チャイム変わりの鐘と共に今日この日の授業は終わりを告げた。
「エマ〜!」
帰る準備をしていると後ろから肩を叩かれた。
振り返ればそこには一人の少女がいた。
「準備出来た?帰れる?」
少女の言葉にエマは最後の教材をカバンに入れながら頷く。
少女は転校してから出来た友人である。
名をアメリアと言い、白人の黒髪に青い目、チャームポントにはそばかすが可愛らしく散りばめられていた。
その後ろには数人の少女がおり、その少女達もエマと友達になってくれた子達だった。
前の学校同様セキュリティを考えており、今回も制服制の学校のため決められた制服を身に包んでいる。
鞄も規定の物を用意し、そのかばんに最後の教材を入れたエマは『もういけるよ』と告げれば相手達は『じゃあ、行こう』と一緒に教室を出る。
「この後って確か病院だったっけ?」
隣を歩いていたアメリアは歩きながらふと思い出したように呟いた。
違う相手と話していたエマはそう問われ頷く。
「大変ねぇ…勉強をした後にはカウンセリング…遊ぶ暇ないわね」
「でもカウンセリングは週に何回かだから思う程大変じゃないよ…カウンセリングが終わった後はお父さんとご褒美デートだし…結構楽しみかな?」
「エマのお父さんって確か…すっっごいイケメンだったよね〜!いいなーイケメンパパ!」
「そうそう!私会った事あるけどイケメンは顔だけじゃないんだよ!性格も優しい人でさ!エマのパパがフリーなら絶対アタックしてたって真面目に思うくらいいい男だったよ!」
「クロエとエマのパパが付き合ったらそれもう援助交際じゃない?」
「援助交際はやばいって」
「えー?でもエマのパパならそれでもいいかなー…むしろ遊ばれたいって思った!」
「あ、それ私も思った!エマのパパなら弄ばれてもいいわ!」
(だ、だんだん友達の中でお父さんがいけない男になっていく…)
友人達の言葉を聞いてエマは苦笑いを浮かべながら内心顔を引きつらせて笑っていた。
何も言わないのは友人達が本気ではないからのもあるが、何よりエマ自身も同じことを思っていたからだ。
エマは10年間父と疎遠の生活をしていたが、事件に巻き込まれその際父と再会し今は父と共に生活をしている。
10年ぶりに再会した父はまさしく友人達が言った通り、いけない男となっていた。
7歳の記憶は曖昧だったしすでにその時父は自分から離れていたため、当時から父が今と同じ遊び慣れたような男性だったかは分からないが、魅力的だったのは確かだろうと思う。
そう思うのは、アルバムの中の父が今とそう変わらないほどイケメンだからだ。
それに家政婦のエミリアからも父の事を聞く際必ず『カッコいいですよ』と答えたからだ。
今は年を重ね、大人の魅力が増しており、だからこそ彼女達がそう思うのも無理はなかった。
(きっと…私と離れていた時沢山の女の人を泣かせてきたんだろうな…)
エマはそう思うとつい俯いてしまう。
父がずっと独り身宣言したため、今更父と見知らぬ女性との恋愛なんて考えてはいないが、それでもエマにとって『スティーブン』という男は『父親』であり、周りが認識ている『出来る男でモテル男性』ではない。
エマにとってスティーブンという男は『出来る男でモテるタイプ』ではあるが、それに加え『娘にデレデレ』で『溺愛』している『子離れが出来ない(する気がない)父親』である。
スティーブンの全てはエマ――と言っても過言ではないだろう。
だから今更自分の知らない間にどんな女性達とどんな関係となったかなんて考えても仕方ないだろう事は分かっている。
しかしやはりエマ自身もまた『父離れが出来ていない娘』であり、父が好きというのもあって、大好きな父親が見知らぬ女性と関係があったと思うと落ち込んでしまう。
友人達に隠れて溜息を付いていると、俯いていたのもあり角を曲がろうとしたその時――前を歩いていた人とぶつかってしまった。
「わっ!」
考え事をしていたせいか、エマはぶつかった拍子に尻もちをついてしまった。
「いたた…」
思いっきり尻もちをついてしまったせいかお尻がジンジンとした痛みが残っており、擦って何となく痛みを和らごうとした。
友人達が大丈夫かと慌てたように駆け寄って声をかけてくれて、それに笑って頷き安心させる。
大丈夫だと答えたエマに安心した表情を浮かべた友人達だったが、アメリアがムッとさせエマからエマとぶつかった人物に振り向く。
「ちょっと!危ないじゃない!」
アメリアは友人がぶつかって尻もちをついてしまった事が頭にきていた。
それも相手はぶつかって謝りもしない。
それが一番腹が立った。
しかし、怒鳴られた相手はアメリアを冷たく横目で見つめ…
「ぶつかってきたのはそっちでしょ?なんで私が謝らなきゃいけないわけ?」
と言い切った。
その言葉にアメリアどころかクロエや他の友人達も腹を立てエマ以外が立ち上がり一人を責め立てる。
エマはその光景に当事者ではあったが、何となく他人事のように思えた。
それはエマが友人達のように頭に来ているわけではないからだろう。
ヒートアップする友人達にエマは慌てて宥めようとする。
しかし頭に血が上っている友人達にはエマの声が届いておらずエマはどうしようかと困っていた。
つい間に入って止めようかと考えていた時…ぶつかった人物と目と目があった。
(あ…綺麗な子…)
ぶつかった子は白人だった。
白い肌、金色の髪を短く切り揃え、青い目を持っていた。
パッと見、とても綺麗な子だと分かるほどぶつかった子の顔は整っていた。
しかし、釣り上がった目のせいか、それとも表情がピクリとも動かないせいか、とても冷たく感じる。
「ちょっと!聞いてるの!?」
クロエが全く話しを聞いていない様子のぶつかった子にキツイ口調でそう問えば、その子はクロエの話なんて聞く耳持たないように歩き出しエマの前に立ち止まった。
エマはその子を見上げた。
その子は背が高く、スラリとした体つきで、きっとモデルをしていると聞いても納得するだろう。
しかし今はそんな事言っている場合ではなく、エマはなぜ自分の前に立ち止まったのか分からず内心パニックになっていた。
「え、えっと…」
「あなた」
「は、はい!」
「私もぶつかって悪いとは思ってるけど…あなたもあなたで不注意だったから別に謝る必要ないわよね?」
「え…あの、はい…えっと…私も前を見てなかったので…」
声は決して柔らかいものではなかった。
しかし冷たくはあったが、父の技のような冷え切った声色でもない。
ただ淡々としておりこちらに無興味なのだろう。
その子の言葉にエマは何度も頷く。
その頷きと言葉を聞いてその子はエマの友人達に振り返り―――鼻で笑った。
その瞬間、周囲が凍り付いたのをエマは感じた。
反撃を受ける前にその子はエマの肩を軽く叩きながらその場を去っていく。
「なによあいつ!!!」
「エマ!大丈夫!?何かされた!?」
「な、なにもされてないけど…」
「でも肩叩かれたよね!?骨折とかしてない!?」
エマは友人達の言葉に乾いた笑いを零した。
病院行く!?とも言われた時には流石に首を振ったが、エマはそこまで過剰反応しなくていいのではと思う。
「エマも気を付けなよ?あの子結構有名だから」
「え?有名…?」
「あの子さ、友達一人もいないだよ…話しかけてもさっきみたいな態度で突っ撥ねるから人離れてくんだよねえ」
「でも友達いないのはしょうがないよ」
「え、どうして…」
「噂じゃ家庭も複雑みたいでさ…母親と喧嘩して家出して男の家に転がり込んでるって話だよ?そりゃあんな性格してたら両親とも他人とも上手くいくわけがないよ」
「その母親も母親なんじゃないの?あんなのを産んでるんだもん」
『確かにー』、と同意見なのか声を揃える友人達に、エマも頷けなかった。
先ほど彼女達が『カッコいい男性』『モテる男性』『弄ばれたい』と言っていた父だって自分と向き合う事が怖くて家政婦に全てを任せ10年もの間家に帰ってくるどころか連絡一つよこさなかったのだ。
それに関してはエマも同罪ではあるが、よく彼女達から出る『かっこよくて優しいお父さん』という印象は最近のものだ。
だから、彼女の家庭が本当に複雑で母親が同類であったとしてもエマは簡単に頷くことは出来なかった。
それに生みの親から捨てられた身からして『あんなのを産んでればね』という言葉はどうも同意できるものではなかった。
それに何となく…そう、何となくだが…彼女は決して悪い人ではないとエマは思った。
確かに彼女は決していい人ではなかった。
ぶつかって謝らなかったのはエマもだが、上からの圧迫感を向けるし、人に対して鼻で笑う行為もあまりいいものとは思わない。
ただ、すれ違う際に肩を叩かれたのが、何となく…彼女なりの謝罪だとエマは思ったのだ。
(あ…これが巷で噂のツンデレ…?)
エマは叩かれた肩を撫でているとハッと気づく。
しかしそこにもしもレオナルドがいれば『いや違うから!』という突っ込みが聞こえただろう。
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