ガチャリ、と玄関に続く廊下の扉が閉められる音を聞きながらスティーブンはキッチンに向かい直しビールを取りに向かった。
そんなスティーブンの背にパーティーにいた全員が手を伸ばし―――一瞬にして腕を銃へと変えた。
その音と殺気にスティーブンは背を向けたまま動きを止める。
「あれ?これは何かの余興?」
「パーティーは終わりよ…ライブラ構成員…スティーブン・A・スターフェイズ…ご同行願おうかしら…抵抗するならこの場で殺して持ち帰る…血も肉も骨も…存在全てをね」
「んー…何の話か分からないなぁ…というか、エレンもラリーも今日僕が紹介したばかりだろう?知り合いだったのなら人が悪いねえ…」
銃を全員に向けられてもスティーブンは怯える様子はなかった。
背を向けたままでは表情は分からないが、少なくとも声色には怯えはない。
ライブラとしてのプライドか、余裕か…
エレン達は自分達が強者だと言わんばかりの余裕を見せるスティーブンに少なからず苛立ちを覚える。
殺意を一身に浴びているにも関わらずのんびりとするスティーブンだったが…
「―――なんてな」
「―――っ!」
振り返った彼の目を見てエレン達はぞっと背筋を凍らせる。
そんなエレン達をよそに黒く濁った凍るような冷たい目をスティーブンは銃を向ける彼らを見渡す。
スティーブンに銃を向けていたのは保護者だけではなく、エマの友人だというアメリアやクロエなどの子供達までもスティーブンに向けて腕に仕込んだ銃を向けていた。
そんな彼らを見てスティーブンは冷たく呟く。
「呆れたもんだ…問答無用で蜂の巣にしないのは何故かと思ったが…この僕を生け捕りだと?一体誰だ、その蒙昧な命令を下したボスは…」
「私達が言うと思って?」
「いいや?礼を言いたいだけさお陰で調度品が壊れずに済んだ…それにヴェデッドのローストビーフやエマが作った料理が台無しになるのは我慢ならないからな…」
そう言ってスティーブンはキッチンのテーブルに置かれているヴェデッドのローストビーフや、ヴェデッドと作った娘の手料理を見下ろす。
エレン達からは見えないが、料理を見つめるその目はとても優しく父の表情を浮かべていた。
そんなスティーブンにエレンは鼻で笑う。
「こんな場面での強がりは逆に滑稽よ?ワンモーションでも起こしたら即死の自分を受け入れなさい」
「モーション?攻撃の事かい?はは…―――そんなの玄関先で済ませたよ」
「…!?」
しかしエレンの言葉でスティーブンの顔つきは変わった。
無表情になり、娘や同僚たちには決して見せないであろうスティーブンのもう一つの裏の顔が現れた。
エレンはスティーブンの言葉に怪訝とさせた。
しかしそれも束の間…―――
「"エスメラルダ式血凍道――――
絶対零度の小針"」
エレン達の身体は一瞬にして凍り付いた。
その低温によって部屋には冷気が漂い、振り返くスティーブンの口からは外と体内の温度差によって白い息が吐き出され、その部屋はまるで極寒にいるように冷たく冷え切っていた。
「血管に氷の針を通されているようだろう?」
「い、つから…きづ、いて…っ」
エレンの途切れ途切れでの問いにスティーブンは小さく息を吐き肩をすくめて答えた。
「さっきまで騙されてたよ…君たちは上手くやっていたのさ…だが、最後にしくじった…アパートのセキュリティを抜けるため大枚叩いて生体銃を選択したんだろうが……――ラリー、君の重心位置は10日前まで左にズレてるし…エレン、その生体平気特有の甘いグリースの香り…隠そうとして強く拭きすぎだ…君らしくない…香水自体を変えるべきだったね」
スティーブンは職業柄、些細な事はすぐに気づく。
だから玄関で会った際、彼らの些細な変化に気付き怪しみ、そしてモーションを済ませた。
考えすぎならば発動しなければいい事だし、いずれ消える。
だがその考えすぎが当たっていたのだ。
「――残念ながら闇に連れていかれるのは君たちの方となる」
「だ、れ…ライ、ブラ…?」
スティーブンは彼らに一人一人ミスを伝えた後、ライトや月の光が届かない暗闇を背に立つ。
その薄暗い闇から現れた者達にエレン達は息を呑んだ。
ライブラは情報をかき集めても謎の組織だった。
メンバーも謎だらけでやっと構成員の1人にスティーブンという人物が上がっただけだった。
だからエレン達もライブラの構成員の事は知らなかった。
そんなエレン達にスティーブンは『よくもまあそれだけの情報網で僕を拘束しようとしたなぁ』と内心呟く。
しかしその呟きに反して、彼の顔には何も浮かんでいなかった。
「とんでもない…これから君たちに起こる事を我がリーダーは絶対に許さない…あくまでも僕個人の命で極秘裏に動く私設部隊だ」
「ひっ―――」
スティーブンの背後に現れたのは大柄の男と思われる三人の人物。
人物…と言っていいのか不明である。
長身であるスティーブンの背丈よりもはるかに大きく、ガタイもいい。
顔は隠しているのか縫い目が施されている黒い布などで覆われ人間なのかも分からない。
不気味な彼らにこれから酷い事をされると察したエレン達は小さい悲鳴や怯えの声を漏らす。
「わ…わた、し…は…エマ、の…とも、だち、で…」
アメリアはとぎれとぎれに声を零した。
その言葉に…『エマの友達』という言葉にスティーブンはアメリアを見つめた。
だがその目は凍り付くような冷たいものではなく、全てを凍らせるような冷たさを増しながらも怒りの炎を宿しているように鋭かった。
その視線にアメリアは声にならない悲鳴を零した。
「エマの友達?僕を捕獲するために近づいただけの君たちが僕の大切な娘の友達だって?…―――笑えない冗談だ」
「…ッ」
アメリアは言葉の選択を間違えたと今やっと気づいた。
アメリアはスティーブンを殺そうとしてまでしたのに、自分が死ぬと分かると怖くなり助けを請おうとした。
しかも『自分はエマの友達』を利用して。
それが一番のスティーブンの地雷だと気づかないまま。
今更になってそれに気づいてもすでに遅く、アメリアは恐怖と寒さで歯がガタガタと鳴っていた。
「………」
スティーブンは怯えを見せる少女に心の中で落ち着くように息を吐く。
少し、大人気なかったとスティーブンは反省していた。
このHLが現れてから様々な事が可能となった。
エマの巻き込まれた事件の様な事から、エレン達のように金さえあれば生体銃という外では考えられないような物を施すことだって可能だ。
更に言えば外でも整形と言う分野があるのだから、体を縮ませて子供に見せることだって十分に可能である。
とは言え幼い頃からスパイをしているような人物だっている。
だからアメリア達子供達が本当に子供なのか、それとも何らかの方法で子供に戻っているのかは分からない。
だが、分からないものの、見た目は娘と同年の少女である。
そんな少女に殺気を向けた事に娘を持つ父として反省していた。
少女達に同情したのではない。
『既に処分が決まっている少女に更に追い詰めるような事をした』事に反省していた。
スティーブンは以前エマを守るならエマと同じ年齢の子達や幼い子供でも平気で手を下せると言った。
それは嘘ではなく、今も見た目は同い年の『元同級生』達を『処分』するに対しての感情は憐れみも同情も罪悪感もない。
あるのは娘を傷つけた腹立たしさだけ。
彼らは触れてはいけないパンドラの箱に触れてしまったのだ。
それに気付いたのはアメリアだけではなかったが、もうすでに遅い。
もう自分達の未来は『死』だけしか残っていないのだ。
人を殺すつもりだったのに自分が死ぬのは怖がる彼らの強張った顔を見渡しながらスティーブンは呆れたような溜息を吐く。
「君たちは僕だけを狙えば良かったんだ…そうすれば多少は楽に死ねただろう…だが、君たちは決して触れてはいけない導火線に触れた…僕の事を調べているという事はエマの事も勿論調べ尽くしているのだろう?僕はエマの事は隠していないからね…」
エマの情報は調べれば簡単に手に入る。
スティーブンはあえてエマの個人情報を隠す事はしなかった。
それは父はライブラ構成員だが、エマ自身は全く普通の一般人だからだ。
どんな手を使ってスティーブンがライブラ構成員だと調べたかは分からないが、そこまで調べられているという事はエマが血が繋がらず捨て子だったという情報はもうとっくの昔に入手されていただろう。
だからエマはただスティーブンの懐に入るためだけに利用された。
とは言え顔を見られているため彼らはエマも始末するつもりだったのだろうが。
「最初は僕の娘を騙し傷つけた君たちをどんな手で苦しめようかと考えていたんだ…僕を拘束するためだけに娘に近づきこうしてパーティーまでさせて懐に入った…いや、それがいけないわけではないんだよ…僕だって場合によってはそうするし今まで情報の為に感情のない愛情を捧げた女性達も多くいたわけだ……だけど…あの子を傷つけるのだけは絶対に許さない…」
「わ、たしは…」
「ああ、話さないでいい…というか、口が上手く動かないだろう?」
情報のため、多くの女達を泣かせたと思えば、騙して懐に入った彼らをスティーブンが責める資格はない。
だが、スティーブンだけならまだ許せる範囲ではあるが…娘まで騙し傷つけるのだけはどうしても許せなかった。
自分だって利用できる物は何でも利用してきたため矛盾しているとは分かっているが…所詮自分は勝者、彼らは敗者である。
勝者が最も正しくなるのが世の中である。
言い訳をしようとするエレンを遮り、スティーブンはふと笑みを浮かべた。
「ただ…君たちは一つだけ正しい選択をした…」
「せ、ん…た…く…?」
「そうだ…訪問者が来た際あの子を追わなかっただろう?それが正しい選択だった…――――追っていたら君たちの未来は死ぬよりも辛くなっていただろうからね」
「…っ」
ふ、と笑っていたスティーブンだったが、すぐに冷たい表情へと変わる。
もはやエレン達を友人でもなければ人間とも思っていない冷たい目に見つめられエレン達は息を呑んだ。
話しも終え、スティーブンは彼らに合図を送る。
全身黒ずくめの彼らはのそのそとスティーブンの命に従い、エレン達を闇へと連れて行った。
そう―――娘と同じ年頃の少女達も共に。
「………」
スティーブンはゴキ、パキ、など不快な音をさせる部屋から出る。
キッチンに飾られたエレンの花を一輪と上着を手に取り玄関へと向かった。
そこにはエマと、一人の細身の青年が立っていた。
玄関は薄暗く、娘は玄関に置いている長椅子に座って俯いていた。
その娘の傍に寄り添うように立っていた青年にスティーブンは声をかける。
「すまないね…面倒をかける…」
「いえ…そのための我らです」
声をかけられた青年は小さく首を振った。
ライブラでは決して出来ない汚い仕事のために彼らはスティーブンに雇われているのだ。
面倒とスティーブンは言うがそれこそ彼らの仕事。
首を振る青年にスティーブンは小さく笑みを浮かべ、持っていた一輪の花を差し出し、それを青年は受け取る。
「エマ、疲れただろう?気晴らしに父さんと外でデートしよう」
「………」
項垂れる様に俯いて座るエマの方にスティーブンは自分のスーツの上着をかけた。
冬ではないにしろ夜は冷える。
風邪でもひいては大変だという親心である。
しかしエマからは返事はない。
ただ頷いてかけられた父のスーツを握りしめ静かに立ち上がった。
それを肯定だと受け取り、スティーブンはエマの肩を抱き玄関へと向かう。
「ちょっと外の空気を吸ってくるよ」
「戻られるまでには撤収しておきます」
青年の言葉にスティーブンは手を振って了解の意を示した。
出ていく雇い主親子に青年は静かに頭を下げた。
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