「I have a bad feeling about this.」
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12

2月から4月にかけて行われるB級ランク戦は2月1日に初日を迎えていた。

私は身体はまだ万全では無いが、退院してから初めて本部に来ていた。そして、久しぶりのランク戦解説に、ガッチガチに緊張していた。


「尚美、そんなに緊張することないよ。みんな知り合いでしょ?大丈夫だよ」

依織さんが私の顔色の悪さを見て励ますように肩を叩いてくる。


「そうですよ、佐鳥君優しいし。私も裏で実況してますから」
優しく背中をさすってくれているのはまことだ。

「私、見に行きましょうか?」
「カンナ……それ逆効果」
頼さんがカンナに突っ込んだ。その通りである。余計に緊張させるようなことはやめて欲しい。

作戦室で真野隊のメンバーがそれぞれ緊張している私を励ましてくれているが、気が重かった。プレッシャーだった。
これなら毎日夜に防衛任務に入っている方がマシとすら思った。

まだ救いなのは、二宮隊が防衛任務でランク戦を見には来れないと言うことだ。
もし、自分のはちゃめちゃな解説を二宮さんに聞かれたらと思うと恥ずかしさで死ねる。
去年の今頃にした解説のトラウマが蘇ってきそうだった。


すでにトリオン体になっているため、杖も使わずに普通に歩けて、体も軽いはずなのに、緊張で身体が重く感じた。


「尚美、ほら言っておいで」
依織さんがそっと私の背中を押す。今はその笑顔が恨めしい。

これから始まるであろうランク戦解説の数々に倒れるような思いだった。ラウンド8まであるなんて。



重たい足を動かして、まことと会場へと向かう。
まことは隣のランク戦室で諏訪隊、鈴鳴第一、柿崎隊のB級中位の試合の実況を頼まれている。


「おっ、2人ともお疲れさん!」
「迅さん、お疲れ様です」
途中で迅さんに出会う。お菓子を片手に陽気に話しかけてきた。



「……尚美は本当に疲れてるけど、大丈夫?」
迅さんも私の顔色の悪さに引いていた。


「体調が悪いわけではないんだよね?」
迅さんは入院中に玉狛のメンバーと一緒にお見舞いに来てくれたが、自分の副反応サイドエフェクトによって、私が本部防衛ではなく外で人型近界民ネイバーと対戦することになり、更には怪我をさせた事を若干気にしているのだ。


その事で隊長の依織さんにはもちろん、二宮さんや太刀川さん、風間さんら他部隊の隊長達に怒られたそうだ。
怪我をさせるな、無茶をさせるな、と。


気にしないでほしいと何度も言ったがまだ気にしているのだろうか。


「迅さん大丈夫です、尚美先輩は解説で緊張してるだけだから」
「なるほど… 尚美、大丈夫だよ。心配してるようなことにはならないから」
迅さんはまことの言葉を聞いて安心したようだ。そして私に気休めのような言葉をくれる。未来視をしたのだろうか。私のどんな様子を見たのだろう。出来ればもう少し詳しく教えて欲しかった。


「尚美はうちのルーキー達をよろしくね!特にメガネくん!」
そう言って迅さんはまたどこかに行ってしまった。相変わらず忙しそうだ。



ランク戦室の前でまことと別れる。
1人になると、余計に緊張してきた。部屋の扉を開けるのも嫌になるほど。


「ん?宮木先輩入らねーの?」
「何してるんですか……」
後ろから声をかけられて振り返ると三輪隊の2人がいた。

「米屋君、三輪君……」
「退院おめでとうございます」
米屋君はお見舞いにもきてくれていたので、そう声をかけてくれた。
そして、私の代わりに扉を開けてくれる。

「ありがとう」
「宮木先輩、ランク戦見にきたんすか?」
「今日、この人は解説だ」
三輪君が何故か代わりに答える。


「え、そーなの?」
米屋君は三輪君に向かって訊くが、三輪君は無視して私に話しかけてきた。


「今シーズン、真野隊の分全部やるらしいですね」
「……なんで知ってるの?」
「真野さんに聞きました」
三輪君が既に知っていることに驚いたが、依織さんに外堀を埋められている事に気づいた。
おそらく他にも知っている人はたくさんいるのだろう。これではやっばりやめたいとは言えなくなった。


「そりゃ楽しみだ」
米屋君はケラケラ笑っている。呑気なもんだ。二人ともA級隊員なんだから今シーズン解説を頼まれる可能性だってあるのに。


「私は憂鬱だよ……」
「体調はもういいんですか?」
三輪君に聞かれた。きっとトリオン体だとわからないからだろう。

「うん、もうほとんどいいよ、杖なしでも歩けるくらいだし」
三輪君にもお礼を言う必要があったことを思い出す。


「そうだ、三輪君ありがとうね。助けてくれて」
最後の最後、三輪君が男の人型近界民を止めてくれなければどうなっていたかわからない。
それに意識がない私を運んでくれたと聞いた。


「俺は別にあんたを助けたわけじゃない」
「そうかもしれないけど、三輪君のお陰で助かったのは事実だから」
三輪君の性格は多少なり知っているので、そっけないことを言われても気にしない。


ちらっと周りを見ると、解説席にすでに桜子ちゃんと佐鳥君が来ている事に気づいた。
「それじゃ私行かなきゃ。またね」
2人とそこで分かれた。


「桜子ちゃん!佐鳥君!」
「あ!宮木先輩!今日はよろしくお願いします!」
「宮木先輩、体調もう良いんですか?」

2人に笑顔で迎えられた。
よかった。頑張れそう。


「こちらこそよろしくね、務まるかわからないけど……。体調はだいぶいいよ!」
「いえいえ、宮木先輩が解説してくださる時は、いつも席がいっぱいになりますから」
「またまた。2人が頼りだよ〜!」
桜子ちゃんのお世辞に苦笑する。
そこで、なぜか2人と一緒に三雲君がいる事に気づいた。


「あれ、三雲君。こんにちは」
「宮木先輩、お久しぶりです」
「退院おめでとう、体調大丈夫??」
三雲君は私より重傷だったのだ、まだ体調も完全には戻っていないだろう。
今日は三雲君の所属する玉狛第二の初戦だが、三雲君は体が万全では無いため、出場しない事を聞いている。


「玉狛の2人の応援にきたの?」
「いや、そのつもりだったんですけど……」
三雲君は何やら戸惑っているようだ。

「私がせっかくなので、一緒に解説をお願いしました!」
桜子ちゃんが胸を張って答える。

「え?!そうなの?!」
いきなり解説する事になるなんて、なんて災難なんだろう。私なら卒倒してる。


それよりも思うことがある。

「……三雲君いるなら、私要らなくない?」
2人いれば解説は事足りるはず。

「そんなことないです!」
「え!俺楽しみにしてたのに!」
「宮木先輩いてください!」

桜子ちゃん、佐鳥君、三雲君の順に縋りつかれる。
軽い気持ちで言ったが、そこまで求められるとは思っていなかった。


「あ、そう……?じゃあがんばります」
開始時間も近づいて来たので、4人は席につく。機器を身につけて、さぁ始まりだ。





『ボーダーのみなさんこんばんは!海老名隊オペレーター武富桜子です!』


桜子ちゃんの実況で始まる。
『B級ランク戦新シーズン開幕!初日・夜の部を実況していきます!』

さすがランク戦の実況をほぼ毎回しているだけあって手慣れている。

『本日の解説者は……「オレのツイン狙撃スナイプ見た?」でおなじみ!嵐山隊の佐鳥先輩と!』
『どーもどーも』

『「なんか嫌な予感がする……」でおなじみ真野隊の宮木先輩!』
『よろしくお願いします』

『そして、もう一方……本日がB級デビュー戦!玉狛第二の三雲隊長です!』
『ど、どうも……』

三雲君が緊張しているのをみて、緊張がやや落ち着いた気がする。
ありがたい。ありがとう三雲君。


『おっと、そうこうしているうちに隊員の転送がスタート!』
画面に転送開始と表示される。
『せっかくですので今回は玉狛第二の試合に集中してお届けしたいと思います!初日ということで佐鳥先輩。簡単にB級ランク戦の説明をお願いします』

桜子ちゃんが佐鳥君に話を振る。
『OK桜子ちゃん!』

佐鳥君が綺麗なウインクをとばす。
さすが広報担当、慣れている。



『B級って上位、中位、下位って三つにグループ分けされてんのね。今21部隊チームだからちょうど7部隊ずつ。そんでグループん中で三つ巴・四つ巴のチーム戦をやってバリバリと点を取り合うわけ』

佐鳥君はサクサク説明する。


『点を取る方法はすげーシンプル。よその隊員を一人倒せば一点。最後まで生き残った部隊にはボーナス2点。これだけ!点取って順位を上げて上のグループを目指せ!B級の一位と二位は、A級への挑戦権がもらえる!がんばれ!おわり!』


佐鳥君に補足した方がいいかな、と話に入る事にする。

『少しだけ補足すると、前シーズンで上位だった部隊には順位に応じて初期ボーナスが付きます。一位のチームには15ポイント、二位のチームには14ポイント、と言った感じで。その分有利アドバンテージがあります』

『それそれ、流石宮木先輩!』

『佐鳥先輩、宮木先輩ありがとうございます!さぁ、吉里隊、間宮隊、玉狛第二、転送完了!すでに戦いは始まっている!』

私は空閑君と千佳ちゃんを見る。

空閑君は戦い慣れしてそうだから大丈夫だろうが、千佳ちゃんは緊張していないか心配だったのだ。



『三人部隊の吉里・間宮隊に対して、玉狛第二は数の上で不利ですが、三雲隊長はどう思われますか?』
桜子ちゃんが三雲君に話を振る。

『あ……大丈夫だと思います』
三雲君はそれだけを戸惑いながら話した。


目の前のモニターをみると、空閑君が吉里隊を強襲している。一気に三人やられた。

『!!?は!!?早い!!吉里隊があっという間に全滅?!玉狛第二の空閑隊員!B級下位の動きじゃないぞ』

桜子ちゃんの実況がヒートアップした。
たしかにこれは興奮する動きだ。


『さあ、吉里隊の緊急脱出ベイルアウトが見えた!間宮隊はどう動くか?!』

間宮隊は三人固まっているので、1人でいる空閑君を攻めてもいいが、冷静に考えてまずは距離を取ったようだ。


『……っと動かない!間宮隊、建物に身を隠して動かない!』
『これは「待ち」っすね。寄ってきた所を全員の球で削り倒す感じじゃないすか?』
『なるほど!』

佐鳥君が間宮隊の作戦を予想する。


『間宮隊は全員が射手シューター!三人同時両攻撃フルアタックの「追尾弾嵐ハウンドストーム」は決まれば超強力です!これは迂闊に手は出せないか……?』
『いやぁ、どうかな〜』
佐鳥君は千佳ちゃんの事を知っているので、はぐらかす。


『射手は中距離に強いです。対して空閑隊員は攻撃手アタッカーなので、近距離に強い。それぞれが自分の得意な間合いまで詰める。相手の間合いには入らない事が大事です。そして……』


私は基本的な戦術を説明する。
そうあくまでも一般的な戦術だ。一般的な能力をもつ隊員であれば有効なのだ。
そして、マップにはもう1人残っており、彼女は…

ボンッ!


ヘッドホンから聞いたことのないような爆発音とともに、モニター上の建物が一気に破壊された。

『どああ!!?』
桜子ちゃんが驚きの声を上げる。


『出たぁ!』
佐鳥君はノリノリだ。


『雨取隊員は狙撃手スナイパーなので遠距離に強いです。下手に距離を取るとこうやって狙撃されます』
私は努めて淡々と説明する。先日の大規模侵攻で実際威力を目の当たりにしてるので落ち着いてはいるが、何度見ても驚くほどの威力だ。


建物が破壊され、間宮隊の3人の姿が見えたところで空閑君が一気に勝負を決めた。

『しょ……衝撃の決着!!』

桜子ちゃんが大興奮で話す。

『狙撃手雨取隊員がアイビスで障害物を粉砕!!というか威力がおかしいぞ?!生存点の2点を含めて一挙8得点?!強い!強いぞこのチーム!!』



あっという間に試合が終わってしまった。

私としては早く終わって嬉しいが、それだけ力の差があったと言うことだ。



『この一戦で暫定順位は12位まで急上昇!早くも中位グループに食い込んだ!この勢いでどこまでいけるか玉狛第二!水曜日に当たる第二戦の相手は……暫定10位荒船隊!そして同じく8位の諏訪隊!B級に現れた新星の戦い。次回も大注目です!』

桜子ちゃんが上手く締めて、今日のランク戦が終了した。





「お疲れっした〜」

「佐鳥君お疲れ様」
「お疲れ様です」
「ありがとうございました!」

佐鳥君は書類仕事が立て込んでいるようで、すぐに帰っていく。
嵐山隊は広報活動もあって大変なのだろう。


「宮木先輩!今シーズンは先輩にたくさん解説していただけると聞きました!今後もよろしくお願いします!三雲先輩もありがとうございました!」
そう言って桜子ちゃんも自隊の作戦室へと戻っていった。


私と三雲君の2人だけになる。

「三雲君、初めての解説お疲れ様」
「ありがとうございます……緊張しました」
「そうだよね、私何回しても緊張するよ」

ハハッとお互い笑って、見つめ合う。

「あの、宮木先輩……この間はありがとうございました……」

三雲君にお礼を言われた。


「先輩がいなかったら僕途中で挫けてたと思います。千佳を守ることも出来なかったかもしれない……僕を庇って怪我までさせてしまって、本当にすみませんでした。そして、ありがとうございました」

ペコリと頭を下げられる。

「そんな……私の方こそ叩いちゃったし、出水君達に任されたのにちゃんと守れなくって結局大怪我させちゃったし」

慌てて顔を上げるように促す。

「そんなことないです。叩かれて気合が入りました。」
「そう……?」
「はい!」
三雲君に力強く言われる。



「でも叩くのは良くなかった!ごめん!私の事も一発叩いて良いから!さぁ!」

三雲君に会ったらずっとこうしようと考えていた。
手を出したのは良くなかった。トリオン体で痛くないとは言え、暴力に走るのはあってはいけない事だった。
これでチャラにして欲しいと思って頬を差し出す。


「ええ!?……流石に先輩を叩けませんよ……」
「いや、私も叩いたし、これでチャラにしてください」

お互い沈黙する。
三雲君は動こうとしなかった。


「……じゃあ先輩、貸し1つという事ではダメですか?」
「え?」
「今度、困ったことがあったら先輩を頼っても良いですか?」
「……三雲君」

自分は先輩なのだからいくらでも助けになるというのに、何で良い子なのだろうと思った。
流石に私を叩くのは無理か。貸しとして置いておこうと思う。



「うん!わかった!何でもいう事一つ聞くよ!約束!」
「はい、その時はよろしくお願いします」
「うん。とりあえず三雲君あんまり無理しちゃだめだよ、ランク戦は始まったけどまだ体調戻っては無いんだから」
「はい、ありがとうございます」


そういって、2人は別れた。
三雲君と話せて気持ちが軽くなった気がした。



そして、まずはランク戦解説が一つ無事に終わった事に安心した。



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