キリスト教の葬儀は仏教のそれとは基本的に異なる。仏教ではしめやかに、悲しみの中行われるものだが、キリスト教での「死」は神のもとに召される、安らかな眠りを祈るという意味で、悲しみや悔やみという類の言葉は言わないのがマナーだ。雪梛たちは静かに出棺を見送った。日本とは違い火葬せず、復活を信じる肉体は土葬される。
一連の葬儀が終わった後で、雪梛はたむけられた花を見ながらぼんやりと、うつろに時間を浪費した。ルイをほんの少し見かけたが、声をかけるタイミングを失い、声をかけられなかった。
雪梛はその日、催眠にでもかかったかのように何をしたのか覚えていないが、どうやら自分にあてがわれたホテルの部屋でロクが来るまで、夕食も食べずにずっと部屋に塞ぎこんでしまっていたらしい。それは後日、桐也から聞いたことだ。
身体が重くのしかかり、空気も何もかも灰色に見える。それが言葉による比喩ではないのだと、雪梛は初めて知った。世界が灰色に見えるのは比喩でもなんでもないのだ、現実だと。
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「うわー、あいつやっぱり部屋から出てこねぇや」
数度にわたってノックしたのだが、自室に閉じこもったきり、雪梛は出てこない。そもそも気がついていないのかもしれないと、桐也はあきれ果てた。もうダメなんじゃないか、と大げさなジェスチャーをした。
「雪梛さん、夕食の時も居ませんでしたし……心配ですね」
そう、肩をすくめたのは雪梛の分の夕食を持っているスーシェンだ。
スーシェンの足元で、ロクも心配そうにドアを見ていた。
三人が部屋の前で雪梛が出てこないと言って話し込んでいると、廊下から足音が聞こえた。誰だろうかとロクが顔を上げると、首から銀の十字架をかけたルイだった。ここに来たということは、ルイも雪梛に会いに来たのだろうか。偶然にも雪梛の部屋の前でばったりと三人に鉢合わせたルイは目を丸くして驚いた後、状況を察したのか、困ったような表情をした。
「雪梛に会いに来たんだけど……出てこないの?」
「そうなんですよ」
ルイの疑問にスーシェンが答えると、ルイは先程よりもずっとがっくりと落ち込んでしまった。
「で、どうしようって話し込んでたんだね?」
「そういうこと。ルイ、お前一応婚約者だろ? 行って話を聞いてやってくれないか?」
桐也がそう言うと、ルイがうう、とうなった後、下を向く。
「とっても……情けないんだけどね。僕、なんて雪梛に声をかけたらいいのか分からないんだ。だから……」
「まあ、デリケートな話になるだろうからな。俺やお前じゃあ逆効果かもな。ああうん、それ良い判断だぞルイ」
自分も雪梛の部屋に入る気がないことを明示した桐也は、そのまましゃがんで、ロクに声をかけた。
「ロク、悪いが雪梛の話を聞いてきてやってくれないか? あいつ、今言いたいことを全部言わずに塞ぎこんじまってるんだ。昔から貯めこむタイプだからさ……というわけで、無難にお前に頼みたいんだけど」
桐也の言葉に、ロクは驚いてこけそうになり、スーシェンの足にしがみついた。
「え? おれでいいのか?」
***
ロクはドアをノックしてから、雪梛の部屋に入った。
スーシェンに渡された雪梛の夕食を持っているため、ドアを開けてもらったのはいいものの、入ってからどうやって閉めようかと慌てふためいていると、ロクの訪問に気がついた雪梛が手伝ってくれた。
そのままロクから夕食がのった盆を取り上げて机に置くと、雪梛はベッドの縁に座って、大きくため息を吐いた。
夕食を届けただけで帰るわけにもいかないロクは、そのままベッドにのぼり、雪梛の横に腰掛けた。
「せつな……だいじょうぶか? みんな、しんぱいしてたぞ」
ロクが雪梛にそう声をかけると、雪梛は乾いた笑いを浮かべた。いつものロクに対して向けられる温かい微笑みではない。無理して笑っているのだとすぐに分かってしまうような、寂しくなるような笑顔だった。
「……放っておいてくれれば、大丈夫になるわ。心配してくれてありがとう、ごめんなさい」
雪梛のその言葉が、ロクには冷たく突き刺さる氷の刃のように感じられた。
お前には関係ないと、放っておいてくれとそう言われた。
それでも、ロクは食らいつく。桐也が言っていたように、本当にこのまま雪梛のことを放っておいていい気がしないからだ。
「なあ、せつな。なかま……だろ? はなして、くれないか?」
ロクは懇願するように、苦しそうにそう伝えると、雪梛が目を見開いて、少し笑った。いつもの微笑みに近いようで、まだまだ悲しそうだった。
「ねえ、ロクに話したことあったっけ? このマフラーの話、初めてパパと先輩とルイに出逢った日の話」
雪梛はそこまで言うと、室内であっても必ずまいている、白い生地に青い雪の結晶の刺繍が入ったマフラーを首から外した。マフラーを簡単にたたんでから、刺繍をじっと見つめる。
「…………私が両親に、家族に、捨てられた日の話」