「君って、こっちの才能無いよね」
何気なく、アドバイスのつもりと言わんばかりに放たれたその一言は、彼女が一度夢を諦めるのに、あまりにも十分な言葉だった。
◇◇◇
『だあ〜〜かあ〜〜ら〜〜!! そこに立ったらハウリングするって何度も言ってるでしょ!? もっと左!!』
「はい」
『行き過ぎ!!』
「はい」
『もう一歩右!!』
「はい……」
ティアリスがつい、メガホンをキーキーと言わせながらそう叫べば、ワタルは大人しく指示に従った。
彼が少し動けば、それに合わせてカイリューも動いた。その様子を見て、ふうと息をついた。
ハウリング、
スピーカーの前にマイクが来ることで起こるこの現象は、それを狙った演出もあるものの、多く雑音として処理される。
そのため、演者はスピーカーの前にこないことが……もしくは、演者のくる位置にスピーカーをこないよう設置することが求められる。
とは言え、昨日散々話し合って決めたスピーカーの位置を、ティアリスは変える気がなかった。
「いやそのな……最初は光がないだろう。真っ暗な状態で出てくるから、どこが立ち位置かわからないんだ。だからつい何度もこの位置に来てしまう」
『テープ貼ったでしょ』
「それが見えないって言っているんだ!」
ワタルがやっとの思いでそう伝えれば、ティアリスはなるほど……と言って顎に手を当てて考え込み、少しして二階から降りてきた。手に蛍光色のテープを持っている。
「じゃあここにネマシュテープ貼っておきますね」
ネマシュテープというのは、ネマシュというポケモンが持っている胞子の成分が練り込まれたテープで、光を蓄積させれば、暗い場所で発光するというものだ。暗がりの中で目印が必要なときに便利な代物として防犯にも役立てられている。
「これで見えますね?」
「ああ」
「じゃあもう一度」
ティアリスはそう言うと、もう一度二階に戻っていった。
ワタルが挑戦者を迎えるこの部屋は、パッと見ただけではわからないが二階があり、ワタルの側からは見ることが出来る。
二階は、主にライトや撮影機材など、舞台を映させるためのものが置かれている裏方の場所である。
『バチュル、ライト用意!』
『バチュ!』
小さい内線用のマイクを通じて、バチュルの声が聞こえた。
『バニリッチ、スイッチ用意』
そういうと、しゃらしゃら、と氷が擦れ合う音がした。
――そうして、舞台の準備が整った後、ティアリスの静かな声が聞こえた。
『準備できました、ワタルさん。どうぞ――』
「わかった」
バチュルは糸を張り巡らせて、ライトの向きを操り、バニリッチは機械に冷気をかけながら、スイッチを動かしていく。
それらの連携はあまりにも見事で、ワタルはひとつの芸術だな、と毎度思わされた。
こうしてリハーサルが始まった。
「位置は良いと思います、響きはどうですか?」
「ああ、良いと思う。こういうのを求めていたんだ!!」
「じゃあ一回、明日録画するのでそれを見てまた修正箇所上げてもらっても良いですか?」
「わかった。今日はもう帰って良いぞ」
「はーい、あがりで〜」
彼女はそのまま昼食を食べてから今日は帰るらしい。
ティアリスは普段から素っ気なく、そして猫目だからか、
しかし、ワタルは彼女のそんなところも気に入っているし、あわゆくば、もう少し仲良くなりたいと思っていた。
「そうだ、ティアリス。君も一緒にお昼を食べないか?」
「えっ、私お弁当なので」
リーグから近い場所でひとり暮らしだと言っていたので、手作り弁当だな、とワタルはピンときた。
それで少し、ワガママを言ってみたくなったのだ。
「お弁当かあ、良かったらおれにも作ってくれないか? 料理が苦手なんだ」
なんて、甘えたことを言ってみれば、ティアリスはあからさまに眉をひそめた。
「パワハラですか?」
「違う!!」
「そういうつもりがないなら、仕事として発注してください。お金がもらえるならちゃんとやりますから」
ドライだ。とてもドライだ。
これが流行の小説なら「まあ、そんなに作る手間は変わらないので良いですけど……」なんて恋が進展する展開なのに、パワハラですかときた。
「うーん、そうですね……一食千円プラス手技料と時給で……これが二十一日分なので……一ヶ月三万円ならいいですよ」
普通にリーグの食堂で、一ヶ月食事券を買った方が遥かに安い金額をふっかけてきたあたり、本心としては「美味しい話なら受けるが、そうでないなら関わってくれるな」ということなのだろう。
彼女はお金で物事を判断するタイプらしい。
……それは健全なことだな、とワタルは思った。
「そんなに安くて良いのか? それで君の手料理が食べられるなら、是非頼もう」
そう言って現金を渡し、明日から作って欲しいと頼んだ。
わかりましたお疲れ様です、と簡単な挨拶をしたティアリスは、肩にバチュルを、他のポケモンたちはボールに入れて部屋を後にした。