(27 / 38) ツェッド (26)

ツェッドが出て行ってすぐザップの制裁が始まった。
と言ってもK・Kの怒りの鉄槌(という名の弾丸)だけが物理的の制裁で、他3名は非難めいた冷めた目でザップを見ていた。
だが、まあ、それはいつもの事なのでザップは反省もなく今もケロッとさせてレオナルドの向かいに座りレオナルドとゲームで遊んでいた。
協力プレイのゲームだが、ザップが協力するわけもなく、レオナルドのキャラクターは二対数体なのに一対数体という状況に追いやられ…そして負けてザップのキャラクターにアイテムや経験値全てを奪われた。
文句を言っても耳から入って耳から出ていくので無駄なのだが、流石に言わないと気が済まなかった。
しかし気が済んだレオナルドはふと時計を見る。


「ツェッドさん、気分転換にしては遅くないっすか?」

「あ?そうか?」

「そうっすよ」


次の面でギッタギッタにしてやると決めていたレオナルドだったが時計を見てツェッドの帰りが遅い事に気付く。
普段なら彼も子供ではないので心配するほどではないが、今の彼は初恋が失恋になり傷心した弱き男である。
例え力があっても失恋したてでは本来の力は発揮されないだろう。
心配です、と顔に書いてあるレオナルドにザップは鼻で笑う。


「ほっとけほっとけ!どうせその辺の女としけこんでいるんだろ!」

「そんなザップさんじゃないんですから、そんなこと絶対にないでしょ」

「はあ!?んだと!?てめぇは陰毛だから知らねえけどな!失恋した時は女に慰めてもらうのが一番なんだよ!」

「だからザップさんじゃないから絶対ありえないって言ってんでしょうが!っていうか陰毛関係ないでしょうが!」


ザップからしたら失恋などもはや遠い過去のものでしかなく、女で出来た傷は女で癒せばいいと言い切るまさしくクズの言葉にレオナルドは予想通り過ぎるその言葉に逆に関心してしまう。
『大体ツェッドさんは初めての恋ですよ?余計にその痛みは大きいんです!』というレオナルドにザップは口には出さないが『確かにな』と思い、脳裏に人影をちらつかせる。
しかし胸辺りが痛くなり考えるのを止め、ケッ、と悪態をついて誤魔化した。
すると扉の向こう側から誰かが走って通り過ぎた足音が聞こえた。
その音にザップとレオナルドはお互い顔を見合わせる。


「ツェッドさんですかね?」

「さあな…だが妙に急いでたな」


今この部屋にいるのはレオナルド、ザップ、チェイン、クラウスがおり、K・Kとスティーブンは任務でおらずまだ帰ってくる気配はない。
と、いうことは2人以外に外にいるといえば一人しかいない。
しかし何だか様子が可笑しい事に気付き、レオナルドは様子を見に帰ってきたであろうツェッドの部屋へと向かい、暇つぶしと誰も聞いていないのにそう呟き、ザップもレオナルドに続く。



****************



ツェッドは走った。
適当な店で買った薄くない布を購入し地下水道へ戻り、人魚である証拠の魚の尾と素っ裸、そして普通ならばそうそうつくことはないであろう量の血を隠すため少女の華奢で小さな体をすっぽりと覆うように布を被せて事務所まで走って帰ってきたのだ。
今ツェッドは考えるよりも少女を救うこそしか考えておらず、秘密結社のアジトに敵であろう少女を連れ込むことへの責任は考えていなかった。


「もうすぐですから!頑張ってください!」


そう声をかけても少女は何も答えずぐったりとしていた。
それがまたツェッドの気を焦らせ、足を速める。
血法で帰る方が早いのだが、今でも目立っているというのにこれ以上目立って最悪少女が人魚だと知られるのは避けたかった。
歩き回ったが案外事務所の近くだったのかすぐにつき、ツェッドはまっすぐ部屋へと向かった。
人魚の治療の仕方は分からないが、なんとなく何をすればいいのか分かった。
部屋へ戻れば真っすぐ水槽へ向かい、階段を上る間に布を取り少女が傷を負っているのも忘れそのまま勢いよく少女を抱えたまま水槽の中へと飛び込んだ。
その際水しぶきが豪快に床に散らばったが、水槽がある部屋なので床もプールと同じように防水加工されているものを扱っているのでその辺の心配はいらないだろう。
水が少女の傷から溢れ出る血や体についていた血によって透明度を保っていた色があっという間にピンク色に変わる。
それさえも気にもせず、一刻も早く少女を水槽に入れなければという一心だったためかボンベをつけたまま入り、ツェッドはそのままボンベを放り捨てるように外す。
特注で水の中に入っても壊れない仕様なのでボンベがゆっくりと底へ沈んでいく。


(……似ている…彼女に…)


水の中に飛び込めばゴボゴボと泡の音がした。
やっと水中に入れたこともあったホッとしツェッドは少女を改めて見た。
そして気づいたのだ。
――リィリンに似ている、と。
だがリィリンは人間であるためそれ以上の考えはなかった。
ツェッドは見たのだ…リィリンの体を、リィリンの全てを。
彼女の肌は確かに少女のように白く冷たかったが、ちゃんと下半身は人間だった。
やっと落ち着いたのもあり、ツェッドはリィリンの面影のある少女を見て胸が締め付けられるほど切なくなる。
自然と少女を抱く力も強め、少女の柔らかい肌にハッとさせ尖っている爪を立てる前にと慌てて力を抜く。


「ツェッドさん?どう―――したんですか!?」

「…!」


少女の表情が僅かに和らいだのを見て自分の選択は正しかったのだと胸を撫で下ろして安堵していると部屋にレオナルドとザップが入ってきた。
レオナルドの声にツェッドは弾かれたように扉の方へ顔を向け、友人であるレオナルドの後ろにザップの姿もある事に眉間にシワを寄せる。
まだレオナルドなら言ったら黙ってくれるだろうが、その後ろにいるザップは恐らく黙ってはくれないのだろう。
それに少女に襲われた後、メンバー全員に少女の事を伝えてあるためこの少女がただの儚い人魚ではないことは彼も理解しているだろう。
案の定レオナルドは驚いた表情をしていたが、ザップの表情は驚きから険しくなっていく。
戦闘でよく見るその顔にツェッドは気休めだが少女を守るためザップから遠ざけるように体を傾ける。


「それって…もしかして人魚ですか!?」


レオナルドは目の前の存在にぎょっとさせ目を丸くさせる。
レオナルドも人魚の事は聞いていたが、実際目にしていない彼からしたら人魚という存在はおとぎ話でしか見た事も聞いた事もないため、実際いるのだろうという軽い認識しかなかった。
真っ赤とは言わないが血でピンク色になっている水槽を見てレオナルドは心臓が止まるかと思った。
最初、ツェッドが怪我をしていると思ったのだ。
それが人魚も一緒に水槽に入っているのを見て心配よりも驚きに変わる。
水槽に近づきマジマジと見る人魚のそのあられもない姿を見てレオナルドは慌てて目を逸らす。
その後ろにいるザップは人魚ではなく、その人魚を横抱きにしている弟弟子へ険しい視線を送っていた。


「お前そいつをここに連れて来た意味分かってんだろうな」

「……はい」

「番頭達に報告はするからな」

「……はい」


気を失っている様子だが、それでも危害を加えた人魚として警戒は解けない。
ザップは咎めるようにそう含みながらレオナルドを連れて一度部屋を出た。
その姿を見送った後、ツェッドは逃げるでもなく静かに眠っている少女へ目線を落とす。

薄い血の色の中、見る少女の顔は見れば見るほどリィリンに似ていた。

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