(28 / 38) ツェッド (27)

ザップの報告にクラウスはツェッドの部屋に向かった。
確かにザップの報告通りツェッドの水槽にはあの時の人魚がおり、ツェッドが人魚を守る様に警戒した目でこちらを見ているのが見えた。
とりあえず詳しい話とこれからの事を外にいるスティーブン達が仕事を終えて帰ってくるのを待って改めて話をする事にし、その間ツェッドもこれからどうするか考えるようクラウスは彼に時間を与えた。
その間彼を信用し、そして彼が考えが纏まりやすように部屋に入るのを禁じ、クラウス達は全員事務所へ戻っていった。


「―――で、どう弁明するつもりだ?ツェッド」


そしてクラウスから連絡を貰い仕事を終えて帰ってきたスティーブン達を連れて、クラウス達は全員ツェッドの部屋に集まっていた。
クラウスから連絡を受けた時耳を疑ったが、こうして目の前にあの時の少女の人魚を見れば疑う気にもならない。
水を替えていないその水槽の水は淡い赤色に染まっており、その中には自分達を襲った人魚と、その人魚を守る様に抱くツェッドがいた。


「…………」


ツェッドはスティーブンの棘がある問いに黙り込み、人魚の少女へ目をやる。
それに釣られるようにクラウスやスティーブンもその人魚へ目線をやる。
あの時はマジマジと見れなかったが、人魚は正しく少女、という部類の容姿と体をしていた。
見た目の年齢は大体13歳〜15歳だろう。
顔が整っているが肌が白いのと華奢な体を見て一見無害の美少女にしか見えない。
だが、その短い髪は炎や血にも負けないほど鮮やかな赤をしており、服など一切纏っていないので体が惜しげもなくさらけ出され、そして魚の下半身さえなければ…の話である。
黙り込むツェッドにスティーブンは咎めるように名を呼ぶ。
それに観念したのか、ツェッドは全てを話した。
と、言っても正直ツェッドもよく分かっていない部分が多いが、それでも少女が不利にならないよう気を付けて話す。
まだクラウスやK・K達なら同情をして見逃してくれるが、スティーブンはそうはいかない。
厳しい彼がいるから組織は成り立っているのは分かるが、今だけはその厳しさが恨めしい。
スティーブンは説明され重い溜め息をつく。


「そんなちぐはぐな説明で納得すると思っているのか」

「…分かっています…ですが、彼女は敵じゃ…」

「それとこれとは別問題だ、ツェッド…敵であろうとなかろうと部外者をここに連れてくるのがどういう意味なのか分かっているのか?」


『これは大問題だぞ』、と続けられツェッドは何も答えれなかった。
一瞬彼の娘が浮かんだが…だが、それこそ『それとこれは別問題』である。
あの時は彼女をここに匿わらなければならない理由がちゃんとあったが、今はそんな理由はない。
そもそも少女と自分達は敵対していたのだ。
敵をアジトに招き入れるなど決してして許されるミスではない。


「…とにかく、今は様子を見ることにしよう…敵対していたとはいえ今の彼女は負傷している…そう簡単にここから逃げ出す事もこちらに危害を加えることもないだろう」


クラウスはツェッドがどうしてここに連れて来たのかは分からないが、誰かを助けたいという彼の気持ちは分かる。
それと同時に、そんな彼を責めるスティーブンの気持ちも分かっていた。
だから今は様子見という判断をし、リーダーにそう判断されればスティーブンは従うしかなく肩をすくめて答え、ツェッドは助けてくれたクラウスにお礼を言った。
だが、警戒は怠らないという事で最低でも一人はツェッドの部屋に付けさせる条件でこの場はお開きとなった。
それともう一つの条件もスティーブンによって追加された。
それはツェッドの監視である。
スティーブンもツェッドが裏切ることはないと信じているが、彼の性格上裏切らなくても手を貸す恐れがあるという事からツェッドも謹慎という名目で人魚と共に監視されることになった。
その事に関してやはりK・Kと一悶着あったが、副官としての立場からスティーブンは決して折れず、結局折れたのはK・Kだった。
K・Kもスティーブンが本気でツェッドが裏切るなどと思っていないと分かっていたから引いたのだろう。
そして、最初にツェッドと人魚を監視するのはザップとレオナルド。
両者共に名乗り出てツェッドと人魚の部屋に彼らだけが残った。
非力であり、そしてツェッド以上に人の良いレオナルドが残るのは正直不安でもあったが、スティーブンも正直厳しすぎたかと反省していたためその点は黙認した。


「水、変えなくてもいいんですか?」


ツェッドと人魚、ザップと残され、レオナルドは扉が閉まる音を聞きながら水槽に歩み寄り中にいるツェッドに声をかけた。
大丈夫かという問いにツェッドは頷くだけで、元気のないツェッドにレオナルドも萎れてしまいそうになる。
話題を替えようと問いかけるレオナルドにツェッドは頷いた。
だが、今度はちゃんと答えてくれた。


「今の状態だと一度水から上げるのは逆に危険です…もう少し回復したら水を替えた方がいいでしょうが、今はこのままで…」


答えてくれたことにホッとしながらレオナルドは改めて人魚を見る。
水が透明ではないし、水中の中なのでぼやけてはいるが、それでも美少女だと分かる。
外にいれば変態の餌食になりそうな容姿だが、その下半身は魚である。
人魚など物語の存在だったのが目の前にいて、ツェッドや人魚の彼女には申し訳ないがマジマジと見てしまう。
思った感情はやはり『美しい』だった。
胸を隠すこともなくさらけ出している少女を見ても、やはり性的など考えられないほど彼女達人魚は物語にあるように人魚はとても美しい存在だった。
人魚なら水は綺麗な方がいいのではないかと聞けば、今水から上げるのは危険だと返ってきた。
そう言われると何も言えず、レオナルドは納得するしかできなかった。



****************



「礼を言うよ、クラウス」


クラウスは背中に掛かったその小さな声に振り返る。
そこにはスティーブンがおり、彼の言葉の意味が先ほどの事だとすぐに理解する。
ツェッドに対し寛容の判断をしてくれたリーダーにお礼を言うスティーブンにクラウスは首を振って答える。
自分が甘いのは分かっていたから、そんな自分達だから彼のような厳しい副官が必要なのだというのはクラウスも理解していた。
そして同時にそんな損な役回りばかりをさせてしまっている自分の愚かさや弱さを情けなくも思う。
そんな彼の心情など昔馴染みのスティーブンには読めており、丸々背中を手で軽く叩いた後『だからこそ僕達ライブラは個性的でも纏まっていけるんだ』とフォローする。
それで納得したかは分からないが、この話題を続けていたらお互い鬱にでもなりそうな勢いなので別の話題を振る。
スティーブンは自分のデスクにある書類をクラウス、K・K、チェインに渡す。


「次の仕事だ」


K・Kはあんな事があっても仕事の話をする男に白けた目を向けたが、それでも責めないのは彼女もスティーブンの役割を理解しているからだろう。
嫌っているが、何だかんだ言って彼の副官としての仕事は認めているのだ。
ここにいない三人を除いた書類をクラウス達は目を通し、一同眉間にシワを寄せる。
封筒からその書類を取り出せば紙が分厚くなるほど重なっていた。
その表紙にはある人物の情報が細かく載っていた。


「ベイジル・ロッド…スラム街の出身ながら企業を成功させ爵位の地位まで上り詰めた成功者…まあ、その企業が裏社会じゃなかったら普通の成功者なんだがな…」

「随分と派手にやってるのね」


K・Kの言葉にスティーブンは呆れ返ったように『そうなんだよ』と零す。
その資料の内容は随分と血生臭い物ばかりだった。
この世界…特にHLの街で裏企業など珍しくもないし、大したことがなければ黙認される。
ライブラは本来血界の眷属関係の仕事がメインで、麻薬や売買などの小さな獲物は警察の仕事なのだ。
だが一概にそうとも言えず、警察では捌ききれない物件を裁くのもライブラの仕事でもあった。
その為警察とは協力関係にあるが、一般的に思う和気あいあいな協力関係ではない。
どちらかと言えばお互い利用し合っている殺伐とした感じだろうか。
だがそれでも両者共にどちらかを陥れることは一切考えていないので取引相手としては信用は出来るだろう。
今回の仕事も相手が爵位のある男、という事で回ってきた物だった。
その書類には何件もその男が起こした事件が書かれていたが、内容はほぼ同じだった。


「集団殺害…それも地位のある物ばかりを狙ってるなんて何を考えてるのかしら」

「何も考えてないんだろうさ…もし考えているというのなら自分の事だけだろうな、こういう輩は……まあ、それもあるが、今回は君たちも覚えていると思うが僕の娘を悪趣味なゲームに参加させたバードラムという男と繋がっていたことが判明したからだ」

「それって…」

「…たかが死体愛好家だったバードラムにこの男が色々手引きしたと僕は読んでいる」


それは同じく爵位のある者やそれなりに高い地位のある者達の殺害だった。
それも集団が多く、場所が会場という事で恐らくパーティーなどの最中に行ったのだと考えられるだろう。
会場じゃなくても被害者の豪邸の自宅でも事件を起こしていた。
それも会場ならばまだ被害者たちが殺害されるのだが、自宅の場合その屋敷にいる人間全てを殺している。
これは見逃せるレベルではなかった。
だがそれは元々目をつけていた事件だからではない。
これはこの男を調べているうちに出て来たモノだった。
元々の目的は、スティーブンの娘を巻き込んだ事件の発端者だからだ。
調べると様々な裏の顔の人物が出て来るが、その中で一番大物はこの男だった。
ザップとK・Kから報告されていた謎の二人の女性はまだ調査中だが、スティーブンは少々思い当たる節はあった。
それは、ベイジルと対立しているどちらかではないかと。
だが証拠はない。
そもそもザップ達が向かった賓客ルームは全員死んでいたため情報が少なかった。
しかしそれこそ証拠だと思っている。
そんな事をしでかせるのは数少ない実力者である。
その実力者というのが、ベイジルと対立している二家だろう。
だがベイジルのように踏み込むほどの情報がないため、先送りとなっていた。
スティーブンは『それと』と続ける。


「ベイジル・ロッドの妻、リィリン・ロッドもターゲットの一人だ」


そう呟くスティーブンにクラウス達はベイジルの妻の欄の書類を見る。
写真も一緒に印刷されており、まず目につくのはその美しさだろう。
その次に年齢。


「若いですね…」

「まあ、金持ちの男っていうもんは若い美人を欲しがるものだもの」


チェインの呟きにK・Kが軽蔑したような声で返す。
勿論その対象はベイジルである。
K・Kの言葉に納得しながらチェインはその妻の項目を見る。


「彼女も事件に関わってる、ということですか?」

「そうだ…ベイジルの命令か、それとも彼女がベイジルを誘惑しているのかは分からない…だが、彼女が人を殺しているのは確かな情報だ…彼女の愛人らしき男が彼女とホテルに入った日、全員死んでいるらしい」

「……全員っていうと…」

「何十人、かな?」

「…夫が夫なら妻も妻ねぇ」


資料にもベイジルの屋敷には愛人が大勢いると書かれており、その妻も愛人を囲っていたと聞きK・Kは呆れかえった。
『どうして金持ちっていうものはこうも節操がないのかしら』と思いながらK・Kは最後まで資料に目を通す。


「準備が整ったらこの男の屋敷に向かう」


スティーブンの言葉にクラウス達は頷いたが、K・Kがふと疑問に思う。


「その時ツェッドっちはどうするわけ?」

「…あの人魚が目を覚めて次第だが…待機、となるな」

「……見張りは?」

「少年にしようかと考えている…今回は少年の目の出番はなさそうだしな」


スティーブンの答えにK・Kは『そう』とだけ答えた。
やはりまだツェッドを謹慎させるのは納得はできないが、それでもレオナルドを置いていくというのは彼なりに妥協したのだろうとK・Kは思い今日ばかりは反論するのをやめた。

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