騒がしいHLでも夜は意外と静かなものだった。
それはここが安全圏の場所だからというのもあるだろう。
安全を金で買っているため、住人はどうしても上流階級となる。
更にクラウスのような貴族となれば安全+セキュリティも万全となる。
レオナルドやザップが住んでいるような下流階級のエリアは昼も夜も変わらず騒がしい。
しかしその静けさが今は憎らしくてたまらなかった。
「…………」
「…………」
スティーブンはエマの手を引っ張り歩いていた。
お互い何を言うでもなく無言が続き、エマは俯いたままで感情は見えない。
気まずいという訳ではない。
お互い傷ついていたのだ。
スティーブンは娘が楽しんでいるのならと見守っていたが、その実、自身も新たな出会いや友人達に喜びを感じていた。
それが全て壊れたのだ。
風通しのいい橋を歩いていると娘の小さな華奢の手がするりと解けたのを感じた。
振り返ると娘は立ち止まっており俯いたまま。
しかし下へと零れ落ちる透明の雫にスティーブンは息を呑んだ。
「エマ…」
「私…騙されたんだよね…アメリア達に……お父さんを…捕まえようと利用された、んだよね…」
「………」
エマはあの後玄関を開けて青年が現れ全てを察した。
父との私設部隊と会ったのは今日が初めてだった。
だが、何となく…父の娘としての勘が彼らがどんな存在なのか気づいたのだろう。
説明をされて思ったのは『ああ、やっぱりか』だった。
あの点滴の際に言った父の言葉からエマは何となく友人達…アメリア達が敵だという事を察していた。
父もあの玄関で迎え入れた時に全てに気付いたのだろう。
だから必要のない点滴をする事で事前にエマに指示を出したのだろう。
しかしそこまで気づいていながらエマは彼女達との楽しい思い出がそれを認めなかった。
認めたくはなかった。
認めたら彼女達との笑い合った思い出や、昨日ぶつかってきて謝らなかった子に対して彼女達が怒ってくれた思い出が偽りとなり消えてしまうから。
だが、それでも…エマは認めなければならなかった。
父がなぜ私設部隊を作っているのか分からないが、今まで紹介されなかったという事は―――そういう事なのだろう。
だからエマはあえてそこに触れることはしなかった。
スティーブンは娘の言葉に『ああ』と頷いた方がいいと思っているが、出来なかった。
それをしてしまえば娘が更に傷つくと分かっていたから。
だけど、何も言わないのもまた肯定となりエマは乾いた笑い声を零す。
肩を揺らす度に透明の雫が垂れ、スティーブンは悲し気に顔を顰めた。
「どうしてなんだろう……なんで…友達を普通に作れないんだろう……私…もしかして…一生…友達出来ないのかな…」
バードラム・コフ・コンフォード。
今やスティーブンによって存在しない男によってエマは人生を狂わされた。
親友とも言える友人を人形にされ、母親とも思っていた女性の死の挙句にこれである。
やっと親友やエミリアの死や親友の両親からの心無い言葉に傷ついた心が回復し友達が出来る様になったというのに、だ。
エマが吹っ切れた後ならここまで腹も立たなかったし、エマもここまで傷つくことはなかっただろう。
父の仕事を理解しているのだから『騙されちゃったかー』と少し傷つくがそう思っていただろう。
だが今のエマは些細な事でも追い込まれるほど心は弱っているのだ。
それでもエマはカウンセリングに通いながら一生懸命あの男からの非道な行いから前を向こうとしていた。
そしてやっと友達を作ろうという余裕も出来た。
その結果がこれである。
エレン達はタイミングが悪かったのだ。
スティーブンは肩を揺らして泣き、ついにはしゃがみ込んでしまった娘に慌てて駆け寄り抱きしめながら内心エレン達への憎しみが強くなっていく。
「そんな事ない…今は無理に作る必要がないさ……ゆっくりでいい…エマにはまだまだ時間は沢山あるんだ…何も高校でないと友達が出来ないわけでもない…大学がある…社会人になったって友人は出来るさ…」
大人になってから友人を作るのは難しいと言われているが、全くその通りである。
スティーブンも同僚はいるが友人は少ない。
いないわけではないが、多くが仕事仲間だ。
結局恋人にせよ友人にせよ、その本人の行動次第なのだ。
指を咥えているだけでは友人も恋人も出来ない。
何事も行動である。
だが、それでも今のエマの精神状態はスティーブンの声は届かなかった。
もうエマは心を閉ざしていた。
カウンセリングの医師からも無理せずゆっくり前を向けばいいと言ってくれていたが、やはり本人には焦りがあった。
早く元気にならなくちゃ、早く前を向かなくちゃ、とばかり考えていた。
だからこうなった。
エマは自業自得だと自分を責めていた。
脳裏に親友の両親がエマに向けた心無い言葉が何度も何度も浮かんでは消えていく。
「分からないよ…もう一生友達なんて出来ないかもしれない…私はもう…友達なんて縁がなくなっちゃったのかもしれない…」
――人を殺したから。
そうエマは内心呟いた。
あの悪趣味はゲームに強制参加していた時、エマは壊れていく同い年の少女達を多く見てきた。
彼女達のようになりたくなくてエマは殺して彼女達と同じになる楽な方へ向かいそうな気持ちをぐっと堪えて逃げ続けた。
父に会うのを諦めつつも、もしも再会したら綺麗な姿で父と会いたいと思っていたから。
でもその夢はかなわなかった。
父と再会できたのは良かったが、エマは最後の最後で人を殺してしまった。
それでも父は受け入れてくれたからエマはここまで持ち直せたが…それでもやはり心の中にはわだかまりがあった。
そしてエマは思う。
――ああ、天罰なんだな
と。
じわりとまた視界が揺らぐ。
「それでいいじゃないか」
しかしスティーブンの…父の言葉にエマは目を瞬いた。
その際溜まっていた涙が零れ地面に落ちた。
エマはゆっくりと顔を上げる。
父に守られるに抱きしめられていたから父との距離が近かったが、今はそれに驚く余裕はなかった。
エマの大きな目が驚いて更にまん丸となっていた。
涙で濡れたその瞳はまるでアメジストのように美しいとスティーブンは思った。
「どうしても友達が必要というわけでもない…僕がいて、エマがいる…それでいいじゃないか…それ以外に必要な事ってあるかい?」
「……それじゃあ…お父さんも私も…孤独になっちゃうよ」
「エマがいれば僕は孤独ではないよ…エマも僕がいれば孤独ではない…僕達は二人でいればそれいいじゃないか…」
エマの両頬を手で覆ってコツンと額をくっつく。
目を瞑りながらスティーブンは心からの言葉を娘に贈った。
先に死ぬのは年齢的に考えても、そして職業から考えてもスティーブンだ。
だが、その間に出会いがあるかもしれない。
なくたってきっとエマの事だから知らぬ間に縁が結ばれているのかもしれない。
だけど無理に他人と縁を結び、こうしてエマが傷つくのなら…いっそのことエマに近づく人間すべてを排除したってスティーブンは構わなかった。
エマが守れるなら、エマを傷つけ、そして病んだとしても…自分の腕に娘がいるなら構わなかった。
エマには多くの友人を作ってほしい―――これは本心だ。
エマには自分に依存してほしい―――これもまたスティーブンの本心である。
だからといってエマを自分の物にする気が起きないのだから親子というのは不思議なものである。
「私は…いや…」
しかしスティーブンの言葉をエマは否定した。
その瞬間スティーブンの心が冷たく凍えていくのを感じる。
エマの頬に伸ばしている手からも冷たさを感じたのか、エマはそんな父の手を重ねる様に伸ばしながら続ける。
「お父さんと二人はきっと寂しいよ…私がじゃない…私とお父さんが…寂しい…お父さんはきっと私がいればそれで満足かもしれないけど…でも……でもお父さん…だったら…なんで私設部隊なんか作ったの?彼らは何の為に作られたの?彼らは何を…誰を守るために作られたの?」
「それは…」
「ライブラじゃないよ…お父さんが私設部隊を作ってまで守ろうとしたのはライブラだけど…でもその中に誰がいるの?」
「…………」
娘の言葉にスティーブンは何も答えない。
答えられなかった。
そんな父に気付きながらエマは重ねている父の指の隙間に指を滑らせギュッと握った。
「私…あの事件に巻き込まれているとき…すごく怖かった…すごく…寂しかった……みんな敵に見えて誰も信用ができなくて…私…すごく…すごく心細くて何度も何度も泣いたよ…お父さんを思って、エミリアを思って、友達を思って泣いた…人は一人じゃ生きていけないんだよお父さん…」
「だから友達が欲しいって?」
「うん…」
「僕じゃ不満かい?」
「違う!そうじゃないよ…不満じゃない…お父さんの事大好きだから…だからお父さんの言葉はとても嬉しいよ…私もお父さんとはずっと一緒にいたいって思ってる……でも…そうじゃないんだよお父さん…きっとお父さんは気づかなきゃ私以上に酷い事になってしまいそうで…私…心配で……怖いの…」
エマの言葉はスティーブンには届いていた。
だが理解はしていない。
スティーブンの大切な物は勿論エマ。
その次にライブラであり、そのライブラに努めている同僚たちが次に大切である。
それがスティーブンの認識である。
だからなぜエマがそこまで恐れるのか分からなかった。
「旦那様?お嬢様?」
エマの言葉に何か言いかけたその時、どこからか聞き覚えのある声が聞こえスティーブンもエマもハッと我に返りそちらに視線を向ける。
そこにはスターフェイズ家で家政婦として自分達の世話をしてくれている異界人のヴェデッドがいた。
ヴェデッドはエマ達の姿を見て車を止めて声をかけてきたらしい。
「ヴェデッド?どうしたんだ、こんなところで…」
「それはこちらのセリフですよ…もうパーティーはよろしいのですの?」
「あ…ああ……うん…」
エマはヴェデッドの姿を見て父の影で涙を拭う。
すぐに表情を作り父の影からヴェデッドに顔を見せ何気なさを装って話していた。
そんな娘をスティーブンは複雑そうな表情で見つめていた。
その時、幼い少年の声が聞こえた。
「かあちゃーん!」
母を呼ぶ声に全員がそちらへ目を向ける。
そこには先ほどヴェデッドが運転していた車から少年と少女の異界人が出てくるのが見え、二人は母と呼んだヴェデッドの方へと駆け寄ってくる。
母と言いヴェデッドに駆け寄ったのだから、二人はヴェデッドの子供なのだろう。
「息子のガミエルと娘のエミリーダです」
「こんばんは!」
「こんばんは」
「こんばんは、ガミエルくん、エミリーダちゃん」
ヴェデッドの子供達は躾もちゃんとできているしっかりした子供達だった。
ガミエルの方がお兄さんなのか、妹のエミリーダは恥ずかしそうに頭を下げただけだが、それがまた可愛く見える。
「ん?おや、可愛い猫だね」
「さっき見つけたの」
妹のエミリーダの腕の中に可愛い生き物がいることにスティーブンは見つけ、その可愛さについ喉を撫でる。
『ほら、エマも触らせてもらったらどうだい?』というのでエマも恐る恐る触れてみれば、人懐っこいのかエマでも喉をゴロゴロと鳴らしてくれた。
それがとても嬉しくてついエマの顔に笑みがこぼれる。
「あのね、もう二匹拾ったんだ!」
「そうなの?どんな子か見せてくれるかな?」
「うん!」
「連れて来るからちょっと待っててね!」
子供はとても素直だ。
大人に比べて深く考えすぎる事もない。
だから素のままの自分にいられる。
猫を撫でているエマに教える二人にエマは会わせてほしいとお願いした。
素直に頷きガミエルが車に戻ってその拾った二匹を紹介してくれることになった。
エマは猫か犬かと思っていた。
HLでも捨て犬や野良猫は問題になっているし、拾った動物と言えばやはり犬か猫だった。
しかし…
「この子達なんだよ!」
ガミエルが連れてきたのはエマの想像を斜め上どころか突き抜けた動物?だった。
傷ついた心がアニマルセラピーで癒されていたエマの目の前には犬でも猫でもない――――顔だけの人間が現れた。
エマはその二匹?二人?と目と目が合い、お互い固まっていた。
「えっと…拾ったの?」
「うん!」
「この猫ちゃんとね、喧嘩してたところを拾ったの!」
「………最初からこの形で?」
「「うん!」」
目の前の動物?は顔は人間、その下は少し大きめのビーカーのようなガラスで出来ている容器に内蔵などが詰め込まれている……動物?…人間?…だった。
顔は無事なため口は利けるので聞いてみればこの二人はやはり人間らしい。
元、と頭に付くが、彼らは酒の飲み勝負で負けた上にサイフも擦られ文無しになりこうなったらしい。
それを聞いてエマもスティーブンも『ああ、なるほど』としか返ってこなかった。
「なるほどだと!?おめえら俺らが可哀想だとは思わねえのかよ!俺らはサイフを擦られてこんな目にあってんだぞ!?国際問題もんだろうが!!」
「でもHLでは全て自己責任なんだが…そもそもちゃんとHLに入る際にはサインもしたんだろう?でなきゃ不法になるし、知らずにサインしたってそれは自業自得だしな…まあ取られた体はもう戻らんし諦めることだ」
「はあ!?なんだそれ!」
HLは入るのは簡単だ。
全て自己責任です、という書類にサインすればいい。
簡単とは言ったがもっと色々あるし審査も厳しいと言えば厳しいが、全て纏めるとそうなる。
彼らの反応からして出された書類を適当にサインした口なのだろう。
たまにHLを甘く見てこうして自業自得となるケースがある。
恐らく羽目をはしゃぎすぎた代償であろう。
それに助けたとしても、彼らの取られた体を取り返しても元通りにはなるだろうが恐らくHLからは出られない。
以前、レオナルドもルシアナ女医に『義眼』の事を含め相談した際に言われた事もあるが、HLで現代では行えない奇跡的な治療を施した人間がHLに出てしまうとどのような作用が出るか分からないのだ。
まだ体がバラバラになるならいい方。
だが、中にはHLで治療をしたせいで村が肉塊になり焼却処理を行わなければならなかった事例もある。
だからHLで一生過ごすというのであれば体を元に戻しても活きていられるだろうが、人間界に戻るとなるとどんな事が起こるのか…不明なのだ。
だから元に戻すのはオススメできなかった。
それを何の感情もなく告げるスティーブンも、父の言葉に頷くエマも、何だかんだでHLに染まっていた。
「お姉ちゃんも遊ぶ?」
「ん、んー…お姉ちゃんは見てるだけでいいかな?」
さすが異界人というべきなのか…人間の首だけでも彼らにとったら動物であるらしい。
すでにペットとして飼う気の彼らは猫と首だけの男達を遊ばせていた。
まあ遊ばせているといっても猫が一方的に攻撃しているのだが。
男達が一方的にやられているのを子供達は庇ったり猫を宥めたりと忙しそうにしていた。
それを見ているだけでも今のエマは心が安らいでいくのを感じる。
そんな娘をスティーブンは微笑ましそうに見つめていた。
子供達と楽しそうに話すエマの姿はもう泣き崩れていたエマとは違っていた。
それは恐らく演技だろう。
無理をして元気な演技をしているのだろう。
だけど、ヴェデッド達のおかげでエマはまた前を向こうとしていた。
少なくとも子供達との会話でエマは心を癒されているのが分かった。
スティーブンは橋の欄干に凭れ掛かりながら、ヴェデッドはその傍に寄り添いながら子供やエマの様子を見守っていた。
2人は親として暖かく優しい目で娘や息子達を見つめている。
楽しそうにヴェデッドの子供達と話、猫を撫でるエマを見つめているとスティーブンも心が安らいでいった。
「ヴェデッド」
「はい」
「…ありがとう」
この年になって改めてお礼を言うのは少し恥ずかしくて、スティーブンはついぶっきら棒に呟いてしまう。
娘の事なら素直にお礼は言えるのだが、やはり自分の事になると少し恥ずかしかった。
そんな照れるスティーブンにヴェデッドは目を瞬かせたが、笑みを浮かべた。
スティーブンとは3年ほどしか一緒にいないが、穏やかなスティーブンを見るようになったのは最近になってからだった。
それまで冷たいとか厳しいというわけではなかったが、エマと暮らすようになり様々な表情をヴェデッドにも見せてくれるようになった。
エマと蟠りがあったという話を聞いているからもしれないが、思い返せばスティーブンはどこか寂し気に見えた。
だからこうして穏やかな姿を見せてくれるのはヴェデッドにとっても嬉しい事だった。
『旦那様のお傍にお嬢様がおられてほんとうによかった』、と思っていたその時…
「死ぬー!死んじゃうーーっ!!」
またしても聞き慣れた声がエマとスティーブンの耳に届く。
そちらへ目を向ければ…レオナルドとザップが見えた。
「お父さん、あれレオ君とザップさんじゃない?」
「ああ…なんだ、今日は夜遊びする知り合いが多い日だな…」
流石にレオナルドとザップと続くとスティーブンは苦笑いを浮かべざるを得ない。
父のその顔にエマは少しほっとした。
どこか追い詰められたような表情を浮かべていた父の表情が和らいでいるのが見えたのだ。
父もまたあのパーティーやエレン達の知らい合いを得てエマと同じく嬉しかったり楽しかったりと感じていたのだ。
だけど彼らは裏切り者だった。
否、裏切ってはいない。
彼らは最初からスティーブンを捕獲するために近づいたのだから裏切るも何もないだろう。
だから、スティーブンもまた傷ついた。
「どうしたんだ」
「もう聞いてくださいよ!ザップさん愛人の猫を探せってうるさくって…流石の俺だって見たことのないものを追えないっていっても無駄なんですもん」
「それはまた…災難だったな、ザップ」
「災難も何もねえっすよ!!こっちはイチモツが掛かってるんすよ!!俺のマグナムが消える危機なんすよ!!」
「別にいいんじゃないか?」
「そうっすね、別にいいっすね」
「まあ…その…自業自得、ですね…」
「ぎゃーーー!殺されるーーー!こいつらに俺殺されるんだーー!」
「ザーップ、近所迷惑だぞ?それにイチモツが無くなったって死ぬわけじゃないんだ…諦めろ」
「諦めきれねえっすよ!!イチモツがなけりゃ誰が愛人達を幸せにできるっていうんすか!!」
「ザップさんじゃない方が幸せに出来る事だけは確かっすね」
「んだとこの陰毛!!てんめえ自分の彼女がアレだからって調子に乗ってんじゃねえのかアーン!?」
「アレってなんすか!アレって!人の彼女をアレ呼ばわりやめてください!大体あんたは全て因果応報!自業自得!自分が蒔いた種でしょうが!あんな(職業はどうであれ)出来た人を彼女にしておいてよくもまあ愛人を作れますね!」
「ああ、もう…いい加減にしないかお前達…今何時だと思っているんだ」
ライブラの中でも騒がしい二人が現れ、その場は一気に騒がしくなっていった。
橋の上とはいえ、周りは住宅がある。
一つ二つとザップ達の声で電気が付き、それを見たスティーブンが止めに入る。
ザップも番頭には逆らえないのか、不服そうにしていたが、ふと視界にあるものを捉えた。
その瞬間、どんなに過酷な任務でも見た事もないほどの瞬発力でザップはそれに駆け寄った。
「みーつーけーたああああ!!」
それはエミリーダとガミエルが拾った猫だった。
猫も逃げ出す暇がないほどの速さでザップは猫を捕獲する。
「こいつだああ!いよっしゃああ!!俺のマグナム無事確定!!!」
そう言ってザップは呆気に取られているスティーブン達をよそにとっととその場を退散していった。
逃げ出すように姿を消したザップに一同口をあんぐりと開けて見送っていた。
「ねこちゃん…」
エミリーダがポツリと呟くも猫の声は返ってこなかった。
しょんぼりとする妹をガミエルが慰め、エマも一緒に頭を撫でたりと慰める。
「ごめんな、あいつには明日キツイお灸を据えるから許してやってくれないか?」
「あのクズを凝縮して人間にしたようなお兄さんはずっとあの猫ちゃんを探しててさ…あの猫ちゃんにはもう飼い主がいるんだ…だから……その…ごめんね」
泣きはしなかったがやはり知り合いが子供を悲しませたとなると物凄く心苦しい。
フォローしているのか貶しているのか分からないスティーブンとレオナルドの言葉にエミリーダは小さく頷いた。
分かっているかまでは分からず、ヴェデッドにレオナルドがあの猫は元々飼い猫であのクズはその飼い主から脅されて探し回っていた事を伝え、謝罪をする。
とりあえずあのクズは明日、氷漬けにされるのが決定した。
「では片付けは結構ですからそのままお休みください…また明日9時に伺いますわ」
「ああ、頼むよ」
ヴェデッドも帰るのか、しょんぼりとするエミリーダとそんな妹を慰めるガミエルが車に乗せ、ヴェデッドも三人に頭を下げて挨拶する。
家の事はヴェデッドがしてくれるので、ヴェデッドの言う通り申し訳ないが放置させてもらう事にする。
どっちにしろ今日はお互い疲れて家事どころではなく、帰っても食べる気も起きずそのままベッドに気を失うように眠るのだろう。
「少年ももう帰らなくていいのか?明日はやっと彼女との休日が重なった貴重な日なんだろう?帰って早く寝ないと支障が出るんじゃないか?」
「あ!そうだった…じゃ、じゃあお騒がせしました!おやすみなさい、エマちゃん!スティーブンさん!」
レオナルドは明日休日でありその休日は彼女と約束した日で、前々からライブラに頼んでいた休日である。
これがおじゃんとなれば、恐らく彼女の機嫌は最悪。
レオナルドは彼女に攫われ死なない程度に搾り取られるだろう……色々。
最悪彼女の友人達も手伝う可能性がある。
最悪の最悪に、彼女は友人達を使いレオナルドの上司であるクラウスに言い寄るかもしれない。
彼女達は初心な男心を見抜くのを得意としており、クラウスは格好の餌食だろう。
八つ当たりなので女に慣れているスティーブンでは意味はないのを重々承知の上だから質が悪い。
ただクラウスに手を出すと彼女達はHLでは生きていけないのを理解しているので咎めもない程度の揶揄い程度だろうが、初心の塊と言っても正しいクラウスには揶揄い程度でも効くのは想像しなくても分かる。
それはレオナルドも分かっており、彼女達が喜んで初心な28歳を揶揄うと知っているので慌てて帰宅した。
「エマ…」
「ん?なに?」
レオナルドを見送ると静かさが嫌に響いた。
不思議とその静かさが今ではとても寂しく感じる。
ヴェデッド達と出会い、スティーブンは気付いたのだ。
2人しかいないとばかり思っていたが、自分達の周りには色々な人がいたんだということを。
スティーブンはただそれを見ようとしなかっただけだった。
そしてスティーブンは気づいた。
スティーブンは娘の手を掴み、まっすぐ娘の瞳を見下ろした。
「エマだけではなく僕も前に進む必要があるようだ…二人で一緒に前を進もう…無理せず、ゆっくりと…」
娘だけの世界をスティーブンは今も望んでいる。
そこは変わらないだろう。
だが、スティーブンは気付かないまでも無意識に同僚たちを守ろうとしているのに気づいた。
私設部隊はライブラのために作ったのは変わらない。
だが、その私設部隊はライブラ、そして自分や娘は勿論同僚達を守るためにあると気づいたのだ。
エマは父の言葉に目を丸くしていたが、笑みを浮かべ、繋いだ手をギュッと握りしめ返した。
「うん、二人で頑張ろうね」
そう言う娘にスティーブンも笑みを深める。
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