「誰かのために役に立ちたい、その人の幸せが私の幸せ」
ソラがそう考えるようになったのは人が笑ってくれるところを見てからでした。ソラの幸せは役に立つことでした。
ソラは普通の人間の女の子。とくに特技もないし、目立つほど可愛いわけでもありません。
少し違うのはめいしんといわれるものを心から信じていることぐらいでした。
その中でもとくに信じていたのは「魔法」です。
もし自分が魔法が使えるのなら「人を幸せにしたい」そう思っていました。
でもソラが知っていた言い伝えでは魔法使いは人をからかったりしていました。だからソラはあまり魔法使いを好きではありませんでした。
***
家に帰るとなんだかいつもと様子が違う気がしました。
「なんだろう?」
ソラはそう思って家の中を回ってみました。でもいつもと何も変わりません。たんすにのせたマスコットも、並べていないスリッパも……。
「わっ!!」
そう思ったちょうどそのとき、目の前に見たことのない男の人がいました。このあたりでは見かけないような雰囲気の人です。金色の髪、青い目。中でも違ったのはその人のオーラでした。周りを包み込むような優しげなオーラ、そのオーラが神秘的なイメージを作り出しているのです。
「こんにちは。君がソラさんですか?」
「ええそうです」
男の人に聞かれてソラはびっくりしました。ぱっと思い浮かんだのは「泥棒」という文字です。
「いきなり家に入ってしまってすみません。僕の名前はルー・シリルといいます。」
「すみませんが、何か御用ですか?」
「これはこれはすみません。僕は君に用があって魔界から来ました」
「魔界!」
ソラは感激してしまいました。みんな信じていない魔界から来た人が目の前にいるのですから!
といっても、普通ならば疑うのですが、ソラは心から信じていましたから疑う理由がありません。
「君の夢は何ですか?」
「私の夢は……誰かを幸せにすることです。人の幸せが私の幸せです!」
ソラは迷いもなく言いました。ルー・シリルと名乗った人はにっこりと笑って
「君は魔法の力で人を幸せにする仕事を知っていますか? それが、魔法使いです。魔法使いは自らの魔法の力で人を幸せにするのです。その人が幸せだと思う道を『ハッピー・ライン』といいます」
「ハッピー・ライン!!」
ソラは感激のあまり倒れそうでした。
悪い人かと思っていた魔法使いがそんないい人だなんて。ソラの心ははずんでいました。
「君も魔女になってみませんか?」
「なりたいですけど……でも私は普通の人間です。そんな力、あるんですか?」
「ありますよ。あなたのご先祖様が有名な魔法使いだったのです。魔界に行って候補生になればそこで修行が受けられます。私はあなたを魔界につれてくるよう言われました」
「行きます!!」
ソラはすぐさま答えました。
「ですが、修行はとてもきついですよ? それでもいいのですね?」
「はい!」
ソラの決心は固まっていました。
本来なら疑うべきなのですが、ソラは疑うなんて考えさえありませんでした。
***
ソラはちょっと気になって聞いてみました。
「私、2つ聞きたいことがあるんです」
「なんですか?」
「1つ目は魔界に行くにはどうすればいけるのですか?」
「明日はちょうど満月です。満月に呪文を唱えます。それで魔界への扉が開きます。なので夜まで待つことになります。」
「2つ目は私が行った後、皆私のこと心配しないでしょうか?」
「安心してください。あなたが魔界に行っている間は一時的に皆さんの記憶を無くします。もし人間界に帰るときは戻しましょう。」
(魔法の力ではそんなこともできるんだ!)
ソラは感心してしまいました。
でも同時に少し寂しくなりました。一時的とはいえ、みなソラの事を忘れてしまうのです。そして、家族とも別れるのです。寂しい気持ちを押し殺してソラは前向きに考えようとしました。
「分かりました」
ソラはにっこり笑って言いました。
「何も準備は必要ありません。待っていてください」
そういうとシリルさんはすぅっと消えてしまいました。
***
夜になりました。ソラはどうしていいか分からずとりあえず、庭に立っていました。内心は半分不安でしたが、もう半分はワクワクしていました。
「わっ!!」
気がつくとシリルさんがまえにいて
「さぁ、行きましょう」
と言いました。
ソラはシリルさんがどうするか不思議でたまりません。覗き込むようにしてじーっと見ていました。
シリルさんが月に手をかざしましました。今日は本当に綺麗な満月でした。
「この手に月の雫 さぁ開きなさい 魔界の扉!」
シリルさんを中心に強風が吹いてきてソラは手で目を隠しました。風がやんだかと思い手をどけると、目の前には大きな黄色いとびらがありました。ソラはほうきに乗って月に飛んでいくのを予想していましたが、実際はとびらをくぐるだけでした。
(さようなら)
そう思いながら少しずつ遠くなっていく人間界に別れを告げました。
シリルさんはそんなソラを見て、少し心配そうな目でソラを見つめていました。
***
「うわぁ!」
ソラは回りの景色を見てびっくりしました。高いお城のような建物。まるでおとぎ話で見たようなものばかりです。
「こっちですよ」
シリルさんが呼んだほうにいきました。
なぜだか、周りの人たちはびっくりしています。
「今から登録してきますから待っていてください」
「はい」
ソラは言われた通りじっと待っていました。
「おい、お前だれだよ」
誰かに呼ばれたような気がしてはっと後ろを向きました。ですが周りを見渡してもだれも居ません。
「ここだよ! ほんととろいな」
上を見ると男の子が一人居ます。ソラが困っていると男の子が降りてきて
「お前、名は?」
と聞きました。
「ソラです」
フーンといった顔で腕を組むと
「お前人間だろ?」
「え、はい」
ソラが答えると
「やっぱりな、またあいつ連れてきやがったのか。お前本気でなるつもりなのか?」
男の子は紅い目をしていました。それを引き立たせるかのように髪は黒かったのです。
シリルさんとは正反対だとソラは思いました。
「あ〜、リュード! 何してるんです! 大事なお客様なんですよ!」
「何が大事なお客様だ。たかが候補生だろ? 兄貴はやりすぎなんだよ」
(え……)
ソラは思わず硬直してしまいました。
はー、とシリルさんはため息をついて
「紹介します。この子は」
「リュード・シリル」
男の子が口を開きました。
「リュードは僕の弟なんです」
そうなんだ、とソラが思いました。
リュードがさっさと先を歩いていくときソラはシリルさんに小さな声で聞きました。
「何でリュードくんはあんなに……ひねくれているんですか」
「リュードと僕は貴族の出身なんです。それでちょっと周りの人をよく思っていないんです。……でも実際は相当の才能で魔法では学校1なんですよ!」
(そうなんだ、不思議だなぁ)
とソラは思ったのでした。
***
ソラはシリルさんとリュードと歩いていました。
「ここ……どこなんですか?」
ソラは我慢しきれなくて聞きました。
「ここですか? ここは全世界の魔法使いや魔女に指令みたいなものを出して仕事をしてもらっているんです。後は学校で聞いてください」
(ふった、のかな?)
そう思ってしまいました。
「さっきから回りの人たちがこっち見てる?」
思わず口に出してしまいました。
魔法使いの人たちや魔女から見ればよほど変でしょう。ソラは普段着のTシャツにジーパンをいう格好だったのですから無理もありません。リュードも初めのほうはとても驚いていましたから。
「よっぽどめずらしいんですね……」
「そうでしょうね」
シリルさんがそう言った時
ピピピピピピ……
と音が鳴りました。
「すみません。呼び出しがかかったみたいです。リュード、ソラさんをよろしく頼みます。学校まで送っていって差し上げてください。学用品は準備してありますから、よろしく頼みます」
「えっ!」
ソラは思わず口に出してしまいました。
リュードもシリルさんが仕事だとはわかっていても、ソラのことを押し付けられて怒っているらしく、今にもキレそうです。
「あ、あと魔界の基本的なものも教えてあげてください。言葉とか」
そういい残すと
ぼっ!
っと炎に包まれたように消えてしまいました。そしてそのときソラははじめて気がついたのです。
周りの人がまったく意味の分からない言葉を話していることに!