(4 / 24) 緊急事態252 (4)

男はタバコを咥えジッと出入り口を睨むように見つめていた。


「お疲れ様です、先輩…これコーヒーです」

「おー、サンキュ」


コンコンと窓を叩かれ男はソチラへ目をやれば後輩がいた。
後輩は先ほどコンビニに走らせ飲み物を買いに行かせたため戻ってきたらしい。
鍵を開け後輩が助手席に座り袋から男に頼まれた飲み物を取り出して渡す。
男はコーヒーを受け取り缶を開けて乾いていた喉を潤す。


「しかし…その…誰でしたっけ…なんとかっていう女優」

「近宮日向な」

「ああ、そうそうその人」

「お前なぁ…一応報道の人間なら名前くらいは憶えておけよ」


後輩もペットボトルの蓋を開けながら男に話しかける。
しかし大事な事を忘れ、男に呆れられ曖昧に笑って見せた。
そんな後輩を見ながら男は『まあそれも仕方ないか』と頭をかいた後ハンドルに顎を乗せた。


「近宮日向っていう女優が死んでもう17年も経つんだしな…お前その時10歳にもなってねえもんな」

「はあ…いや、親が悲しんでるのは覚えてるんですけどね…俺の両親もその女優の大ファンだったらしいですし…でも俺その時大女優よりアニメに夢中でしたから」


男は当時、騒がれている大女優の娘と同い年だった。
だから覚えていた。
海外を中心に活躍し日本でも年に数本の映画で主役として出ていたあの女優が亡くなったというニュースを。
しかし後輩は覚えてはいるが記憶は曖昧。
時々特集はするが、それを見てもその時の女優が近宮日向だとは思い出さないほど記憶は薄かった。
だからこそこうして騒ぐのが分からなかった。


「しかし…いくらなんでも大女優の娘が日本にいたって言ってもこうも騒ぐ必要ってあるんすかねえ…」

「馬鹿野郎…近宮日向って言ったら日本どころか世界の実力派女優にまず名が上がるほどの大女優だったんだぞ…日本人は新しい物好きだからたまに追悼っていう意味でしか特集しねえからお前らみたいな若いもんはピンとこねえだろうが、海外…特にアメリカとイギリスじゃ今だって毎年近宮日向が出演していた映画を上映されているし、ファンクラブ会員だって増え続けているって話だ」

「ええ!?だってその人が亡くなったのって17年前なんですよね!?じゃあ映画だってすでに公開済みのものなんじゃ…」

「そうだろうな…ま、それだけ近宮日向という大女優が魅力的だって事だ…近宮日向は日本ではあまり活躍しなかったがそれでも近宮日向が死んだ日日本でも葬式がされたし…日向ロスっていう言葉が生まれたくらい当時のファンだった奴らは魂が抜けたようだったしな」

「それって…先輩もっすか?」


驚きはしたが、確かに後輩も近宮日向主演の映画を何個かは映画館で見た事はあった。
近宮日向は日本ではあまり活動せず、アメリカとイギリスを中心に名を轟かせた大女優である。
そのため亡くなって17年経ってもアメリカとイギリスや他の数か国では生前に主演や出演していた映画を上映しているし、ドラマだって再放送している。
亡くなっても忘れられず当時ファンだった人が立ち上げたファンクラブも未だに活発に活動しており、会員だって増えているらしい。
それを聞いて『ここまで愛される女優っていうのも珍しいな』と思っているとふと先輩でもある男の横顔が懐かしそうな…そして悲しそうな表情を見せている事に気付いた。
男は後輩の問いに暫く黙り込んだが、コクリと小さく頷いて見せ、タバコを思いっきり吸いこみ溜息のように吐き出した。


「本当に近宮日向はすごい女優だったよ…顔は勿論だが、性格もいいって有名だった…忙しいはずなのに笑顔を絶やさず、突撃取材やパパラッチにも丁寧に相手してやったり、失礼なファンやアンチのやつらにだって丁寧に相手してやってたり…実力は勿論申し訳ない…あのシャロン・ヴィンヤードやその娘クリス・ヴィンヤードなんて足元に及ばねえほどって言ったって過言じゃねえ…役だってなんだってやってたんだよ…それも新人がやるような脇役やエキストラから実力に似合った主役、B級、C級関係なくな…近宮日向は本当に女優という仕事を心から楽しんでいる女性だったよ……誰にも愛されていたし…誰もが彼女には更なる活躍を期待していた……だが…」

「…17年前に通り魔に殺された…」

「…………あのニュースは世界中のファンに衝撃を与え、ショックを与えた…信じられないかもしれないが自殺した奴もいたんだぞ」


男も家には近宮日向が出演した映画やドラマ、舞台のDVDを置いているし、日本のファンクラブにだって入ってる。
今だって画面越しの彼女を思い出せるくらいずっとファンを続けている。
だからこそ後輩が引き継いだ言葉にぐっと言葉を飲み込み、同時に涙も呑み込んだ。
いつも厳しい男が涙を呑む姿は後輩にも気づかれたが、後輩は見て見ぬふりをしてくれた。


「…娘さん、綺麗っすよね…やっぱ母親似なんすね……そういえば、父親って誰なんですか?」


話題を変えようとした後輩はふと気になった。
今回は17年前に亡くなった近宮日向の娘を追ってここまで来たが、その肝心の父親が全く名が上がらない事に後輩は気づいた。


「ああ、一般人って言ってたな…」

「やっぱこんだけ可愛いし綺麗なんですからハーフなんすかね」


手元にある小型のノートパソコンを開き写真画像を出す。
その写真にはこの近くのスーパーから出てくる不動高校の制服を着ている少女―――近宮日向の娘、巴川彩羽が映っていた。
近すぎず、しかし顔が分からないほど遠くはないその写真に写っている大女優の娘という少女は17歳にしては美しい容姿を持っていた。
これほど綺麗な顔を持ちながらモデルでもなく無名のままだった事が信じられないほど近宮日向の娘である少女は恵まれた体型と容姿を持っていた。
顔は母親に似たのか、近宮日向の写真と比べてみるとすごく似ていた。
その写真を見れば彼女が近宮日向の娘である事を疑う者はいないだろう。


「いや、確か相手も日本人だって言ってたな…ま、一般人って言ってたし相手は娘が生まれる前に病気で死んだって言ってたし、あの近宮日向が母子家庭だって世間からえらい騒がれてたみたいだけどな…だが…近宮日向は娘の成長どころか1歳になるのを見届けることなく亡くなっちまった」

「じゃあその娘って子は親戚が?」

「それが分からないらしいんだ」

「分からない?」


当時、近宮日向は妊娠しているというだけ公表し一年の休業を発表した。
まだ未婚で、恋人らしき人物とパパラッチに撮られた事がなかったから世間は驚きが隠せなかった。
男も10代だったが、強いショックを受けたのを覚えている。
しかし、更なるショックはその1年後…やっと娘を産み、娘を育てながら女優として活動を始めようとした矢先…通り魔に殺され帰らぬ人になった。
父親もいないその娘は当然親戚に預けられたと聞いた。
しかし熱烈なファンたちからの情報ではそれは違うらしい。
首を振る男の言葉に後輩の怪訝とさせ、先を話すのを待っている後輩の目線を受けながら男はふと視界に高級車が映り、そちらに意識を向けた。
車は外車の高級で、色はシルバー。
渋めのふくよかな男性が運転しており、駐車場の出入り口付近に止まった。
駐車場に停めないところを見るとここのマンションの住人ではないのがうかがえる。


「なんだあの車…」


男の呟きに後輩もそちらに目をやる。
丁度男と後輩が乗っている車内からも後部座席が見えた。
そこにはいかにも成金と言わんばかりの女性が乗っており、どこかに電話を掛けていた。


「この住人の友人か何かじゃないんですか?ほら、このマンション高そうですし」


後輩の呟きに納得しつつも、しかしどこか引っ掛かりを覚えた。
ジッと観察するように見つめていると暫くして一人の女性が出入り口から出てきた。
その女性はバッチリメイクを施しており、その容姿は悪くはないがその顔からも性格のキツさが分かるような釣り目をしていた。
メイクからして20代半ばか後半だろう。
高そうな衣服やバックを持っているため、この住人であるのは確かだが…その腕にはいかにもな派手な格好とは釣り合わない使いこまれたようにくたびれている可愛いぬいぐるみが抱っこされていた。
高級車の後部座席に座っていた女性がその出てきた派手な女性を見てすぐに出てきた。
車から出てきた女性を見た派手な女性は、血のような真っ赤な口紅を塗っている唇端を嬉しそうに上げ、手を振って小走りに向かった。


「かな〜!ごめーん!待った?」


その声は年齢からしては幼げではあるが、男の職業柄もっと甲高い声の女性もいる事を知っているため不審に思わなかった。


「ううん!今来たところー!」

「そっか!よかった〜!あっ!おじ様!今日はグアムの別荘に招待してくださってありがとうございます〜!」

「いやいや、いいんだよ春奈ちゃん…春恵が寝込んでしまったからせっかく買った飛行機代が無駄になるところだったんだし、お礼を言うのはこっちの方さ」

「そうそう!お金は腐るほどあるけどやっぱ無駄にしたくないしね〜」


会話からしてあの高級車の親子の海外旅行に同行するためらしい事が分かった。
高級車の娘の姉か妹が病欠となり、余った席を娘の友人に譲ったというところだろう。


「流石にあれじゃないっすよね…この写真の女優の娘、17歳ですしスッピンですし…あれどう見て20代で化粧も服装も派手ですし…」

「ああ、別人だろうな…大女優の娘って言ったってドラマやモデルでもない一般人みたいだし」


男と後輩が見張っていると知らず女性達は大声で話を続けていた。
2人はそんな女性達を『マナーのなっていない成金』と冷めた目で見つめていた。
暫く話していると父親が時計を気にし始め『じゃあそろそろ行くか』と娘と友人を車に乗せ、友人の荷物をトランクに乗せ自分も運転席に乗り込み男と後輩たちの視界から消えた。


「……これだから金持ちは…」


男の嫉妬や妬みを込めた呟きに、後輩は何度も頷いた。

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