(1 / 14) 親子ってのは嫌なとこばかり似るもんだ (1)
江戸にあるいくつもの橋の一つに一人の僧が座っていた。
僧は何をするでもなくただ黙々と座っているだけ。
道行く人も僧を気にはしていないのか殆どの人が通り過ぎる。


「誰だ」


僧はある気配を感じ俯いていた顔をそのままに問う。
僧に歩み寄ったのは一人の男だった。
男は片目に包帯を巻き、煙管を噴かせ、女物のような派手な身にまとい…その腰には刀が差していた。
男は自分と同じく菅笠を深くかぶっている僧を見下ろし薄く笑った。


「ヅラァ…相変わらず幕吏から逃げ回っているようだな?」

「ヅラじゃない、桂だ。」


僧…桂は男の言葉にいつものように返す。
懐かしい返しに男は笑みを深め、桂は俯いていた顔を上げ横目で男を見た。
男の姿に桂は目を細める。


「なんで貴様がここにいる…幕府の追跡を逃れて京に身を潜めていると聞いていたが?」

「祭りがあるって聞いてよ、居ても立ってもいられなくなって来ちまったよ」

「祭り好きも大概にするがいい…貴様は俺以上に幕府から嫌われているんだ………死ぬぞ」

「よもや天下の将軍様が参られる祭りに参加しないわけにはいくまい?」

「お前なぜそれを……、まさか…」


桂は男の言葉にため息をつく。
祭り…その言葉に桂は『変わらんな』と呟くが、続けられた言葉に和らいでいた表情を引き締めた。
近く、祭りが行われる。
その祭りにこの国のトップが来るという情報が桂にも届いていた。
機密ではないため桂だけではなく一般の者が知っていてもおかしくはないが…まさか京にいた男にも届いているとは思っていなかったようである。
しかしこの男もまた攘夷志士であるためその情報を知っていても何らおかしくはない。
だから桂はそれほど驚きはなかった。
だが、わざわざ祭りごときで京から江戸へと危険を冒してでも来る理由を察し桂は眉間にしわを寄せた。
男は桂の目線に目を細め笑い、橋の下から江戸の川を見下ろす。


「そんな大それた事をするつもりはねえよ……だがしかし面白れえだろうなぁ…祭りの最中将軍の首が飛ぶようなことがあったら……幕府も世の中もひっくり返るぜ?」


桂は男の狂気とも捉えられる言葉に呆れたように見つめた。
将軍と言えどお飾りにも浸しい相手の首をとってもきっとこの国は変わらない。
この男の目標はそんなお飾りではなく……
桂はクツクツと零す男の笑い声に溜息を送り、男を追っていた目線を逸らした。


「将軍の首…まさかその為だけに危険を承知で江戸に来るとはな…」

「まあ、それだけじゃねえよ。」

「将軍の首以外に他にも何か用があるのか…?」


桂は男の言葉に呆れ半分感心半分に零す。
桂の言葉に男は何も言わずただ笑みを深めるだけだった。
そして桂は次に出た言葉に目を丸くさせ男を見上げた。
男は桂の問いにチラリと桂を横目で見た後目を細め川へ目線を戻しポツリと呟いた。


「――花を、迎えに来た。」


そう呟く男の――高杉のその瞳はとても優しかった。


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