聳え立つような門を開けてもらい、明智は豪邸へと向かった。
「お待ちいたしておりました、明智様」
玄関に向かえば出迎えてくれたのは執事だった。
明智の姿に執事は頭を下げ迎え入れる。
その執事の男は病院で彩羽の母が連れていた老人である。
「彩羽は…」
「彩羽お嬢様はご自室にこもっておられます…あれから一度もお部屋から出てこられず…それどころかお食事をされておらず…」
「すぐに行きます」
来て早々、明智はすぐに執事に問い質した。
問い質すのは勿論、彩羽の事である。
あの事件から明智は彩羽と連絡することすら禁じられており、もう彩羽とは会えないのかと落ち込んでいた。
彩羽が行くと言ったとはいえ巻き込んでしまった原因は明智にある。
だからあの時彩羽の母親に言い返せなかった。
明智に罪悪感があったからだ。
彩羽の母もその夫も気紛れな所があるから、もしかしたら気紛れで会えるようになるかもしれないと淡い期待をしていたのだが…―――しかしその5日後…予想していたよりも早くあちらから電話が掛かってきた。
「初音さん!」
「健悟さん…っ!」
階段を上がれば彩羽の部屋の前に一人の女性が立っていた。
その女性こそ明智を責め彩羽との連絡を絶たせた人間であり彩羽の母親である巴川初音だった。
初音は病院の時あれほど明智を敵視していたというのに、今は明智を見て安堵の表情を浮かべ明智の胸に飛び込んだ。
「私どうしたら…!あれから彩羽は部屋から出てきてくれないし…もう5日も食事を取っていないんです…!このままじゃ彩羽は死んでしまいます!!」
「落ち着いてください…そのために私が来たんです…」
普通の男なら涙を浮かべ体を震わせて縋る美女で人妻の初音に鼻の下を伸ばすだろう。
しかし明智は初音の事をあまりよく思っていない。
彩羽を犠牲に贅沢三昧をしているようにしか見えないのだ。
さり気なく縋りつく初音を剥がし、彩羽の部屋の前に立った。
「彩羽、私だ…開けてくれないか?」
コンコン、とノックをし声をかければ無言が返ってきた。
明智が聞いた話では彩羽は今日で5日も部屋に籠っており、食事さえも口にしていないと言う。
部屋にはトイレは完備しているのでそっちの心配はしなくていいのだが、食事をしていないというのは心配だった。
「部屋から出て来なさいとは言わない…せめて私だけでも部屋の中に入れてもらえないかな?」
『…………』
「彩羽に会えなくなって5日も経ってしまったから私は寂しいよ…早く彩羽の顔が見たい…早く彩羽の声が聴きたい…駄目かな?」
『…………』
声を掛ければ何かが動いた気配がした。
恐らく彩羽がこちらに近づいたらしく、明智は焦らず慎重に更に続ける。
「どうか私に顔を見せてほしい…」
犯人相手や他人相手ならもっと上手い言葉を言えるのに、どうしても可愛い従妹には上手い言葉が出ない。
本心からの言葉に彩羽の足音が扉の前まで近づいたのを感じた。
恐らくどうにかしたいと言う緊張感がドア越しの彼女の動きを感じ取っているのだろう。
『………』
明智の心が届いたのか、彩羽はゆっくりとドアノブを回した。
彩羽が扉を開けてくれた事にホッと安堵した明智は油断した。
「彩羽!よかったわ…!出てきてくれたのね!!」
傍で見守っていた初音が娘が扉を開けてくれた事に興奮したのか明智を押しのけ隙間程度しか開いていなかった扉を無理矢理こじ開けた。
「や…っ!」
「初音さん!!」
「さあお食事にしましょう!!でもその前にお風呂ね!!」
押しのけられた明智は批難を初音に向けた。
しかし初音はすでに娘しか見ておらず、母の乱入に驚いている隙に娘の腕を掴んで部屋から引っ張り出した。
彩羽は抵抗するが5日も食事していなかったのもあり力が出なかった。
彩羽の叫びなんて聞く耳持っていない初音の命令に執事は止めるでもなく礼をして風呂を沸かしに向かおうとした。
しかしそれを止めて明智は初音と彩羽を引き離す。
強く掴まれたが男の力では勝てず、初音の手は簡単に外れた。
明智は彩羽を隠すように抱きしめ初音を睨む。
「何を考えているんですか!!今の彩羽を無理矢理部屋から出すなんて…!!」
「私は彩羽の母です!!彩羽は巴川家の娘!そんな娘が部屋に引きこもるだなんて…!家の名に傷がつきます!!」
「娘が傷ついているというのに貴女はそれしか言えないんですか!!それでも母親ですか!!」
「なっ…!なんですって!?」
抱きしめれば彩羽も明智の服を握りしめる。
それは母への拒絶の表れだった。
息を飲むのを感じ、彩羽が泣きそうになっている…または泣いていると明智は思い、更に睨む力を強くする。
頭に血を上らせているため初音も明智の恐ろしいまでの睨みに怯むことなく睨み返す。
執事は無表情で隅に控えており、その場に二人を宥める者はいなかった。
しかし…
「何を騒いでおる」
その声にその場は一瞬にして静まり返った。
「あなた…」
静けさを破ったのは初音だった。
初音は恐る恐る振り返る。
振り返った先にいたのは夫…この巴川家当主である巴川修蔵だった。
修蔵の声に彩羽がビクリと肩を揺らし、明智の服を握る力を強くした。
怯える彩羽の様子に明智は彩羽の頭を撫でてやり落ち着かせる。
修蔵は妻から明智と、明智の腕の中にいる彩羽を見て片眉を上げ、また妻へと目線を戻す。
「これはどういう事だ、初音」
「そ、それは…彩羽が部屋を出てきたのでお風呂とお食事をと思って…それを健悟さんが無理矢理彩羽を攫おうと…」
「な…っ!彩羽を無理矢理外に出したのは貴女だ!」
「まあ!私が彩羽を!?嘘も休み休み言いなさい!私は彩羽の母ですよ!なぜ私が彩羽を無理矢理―――」
「黙れ!!」
「―――ッ!」
明智は初音の言葉にカッとなった。
そんな明智に初音もムキになり、言い合いを再開させかけた。
しかし、そんな初音の言葉を巴川家当主である修蔵が怒鳴り声を上げてるとその言い合いは止まる。
その瞬間ヒートアップしていた初音は口を閉じ、明智も黙り込む。
修蔵はギロリと妻を睨み、その後明智を見た。
「健悟君、遠い所から彩羽の為に来てくれたというのに妻がとんだ失礼をしてしまい申し訳ない」
「いえ…こちらも奥様に失礼な態度をしてしまい申し訳ありません…ただ…」
「ああ、分かっているよ…父として彩羽の力になれないのは悔しいが…健悟君、彩羽を頼む」
「はい」
明智へは睨むのではなく、申し訳なさそうな顔を見せた。
深々と頭を下げ妻の明智への無礼を謝る修蔵に明智は慌ててこちらにも非があったと認め頭を下げ謝った。
修蔵は彩羽をチラリと見た後、彩羽を明智に任せると言ってくれた。
当主の言葉は絶対であるこの家で、その言葉に明智はホッと息を吐く。
「初音、行くぞ」
「っ、…はい…」
後妻とはいえ初音も修蔵には逆らえないのか、初音は去り際に明智を睨みながらその場を去っていった。
主人の後を執事も続き、その場には彩羽と明智しかいなくなる。
「……ッ」
靴音が消え静まり返ったその場に、彩羽の声が零れる。
それは小さな嗚咽だった。
体も震わせ彩羽は明智の胸に顔を埋めて泣いていた。
ずっと彩羽は我慢していたのだ。
泣いたら負けだと思い母達が去っていくのをずっと待っていた。
「大丈夫、大丈夫だ…私がいるから…」
この家では彩羽は居場所がない。
このままこの家にいてはいずれ彩羽は壊れてしまう。
明智はこの家に来るたびにそう思う。
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