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この日、エマはエルダー・テイルの世界にいた。
丁度この日は拡張パック、『ノウアスフィアの開墾』の日だった。
公式サイトで公開されてから楽しみにしていた日でもある。
しかし…当日、エマは気づいたらそこにいた。


「あ、あれ…?」


エマは目を開ける。
そう、エマは目を開けた。
ログインし最近知り合った双子と初心者用のエリアで狩りの練習をしていたはずだった。
しかし記憶はそこで終わり。
気づいたらそこにいたのだ。


「ミノリ?トウヤ?」


周りを見渡すと森林に囲まれていたはずなのに今は苔に覆われた景色が広がっていた。
しかもそこはとても現実じみていた。
本来ならパソコンの画面でグラフィックでしか見られなかった景色もまるで自分の目でみるようだった。
周りを見渡しても先ほどまで一緒にいた双子はおらず、双子どころか人っ子一人いない。
唖然としている間でもエマの体を照り付ける太陽の光、エマの髪に触れる風、そして苔特有の湿った空気が感じられ、エマは更に困惑した。
そこはまるで本当にゲームの中にいるみたいなのだ。


「銀葉の大樹…?じゃあ、ここはアキバ…?」


逸れたらしい双子を探すため、そしてとりあえず現状を確認するため周りを散策してみるとエマの目に映ったのは大きな大樹だった。
見覚えのあるその大樹はアキバの街にある一部の葉が銀色に染まっている現実ではありえない大樹。
その大樹に気を取られているエマの耳に人の声が届く。
その声の方へと足を進めるとエマと同じプレイヤーキャラらしい人物達がいた。


「なんだよこれ!!」

「アキバの街!?」

「うそだろ!?」


街に降りれば誰もが混乱しているようで、エマは周りとは逆に冷静に周りを見渡していた。
歩いているとあちこちから声がし、困惑した声と共に『責任者出せ!!』等と怒りを露わにさせる者もいた。
横目でその人たちを見ながらエマは先に進む。


「わ…ッ!」


余所見していたせいかエマは足を躓かせ転げてしまう。
前へ倒れてしまったエマは本来なら感じることのない痛みと、苔のぬめった湿気と同時に…目の前にいくつもの画像が出てきた。
その突然現れた画像にエマは痛みも苔の感触も現実そのものだという事を忘れてしまった。
起き上がりその画面をじっと見ると、それはゲームでよく見ていた…―――ステータス画面だった。
エマはステータス画面が出てき事に驚き思わず周りを見渡す。
そこには相変わらず泣いている者やうなだれている者、怒りを収まり切れない者が多くおり、その頭上にはHPらしきものと上には名前と冒険者という文字が浮かんでいた。


「ってことは…まさか…」


ステータス画面が出ている間、周りの風景は少し薄暗い。
だがその暗さは気にならない程度でゲームで慣れているエマは恐る恐るステータス画面にある『アイテム』という文字に触れる。
アイテムという文字に触れた瞬間、いくつもの文字が出てきた。
その中にはクエストを行い手に入る『ダザネッグの魔法の鞄(マジック・バッグ)』の表示があり、その魔法の鞄の表示に触れる。
するとやはりぱっと『消耗品』や『食科』や『道具』、『装備品』などのアイテムのカテゴリーがいつものように出てきた。
それの中を覗けばどれもエマが所有しているアイテムばかりだった。


「はは…そ、操作…できるんだ…」


偶然だが、ステータス画面が表示され、あたかも当然のように操作ができる。
そのことにエマからは乾いた笑い声がこぼれる。
現実めいているそれにエマは逆に現実離れに見えてしまう。
頭の中では一つの可能性として考えている"ソレ"を、エマはあまり認めたくなくて現実逃避していた。
すると、ふ、とステータス画面の端に『ログアウト』という文字があるのに気付きエマはその文字に触れる。
しかし、ログアウトしようと触れるもログアウトは実行されず丸い赤い円の中に斜めの線が入ったマークが現れる。
『やっぱダメか…』と肩を落としていると視界の端に映った文字にエマはハッとさせる。


「フレンドリスト…!」


その文字とは、『フレンドリスト』だった。
交流のあった人といつでも連絡が取りあえる、言わば連絡帳のような物だった。
エマは後ろから誰かにぶつかり『いってえな!ぼんやり立ってんじゃねえ!!』と怒られてしまい、八つ当たりなのだろうが、絡まれる前にエマは謝りそそくさとその場から立ち去り、人が多いその場所から離れ、静かな場所へと移動した。
静かなところの方が何事も考えやすいし、何よりじっくりと確認したいというのもあった。


「名前が光ってるのはここにいるってことなのかな…――あ…」


フレンドリストには少なからず登録した人はいる。
茶会のメンバーは勿論、茶会が解散した後流れついていたギルドの人達もいる。
その中に白く表示されている者と、そうでない者がおり、白く表示されている者の隣には『LOG-IN』と書かれているから普通に考えてみれば白く表示されている者はエルダー・テイルにいるのだろう。
スクロールし大体だがエルダー・テイルの中にいる者の数を確認した後エマは上に戻ってもう一度その人物たちを見る。
懐かしい名前から最近知り合った人たちの名前もあり、その中でエマは一人の名前で手を止める。


「…クラスティさん…いるんだ…ここに……」


その人物とは、2年前に茶会が解散となりすぐに知り合った、『D.D.D』のギルマスであるクラスティだった。
D.D.Dは日本サーバー最大の戦闘系ギルドである。
成員は総勢1000名を優に超えており、幹部達数名の名前もエマのフレンドリストに載っている。
エマは茶会が解散した後もギルドには入らなかった。
エマは人との接触が苦手で、人間関係が疎ましくてギルドには入っていなかったのだ。
しかしだからと言って全く入っていないわけではない。
入会していないのは確かにそうだが、臨時メンバーのようなことはしていた。
エマは中学の時から約8年プレイしているベテランである。
エマの性格も相まってベテランの中でもエルダー・テイルの事をよく知る人物でもあった。
だからみんなエマを頼りすぎ、次から次へと利用しようとしていた。
それに気づいてからエマは人とつるむのが嫌になりフリーで活動していた。
そして茶会に出会ったのだ。
茶会の解散後、エマはD.D.Dを主に活動しはじめる。
D.D.Dは茶会が解散した後、身内以外で初めて誘われたギルドであり、ずっとではないが頻繁に出入りしていたこともあった。
D.D.Dの他にも『黒剣騎士団』等の大手ギルドのギルマスや幹部達がわざわざ誘ってくれることも多々あった。
ただ数か月前までは全てD.D.Dのみで活動しており、D.D.D以外の他のギルドの誘いはもちろん来ていたが、なぜかエマではなくクラスティがエマへの誘いを断っていたのだ…その理由は何ともくだらないことだが…。
D.D.Dと縁が切れてからは色々なギルドを流れ、そして最近は初心者の双子の面倒も見ていた。
縁が切れたといえギルドではないが茶会以来の長期滞在だったギルドのクラスティにはエマは信頼を寄せている。
だからエマは懐かしい名前に触れようとした。
クラスティはプレイヤーとしても頼りがいのある男であるため何かしら頼れるかもしれないと思ったのだ。
しかし…


「…………」


しかし、名前に触れようとしたエマは寸前で止める。


(……もう…終わったことだし…いつまでもあの人に依存してたらダメだよね…)


クラスティに無意識ながらに助けを求めていた自分に気づき苦笑いを浮かべた。
今自分は混乱していないようで多少なりとも混乱はしている。
周りが大慌てだから逆に冷静になれているだけの話だ。
本当は自分の事で手一杯だし、ハッと我に返るとクラスティもきっとそうなのだろうという考えに至ったのだ。
クラスティはエマと違い自分のギルドを持っている。
しかもクラスティはギルマスなのだ。
メンバーでもなければ幹部でもなく、ギルドのリーダーである。
フリーの自分とは違ってやることは沢山ある。
念話をかけても迷惑がかかるだけだ、とエマは連絡するのを諦めた。


「!――直継…直継がいるの!?」


クラスティを通り過ぎ、下へとスクロールを下す。
すると懐かしい名前が白く表示されていた。
――その人物は茶会からの付き合いがあるプレイヤーだった。


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