02

しおり一覧へ |しおりを挟む



 ティアリス、彼女はワタルの専属演出家として働いている。

 さて。ではそもそも、セキエイリーグの頂点たるワタルに、専属の演出家とは何事か、ということを説明しておこう。
 
 セキエイリーグに限らず、各地方のリーグは深刻な問題を抱えていた。
 そう、挑戦者不足である。
 リーグのバトル映像は、放映すれば挑戦者が不要な注目にさらされるため、放映されていない。それはつまり、四天王やチャンピオンの映像も同じく世に出回る機会が少ないということである。
 そのため、トレーナーたちの間で、リーグは「ジムバッジを集めた後に、挑戦出来る大舞台がある」という程度の認識でしかなかった。そもそもバッジを全て集める者も少ないのに、その上で挑戦してくる者といえば、かなり限れられてくる。
 ホウエン地方のチャンピオンが少し旅に出てもリーグが回ってしまうぐらい、リーグは挑戦者が少ない――という存亡の危機に瀕していた。
 個人でメディア露出している四天王やチャンピオンもいるものの、基本的には各地の大会への参加が「絶対に勝ってしまうから」という理由で禁じられているため、誰が自分の地方のチャンピオンなのか知らない者の方が多かった。
 有名になろうにもなれない、知名度が低いので誰もこない、というジレンマがリーグ関係者を中心にぐるぐると渦巻いていた。

 ところが近年、よりポケモンバトルを身近に――と、各地のリーグも協力した、ポケモンワールドトーナメントという大きな大会がイッシュ地方で開催された。
 これはリーグも協力ということで、各地のリーグの四天王同士、チャンピオン同士が戦い合いその頂点を競うという大会だった。
 この戦いを機に、四天王やチャンピオンたちは知名度が大きく向上した。

 そうして、リーグは伝統を重んじた形式からの脱却が求められた。
 要は、世間で四天王やチャンピオンを求める熱が上がったということである。
 今まで半ば伝説のような存在だったリーグを人々をテレビで身近に感じ、様々な場所でのエキシビションマッチが仕事として増えた。
 それはもちろん、セキエイリーグでもだ。
 セキエイリーグでは、四天王やチャンピオンの部屋は、本人の雰囲気や使うポケモンに合わせて変化させて良いことになった。
 そのため、元々その手のことに強いカリンやイツキは、急ぎでスタッフを雇い、照明や音響といったものを整えた。
 カリンはチームを丸々作るように新規で舞台の裏方経験のあるスタッフを数十人雇い、イツキは自分で決めた内装を業者に発注していた。
 そうして、イツキに挑戦したものがテレビで部屋の様子を、イツキとのバトルの様子を伝えたことで――挑戦者が一気に増えた。


 なるほど、となれば……とワタルも自分の部屋の内装を、大きく変えることにした。
 ワタルはセキエイリーグのチャンピオンだ。他の四天王に見劣りしないような、ドラゴンを引き立てる内装にする必要がある。
 とは言え、幼い頃から修行に明け暮れていたワタルは舞台など見たことがないし、バトルを演出することに関しても全くの初心者である。その上、カリンのように何十人ものスタッフを抱えながら指示を出すことは苦手だし、かと言ってイツキのように自分であれこれと決めていくこともできない。
 つまり、ワタルのふわっとした指示を正確に読み取ることができそれを実現させられ、また専門的な知識があり、そしてワタルのポケモンたちとも相性の良い人間がスタッフとして求められた。
 そして、リーグ広報を通じて、ワタルは自分の専属となる演出家を探すことにした。


 ティアリスは、その応募にひょいと現れた人材だった。
 演出家たちや、舞台の音響係、照明、小道具大道具様々な人材が何十人といた中で、彼女は一際ワタルの目を惹きつけた。
 彼女の、香染色こうぞめいろの薄い茶髪に、これまた薄い若葉色の瞳。そしてキュッと釣り上がった猫目気味のきつい顔立ちがワタルの好みだったことは否定しないが――彼女はやはり少し変わっていたため、目がとまったのだ。
 他のものは華々しい功績や、実績があったことに対し、彼女の履歴書は学歴しか記載されていなかった。他の応募者が自分の得意を語る中で、彼女だけ
「私なら誰よりもできます。私とポケモンたちで全部出来ます」
 と短く言った。
 それに加え、黒いシャツに黒いズボン、無造作に後ろで結ばれたショートの髪型。
 ――その全てが潔く、飾ろうとしない彼女は小気味良いと、ワタルは思った。

 だから、不器用なほどに飾ろうとしないティアリスというスタッフを、ワタルは専属の演出家として雇ったのだ。

 一人だけ雇うと言ったときの、周囲の反応は様々だった。
 ワタルはその頃、そもそもライトを動かすのには数人の人手がいることすら知らなかった。
 それでも彼女の「全部出来ます」をワタルは信じることにした。




prev | back | next
Atorium