(2 / 44) スティーブン (2)

スティーブン・A・スターフェイズ。
彼には娘がいた。
…そう、いた、のだ。
4年前に彼の娘は行方不明となった。
まず、思ったのが家出である。
だが生憎と、当時は彼女が家出する理由が全く浮かばなかった。
スティーブンはずっと仕事をしていて娘の事は放置していたため、彼女の心理的な感情や行動が分からず、いつもどこへ行っていたのかも、どうして行方をくらましたのだという事も全く浮かばなかった。
娘の事なのにこれほどまでに分からない自分に、ここに来て放置してきたツケが回った、とスティーブンは自分へと舌打ちを打ちたくて仕方なかった。

しかし、彼にはどうしても家出だとは思えなかった。

その理由の一つは、どんなに放置をしてきたとしても自分の娘が家出などするはずがないと思っているから。
何だかんだ言って自分を家に放って泊まり込みの家政婦と共に生活し暮らさせている父を娘は文句ひとつ零すこともなかったのだ。

それに、もう一つ不可思議な事がある。

それは偶然かは分からないが、スティーブンの娘が消えた少し後に娘の友人も家族に何も言わずいなくなった。
その友人の子はよく娘と一緒にいたらしく、その友人もまた娘と同じく家出をするような子ではないらしい。
大人しく、本が好きな内向的な子。
家族も『どうして』と首を傾げているばかりだった。


スティーブンという男は見事に仕事人間という言葉が似合う男だった。
というよりは、仕事人間という言葉はスティーブンのためにある言葉だともいえる。
朝から晩までライブラの仕事を生活を費やし、家には帰らない事もままある。
仕事のためなら、ライブラのためなら、好きでもない女性を口説き寝ることも抵抗はなく、家政婦を付けていたとしても娘を一人外に置いて平然としていられる。
同僚のK・Kには散々『冷たい男だ』『冷徹だ』『父親失格』と罵られながらも軽い否定しか出てこないほど、彼は心が冷たく冷え込んでいるのを自覚していた。
遠く離れた娘を思い出す事はするが、いなくなった娘を探す事はしなかった。
クラウス達にも彼は娘の家出の事を黙っていた。
娘の事は、クラウスとギルベルト、K・K、ザップにしか知られていない。
というよりかは娘の家出事件(仮)があって娘の事を話さなくなった時にやって来たチェイン達はスティーブンに娘がいるとは知らないのだ。
そもそも、彼の印象は家庭など程遠く、わざわざ『スティーブンさんって奥さんと子供いるんですか?』と聞く馬鹿はいない。
スティーブンにそれを言うのはザップに愛というものを聞くようなものなのだ。
だから三人は確実に彼を独身と思っているだろう。



娘は、本当は欲しくて望んだ子供ではない。
ぽっと出た子供。
突然現れた子供。
元々彼は子供が苦手だった。
否、今も子供は苦手だ。
だが不思議と望んだ子供でもないが、娘は別である。
突然湧いて出たような娘だが、スティーブンは赤ん坊の娘が可愛くてしかたなかった。
子育てなどしたことのない男が突然父親となり四苦八苦していたが、家政婦や本を片手に必死に娘を育てた。
K・Kにも同じ年齢の娘が出来たが、スティーブンは自分に子供が出来た事は誰にも話さなかった。
だからこそ家政婦を雇ってスティーブンは仕事をしていた。
とはいえ、普段の彼に比べて早く帰宅していため周りからは不思議がられていたが、それを聞く友人たちには誤魔化して終わらせていた。
何となく娘の事は話そうと思わなかった。
今思えば勿体ないと思ったのだろう。
娘を他人と共有するのが勿体ない、と。
本当は一人で育てて愛していたいが、それも無理なのが現実。
だからスティーブンは家政婦を雇った。
出来るだけ子供を産み育てていた女性を望んだ。
男性は元から選択肢にはない。
なんたって、彼の子供は娘…そう、女の子なのだ。
娘の可愛さに目が眩み誘拐や悪戯されたらたまったものではない!、とは後に彼が友人や同僚に言った言葉である。
家政婦の条件は50代女性、結婚子育て経験あり、家事がそれなりにでき、住み込みが出来る人に限らせた。
50代の女性を選んだのは、下手に若いと自分に惚れられても困るからだ。
しかもそれが原因で娘を虐める女性ならもっと困る。
そしてあえて言うが、彼はナルシストではない。
そもそも顔がいいと思わないと自分を武器に美人を利用しようなどと考えないだろう。
家事は家政婦なため当然の条件である。
そして結婚子育て経験と住み込み…住み込みの方はこれは家を空けて娘を一人残す事が多いため、娘が寂しくないようにというスティーブンなりの心配りであり、心配である。
結婚と子育ては、細かい条件があった…それはすでに独り身だという事。
家族がいれば住み込みなどできないための条件である。
勿論面接はスティーブン直々に会って話をして決めた。
スティーブンが選んだのは52歳の未亡人、不運な事に夫や子供(成人し家庭持ち)にはすでに先立たれた女性だった。
その家政婦から色々と子育ての事を教えてもらいながら何とか娘は五体満足重い病気一つせず赤ん坊から10代となるまで健康体のまま育ってくれた。
K・Kが一般男性と結婚し子を産み、同僚や友人たちに自慢しているのを見ながら『僕の娘の方が可愛いな』と素で内心零す程度に彼は親馬鹿と化していた。
スティーブンは自分に娘がいる事を黙ってはいたが、K・Kがふと机に飾っていた娘の写真が入った写真立て(連徹でやさぐれた心を癒すためのもの)を見つけてしまい、そこからK・Kとスティーブンの子供自慢が始まったのだ。
それはザップなどからは『いい加減にしてほしいっすけど』と愚痴られるほどだったという。
因みにクラウスはK・Kの子供や夫談義もスティーブンの娘談義もニコニコ顔で受け止め全て聞いていた。
そこからも格の違いが見て取れるだろう。



―――探そうとは、思っていた。
冷たく放置していながらもこれほど可愛がっている娘を心配しない親はいない。
スティーブンは何度もクラウスに言って長期休暇を貰おうと思ったのだが、仕事に費やしてきた月日が長すぎて、彼の立っている立場がそれを許すわけがなかった。
彼は、牙狩りと呼ばれる組織に身を置き、その中でも地位を確かな物としていたのだ。
二三日ならまだしも長い間休暇を取ればそのツケは部下やクラウスに回る。
緊急の時に駆けつける事さえできない。
そう考えてしまうともう彼はクラウスに事情を説明することも出来なくなった。
そして娘が行方を暗ましたその一年後…HLが出現した。
あの何もかもがひっくり返ったような街が出てきてスティーブンだけではなくクラウスもK・Kもザップもみんな忙しかった。
その後すぐに人狼のチェインが入ってきて、暫くしてレオナルドが入り、そしてツェッドが入ってきた。
三年前はみんな混乱した中動いていたためにスティーブンはそれどころではなかったのだ。
落ち着いた頃になるともう娘の事は二の次になってしまっていた。
というよりかは以前にも増して仕事をすることで現実逃避するように娘を忘れようと働いていたのだ。
娘の事は諦めていないが、仕事が足枷となって中々探したくても探せなかった―――そう言い訳ができるように。
K・KがHLの中で比較的安全な場所を住まいとし、家族と暮らす。
ザップもチェインもクラウスも、HL内に家を借りたり買ったりとしていた。
その中に勿論スティーブンもいた。
HL外で購入していた家は娘が戻ってくるかもしれないというのを期待し、残したまま。
スティーブンも安全なエリアでマンションの一室を買い、いない間家事をしてもらうために異界人の家政婦を雇った。
勿論こんな仕事をしているためその家政婦も潔白な者を厳選した。
そして家政婦が来た当日…スティーブンはふと娘の事を思い出した。
娘が行方不明だと教えてくれたのは誰でもない…家政婦だった。
何日も帰ってこず警察にも行って一応捜索はしてもらってはいる、と電話越しの彼女の悲しみに暮れた泣き声は今でも鮮明に覚えている。
『なぜ電話に出てくれなかったんですか!!』と初めて主人を責めた声もこの時聞いた。
仕事が忙しくて電話に出れなかったのだ。
『仕事を片付けたらすぐに行く』と言ったっきりスティーブンは家に帰る事はなく、HLが出現したのだ。
家政婦を思い出し、ふとスティーブンは帰る気になった。
あれほど仕事を優先していたスティーブンがクラウスに休みをもらいHL外の家に向かったのだ。
家に着くと真っ先にスティーブンを出迎えたのは――――静けさ。
誰もいなかったのだ。
娘は行方不明となっているためいないのは当然だが、家政婦も居なくなっていた。
家政婦もいないため一年以上掃除されていないその家は埃が被っており空気も悪かった。
部屋を見て回っても争った形跡もなく家政婦が綺麗に保ってくれていたままの状態だった。
ただ不可思議だったのが家政婦の私物がそのまま残されたままだということ。
辞めるにしても、トンズラにしても、普通は家政婦の私物は持って帰っているはずなのだ。
それが家政婦に宛がわれていた部屋には服も化粧品も家具も全てそのまま。
玄関には娘の靴どころか家政婦の靴もあったのだ。
あまりの何もなさにスティーブンは呆然とし、埃を被っているのを気にせず力なくソファに座り込む。
じっとついていない大画面のテレビを見つめていると自分が映っていた。
その表情はあまりにも悲惨で自分の顔だが笑ってやりたいくらい哀れなものだった。
そしてスティーブンは実感する。

―――娘がいなくなった事を。

ようやく、スティーブンは娘の行方不明を自覚し、恐怖した。
ふと気づけば手は震えており不安しか感じない。
スティーブンはすぐに立ち上がり娘の部屋に入る。
娘の部屋はキャラクターのグッズが飾られたりピンクや淡い色で統一されている年相応の女の子の部屋だった。
スティーブンは自分の娘の部屋に入った事なんてなかった。
入ったのは目が離せない赤ん坊の時期くらいで、家政婦に任せても大丈夫な時期になれば仕事一筋に戻ったのだ。
だから娘とろくに話したこともなければ娘と一緒にいた時間よりもデスクで書類と睨み合いをしているほうが長い。
下手したら情報収集のために口説く女の方がスティーブンと一緒にいる時間が長いだろう。
スティーブンはその部屋に本来あるべきものがないのに気づく。
それは制服とカバンである。
娘は当時13歳であり、学校に行っている年齢である。
セキュリティ云々を考え金のかかっている学校に行かせているため制服だった。
そして気づく。
娘は学校に行っている間に誘拐されたか行方を暗ましたのだと。
スティーブンは自分の頬が濡れているのに気づく。
泣いていたのだ。
娘がいなくなったことを実感し、彼女を探そうともしなかった自分の愚かさに…やっと気づいた。
そしてあまりの喪失感と罪悪感にスティーブンは娘の部屋で泣き崩れた。
埃で服が汚れようが、息を吸うごとに埃をも吸ってしまおうが、今のスティーブンには関係なかった。
ただ自分が娘を蔑ろにしたが故に娘を失ってしまったその悲しみに泣き続けたのだ。


そして、後悔の表れか…ライブラにある彼の机に置かれている娘の写真が入っている写真立ては3年前からずっと伏せられたままだった。

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