彩羽はテレビを見つめていた。
≪えー…現場の○○です!現在私は○○区にありますマンションに来ています!このマンションにはあの大女優、近宮日向さんの娘さんが住んでいるとの情報が入りました!≫
その手にはマイクが握られており、アナウンサーらしき女性がカメラの前に立っていた。
カメラには他の局のアナウンサーも同じくカメラに向かって何か話していた。
今見ているテレビは音を拾わず何を話しているのか分からないが、言っている事は同じだろう。
彩羽は唖然としたままソファに座り込んでテレビを凝視していた。
「なんで…マスコミにバレてるの…」
テレビに映っている女性アナウンサーは何度も何度も『近宮日向』と言っていた。
その名は聞き覚えがある。
今は亡き世界的に有名な女優の名であり…――彩羽の実母である。
名前だけなら近宮日向は知っているし、ときどきテレビでも追悼として特集をしている事もあるので顔もなんとなく覚えてはいる。
実の兄である高遠から近宮日向が母親だと聞いてから、実母の出演している映画やドラマなど借りて見てたりしていた。
テレビや画面越しから見るその女性はとても美しく輝かしかった。
仕事である女優を楽しんでいるのが見て分かり、彩羽はこんな綺麗な人が自分の母親なのかと誇らしく思う反面、今でも愛されている大女優が実母だという現実味がなかった。
その大女優の娘が自分だとテレビは何故か気づかれこうして多くのテレビ局が取材に集まっていた。
よく見れば海外のテレビ局らしい人間もおり、恐らく実母は海外で活躍していた人だったから海外の方が注目度は大きいのかもしれない。
「一体何が…」
彩羽は今巴川家の姓を名乗っており、その前は明智、そして記憶を失う前は高遠。
事件に巻き込まれて日本にいる彩羽があの大女優の娘だという情報は早々手に入るものではない。
あの高遠だって彩羽を探すのに14年も掛かったくらいで、それも偶然である。
彩羽が唖然と呟いていると電話が鳴り、彩羽はハッと我に返り慌てて電話に出た。
もしかしてテレビを見た従兄からの電話だと思ったのだ。
明智は昨日喧嘩したまま顔を合わずに早朝から仕事に出てしまったため昨日から明智の顔も声も彩羽は聞いていないし見ていなかった。
喧嘩しておいて都合のいい話だが、明智がいない不安が強かったのだ。
しかし…
「兄さん!?」
≪うわっ!マジで女の子が出たよ!!≫
今朝、ゴミを出そうと下に降りた時にマスコミが張り込んでいた事に気付いた。
写真も公表されているため何も知らずゴミ出しに出た彩羽をマスコミたちは囲み我先に質問攻めしていた。
それを何とか掻い潜り彩羽はやっと家に戻ってこれたのだ。
ゴミはマスコミの勢いが怖くて結局捨てれず持って帰ってしまった。
落ち着こうとテレビを付けて、今に至っている。
彩羽は電話の奥から聞こえる見知らぬ声に言葉を失った。
その声は少年のような若い声で、周りには友人達がいるのか彩羽が出たとはしゃいでいた。
≪なあなあ!あんたさあの近宮日向の娘でいいんだよな!≫
実母の名に彩羽は咄嗟に電話を切る。
怖かったのだ。
電話が掛かってくると言えば仕事中の従兄か、幼馴染達か友人達。
知らない人ならよくあるセールスの営業や間違い電話だけ。
しかし先ほどの電話はどう聞いても近宮日向の娘だというのを分かっていて電話しており、彩羽はあんな声の知り合いはいない。
彩羽はまた鳴り出した電話から離れリビングに戻った。
「どうして電話番号が…っ」
今の時代、住所や電話番号などすぐ調べれば分かる。
恐らく先ほどの少年もある掲示板などに乗っていた電話番号をかけたのだろう。
あちらからしたら当たったらラッキーな程度の軽い気持ちで掛けたのだろう。
しかし彩羽からしてみれば恐怖以外になかった。
「と、とにかく兄さんに連絡しなきゃ…」
鳴っていた電話も切れたが、また鳴り始める。
先ほどの少年か、それとも同じ情報が流出したのを見て電話を掛けた別の人かは知らないが恐る恐る電話を覗き込めば非通知になっていた。
それを見てただ分かる事は相手は従兄ではないということだけ。
彩羽はふと家の電話ではない着信音が鳴った。
その音は聞き覚えはあり、自分の部屋へ戻る。
音は携帯からだった。
機械音は途切れることはなく鳴り続け彩羽が出るのを待っていた。
相手を見れば『明智健悟』と表示され、従兄からの連絡だと分かる。
恐らく家の電話は通じないため携帯に連絡したのだろう。
「兄さん…よかった…」
彩羽は一人でいるのが不安だったため従兄から電話が来て安堵の息を吐く。
従兄なら何とかしてくれる、と思い通話ボタンを押そうとした。
しかし―――脳裏にある場面が浮かび、彩羽は手を止めた。
それは隣の市にある父が残した家に行く際に見た…女性と腕を組む従兄の姿だった。
「………」
従兄とその女性の姿を思い出した彩羽は明智からの電話を出ることなく手を放した。
コトリと机に戻した携帯はまだ鳴っている。
早朝に家を出た明智は恐らくテレビか周囲から聞いて心配になって電話してくれたのだろう。
「…ここにいたら駄目だ…」
彩羽は鳴り続ける電話を見つめながらポツリと呟く。
まるで光が消え暗闇に1人立ち尽くすような気持ちだった。
彩羽はそう呟いた次の瞬間、空のカバンを取り出し中に下着や適当な服を詰め込む。
そしてベッドへ目線を向け、その動きを止めた。
「ウィル…ルディ…」
ベッドの枕元には大きなクマのぬいぐるみのウィルと、ウィルに寄り添うように置かれているルディがいた。
彩羽はベッドに座り小さいルディを手の中に納める。
ルディは明智がくれた人形。
養母がウィルを捨てたと癇癪を起した時に買ってくれた、宝物の一つ。
彩羽はルディをカバンに付け、ウィルを片腕に抱く。
「書き置きしなきゃ…」
最低限の荷物を詰め込んだ後彩羽は明智に宛てた手紙を書こうと紙を取り出し、家を出て行く事、暫くは放っておいてほしい事、当てはあるから心配しないでほしい事を書き残しリビングのテーブルに置く。
優しい従兄がこれだけを見て安心しろというのは無理だというのは理解しているが、彩羽はこれ以上ここにはいたくなかった。
彩羽はその後ある場所へ連絡を入れた。
「急にごめんなさい…申し訳ないんですけど迎えにきてほしくて…」
≪―――≫
「はい、そうです…実は―――」
携帯に登録してある番号にかけると予想通りの人が出て対応してくれた。
その人もテレビを見て心配をかけてしまったよう、すごく心配そうな声が電話越しに聞こえた。
それに申訳ないと思いながらも協力を仰ぐ。
彩羽のお願いは二つ返事で答えてくれた。
彩羽は電話を切りすぐに支度にとりかかる。
「確かここら辺に明日香さんから貰った化粧品が…」
探していたのは明日香から貰った化粧品。
『女の子なんだから化粧の一つや二つしないでどうするの』と言われセットを送られたが、正直彩羽は化粧なんて舞踊で出る時以外はしないため奥へ仕舞いこまれていた。
まさか使わないだろうなと思っていた化粧が今役に立とうとしているとは…本当母の娘とバレた事といいこの世の中何が起こるか分からないものである。
彩羽は髪が邪魔にならないよう纏め、ネットなどで調べて見様見真似で化粧を施す。
慣れないながらも化粧をし、最後に真っ赤な口紅を唇にひくと髪を整える。
準備をしているとあっという間に相手から連絡が来た。
その連絡に彩羽は荷物ともう一つの携帯、そしてウィルを連れて玄関へ向かう。
「…もしかしたら今日で最後かもしれないなぁ…」
彩羽はもしかしたらこの家に来るのも上がるのも最後になるかもしれないという覚悟だった。
ヒールの高い靴を選び履いた後ドアノブを捻り、名残惜しそうに振り返る。
しかし決別を決意し振りきるように玄関を開け鍵を掛けた。
最後にドアノブをグッと強く握り彩羽は後ろ髪を引かれる思いで家に背を向けエレベーターへ乗り込み、ポストの前に立つ。
ポストの入り口に鍵を入れようと先を入れるが、やはり覚悟を決めれず手を止めた。
ポストの場所は外から見えないようになっているため張り込んでいるマスコミにバレる事はないという安心感もあって彩羽は直前になって迷いが出てしまった。
この鍵を入れれば明智との縁は完全に切れる。
普段使っている携帯は部屋に置いて出て行ったし、持って出た携帯は実兄である高遠との連絡用の携帯なため明智の電話番号どころか金田一や美雪や佐木の連絡先は入っておらず、入っているとしたら高遠と父が残したという家の連絡先しか入れていない。
名残惜しいというのも勿論あったが、もし明智に連絡出来る物一つでも手元に置いていればいずれ寂しさから連絡してしまうと思って彩羽は心を鬼にいて携帯を置いてきた。
しかし心を鬼にしていてもやはり最後の縁を切る決意は悩んでしまう。
「………ごめんね、兄さん……私の我儘を許して…」
だが、結局彩羽は明智との決別を選んだ。
鍵を押し込めて手を放すとカタンと音がし、家の鍵がポストの中に入った事を知らせた。
彩羽はポストに手をかざし目をギュッと握り、これから先の見えない不安から泣き出しそうになる気持ちを落ち着かせる。
「…………」
深呼吸をした後、彩羽は瞑っていた目を開ける。
その目はまっすぐ前を向いており、不安なんて感じさせなかった。
彩羽は決意を決めたようにポストから離れる。
コツコツと響く靴音は力強く迷いはなかった。
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