんの方がすごいと思う…」


神楽が手に持っているのはただの虫ではなくふんころがしだった。
しかも鷲掴み。
しかも素手。
糞の部分を素手で鷲掴み。
今時の子供はゲームやらネットやらで汚れた遊びをしらないというが、汚して遊んでくる子供でも流石にふんころがしを触る勇者…それも糞を触る閣下はいないだろう。
雪は得意げに見せる神楽に『それどこで拾ってきたの…』と弱弱しく突っ込むしかなかった。
肩を落とす雪を無視し神楽はふんころがしを手に遊び行ってしまう。
それを見送りながら雪は『帰ったらまずは手を洗わせよう』と固く誓う。
そしてピシャリと絞められた玄関に背を向けて雪は重い足取りで洗いものを続けようと事務所でもある居間へと戻る。
そこには当然家主である銀時がおりソファに横になりテレビを見ている銀時を視界映した雪はビクリと肩を揺らし慌てて台所へと姿を消した。


「…………」


銀時はそそくさと台所へと消えていった雪の背をテレビに戻していた視線をまた雪へと向け、ムクリと起き上がり立ち上がる。





最近、雪は銀時と一緒にいるのが苦だった。
いや、正確に言えば気恥ずかしいと言った方が正しいだろうか…
幽霊騒動のあれ以来雪は妙に銀時を意識してしまう。
一緒の空間にいるときも、神楽がいても、その場にいなくても壁や扉を隔ていても…雪は銀時を意識していた。
それもこれもあの告白とキスのせいなのだ。


「…………」


雪は、きゅ、と水を止め乾いたタオルで濡れた手をふき取る。
そしてそのまま自分の唇を指で触れた。
むに、と柔らかい唇の感覚に雪は顔を真っ赤にした。
――今、触れている部分に、銀時の唇が触れた。
そう思えばやはり雪は恥ずかしくて死にそうだった。


「雪ちゃん」

「ひ…ッ!!!」


雪は生娘ではない。
キスだって数えきれないほどしてきたし、それ以上だってしてきた。
なのに、どうしてか銀時の口づけが異様に気恥ずかして意識してしまうのだ。
普段はだらしないマダオなのにここぞと言うときは表情もきりっとさせカッコいい。
そう思っている雪だが、それは憧れの男性だからであって、決して恋愛感情はなかったはずだった。
もう言い切れるほどの気持ちがないが…本当はそのはずだったのだ。
雪は口に手を当てたまま考えていると銀時の声が雪の耳に届いた。
しかも耳元に。
雪はビクリとさせ後ろに振り返るも銀時が背後からピッタリと自分にくっついていたため満足に体を反転できず、銀時の胸元に顔を埋めてしまう。
しかも逃げ出せないように手を両脇へと伸ばしているため逃げ出すこともできない。
万事休すとはこのこの事かと、銀時のニヤリとした笑みを見上げながらそう呑気に思う。


「な、なんで、す、か…っていうか…その近いっていうか…どいてほしいっていうか…近いっていうか…」

「ねえ、いちご牛乳飲んでいい?」

「飲んでもいいです!だから離れてくださいっ!!」

「へぇ、どうして」

「どうしてって…っ!ち、近いんですよ!」

「なにが?」

「銀さんが!!こんなに近くなくても話しできるでしょ!?」


自分を見上げる雪に銀時は笑った。
その笑みは自称Sを名乗っているだけあって意地が悪い笑みだった。
雪は告白やキスの事で銀時と会うのが気恥ずかしくなっているというのに銀時はそれが面白いようで出勤してから雪にちょっかいをかけてくるのだ。
流石に神楽がいるときは行動に移さなくて平和だったが、その平和も今では終わりを告げてしまう。
雪は顔が赤くなるのが自分でも分かり顔が熱くなるのを感じ見られたくなくて俯いてしまう。
しかし銀時と自分の距離はほぼゼロのため雪が俯けば銀時の胸に顔を寄せる形になってしまう。
それに銀時は小さく笑みを深める。


「じゃ、雪ちゃんが飲んでいいって言ったから銀さんいちご牛乳のんじゃおー」

「ど、どう…――!!!」


わざわざオウム返しに言ってくる銀時に雪は『どうぞ』と言おうとした。
だが銀時が雪から離れる前に雪の頭にキスをし、雪は固まる。
そして…


「これから本気で口説いていくから覚悟しておけよ、雪」

「……ッ」


そう小さく雪に呟いたのだ。
雪は銀時の低い声と言葉に完全に硬直してしまう。
そんな雪に満足げにほくそ笑んだ後銀時は許可も得て堂々とコップを取り出し冷蔵庫から出したいちご牛乳をコップに注いでいく。
その間も雪は俯いたまま固まっていた。
コップに注いだいちご牛乳を手に持ったまま銀時は居間へ戻りテレビを見ようとしていたが、雪の前に通り過ぎようとした時何故か立ち止まりコップを持っていない手で雪の顎に指をかけ上を向かせる。
そして雪の唇に軽く口づけを落として台所から姿を消していった。
わざとリップ音を鳴らしていった銀時の姿が消え、雪は力尽きたようにその場に座り込んだ。


(〜〜か、かか…っ覚悟なんて出来ないよぉぉぉ!!!)


また銀時に口づけを落とされた雪は先ほどより顔を真っ赤に染め、心の中でそう叫ぶ。
そして続けて『神楽ちゃんの馬鹿ーーーっ!!!』と遊びに行ってしまった神楽に八つ当たりし、友達のカブト対戦を見ていた神楽がくしゃみを1つ零した。


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