恋人は雪だるま
「音、出かけるぞ」
「…え?」
二人で朝ごはんをのんびり食べて、ソファーでワイドショーをやっているのを黙って見ていると隣に座っていた匡くんがいきなりそう言い出した。
急に言われても私は準備があるのだけど。そう思ったけど、匡くんはこうと決めたら私が何を言ってもダメなので、黙って出かける準備をする。
どこに行くのかも教えてくれないので、とりあえず無難な格好をする。今日は寒そうだから暖かい格好にしないと。クローゼットから白のニットのトップスとプリーツスカートを選んで着替える。
コートは去年匡くんが選んでくれたバーバリーのダッフルコートで、マフラーは去年のクリスマスプレゼントに匡くんがくれたカシミアの肌触りの良いもの、手袋は今年のバレンタインデーのお返しにもらった革の綺麗なものにしよう。こうしてみると私が身につけるものには全部匡くんが関わっている気がする。
最後に髪の毛を整えようと洗面所の鏡の前に立っていると、鏡越しに匡くんが見えた。扉に背を預けてじっとこっちを見ている。
「まだか?」
自分は素早く身支度を整えて、私が用意をできるのをこうやっていつもじっと見て、待ってくれている。
「もうすぐだから、待っててね」
私だってできるだけ早くデートがしたいのだ。けど、匡くんの隣を歩くのだから恥ずかしく無いように綺麗にもしたい。この複雑な乙女心をわかってほしい。
「好きなものを選べ」
「えっと、匡くん…?」
連れてこられたのは、カップルが数多く来店している青いブランドカラーのハイジュエリーブランドのショップだ。店の前で匡くんが立ち止まった時はウソでしょ?と思ったが、繋いだ手を引かれて、ずんずん店に入ってしまった。匡くんここは主にブライダルリングを選ぶところではなかろうか?
「ん」
私にショーケースの中を見ろと促してくる。
「どうしたの急に?」
「少し早いが今年のクリスマスプレゼントだ、気にせず選べ」
「選べって」
下調べも何もない状態でそう言われて戸惑う。幸いクリスマスシーズンのため店員さんは忙しく全員接客をしているようで、私が一人ショーケースを見ていても声をかけてくる店員さんはいなさそうだ。チャンスとばかりに商品を覗き込む。
「ひっひえ…」
覗き込んだ場所はいったい何カラットなんだと言わんばかりのきらめくダイヤモンドが付いた指輪が展示してある場所だった。しまった。間違えた。エンゲージリングが置いてあるここを見ていたら、変に勘違いされるし、高い物をねだり過ぎだ、私の馬鹿。
次を見ると、今度はマリッジリングの場所だった。これもだめだ〜〜!!
慌てて角を曲がって次にいく、今度はちゃんとネックレスが飾ってあった。
一粒ダイヤのモノや、よく見るチャームのネックレスがある。
こういうブランドショップだと指輪かネックレスの選択肢があると思うが、私はネックレスにすることにした。
ネックレスなら毎日身につけられるし、無くす心配も少なそうだ。
キラキラと輝く綺麗なネックレスをあれこれ見て考える。ルビーだろうか、赤色の宝石が付いたものも可愛いし、やっぱりブランドカラーのチャームのものも可愛い。
しかしハイジュエリーブランドなだけあって、値段はどれも結構する。クリスマスプレゼントに大学生が贈るものでは到底なさそうだ。
私が匡君に考えていたプレゼントの予算の10倍はある。仮にこれをもらったとして、私はそれに見合うお返しができるのだろうか。
匡くんはボーダーに所属しているから、ある程度収入がある。けど、私は学生アルバイトをしているだけで、月に数万程度の稼ぎしかない。
匡くんからちゃんとしたものを貰ったとなると、ちゃんとしたものを返さなければならない。貰ったものは過不足なく返したい。物でも、気持ちでも。
「決まったか?」
何事も迷わず即決の匡くんは案の定私にもすぐに答えを求めてくる。
「え、あ、ちょっと待って」
「どれとどれで悩んでるんだ?言ってみろ」
まさか私がお金の事で悩んでいるとは思ってもいない匡くんは私が気に入ったものが複数あって悩んでいると思っているようだ。
早く教えろと言わんばかりに隣から覗き込んでくる。
「この赤いやつか?それとも青いやつか?」
「え、え、ちょっと…」
ぐいぐいと身を寄せてくる。
「お客様、何か気になる商品ございましたでしょうか?」
良いのか悪いのかタイミング良く店員さんがやってくる。
「ああ、これとこれとこれを出してくれ」
匡君が勝手に決めてしまって店員さんに声をかける。
さすがと言うべきか匡君が選んだ3点はどれも私が良いなと思ったやつだった。
ただ値段がとんでもなかった。匡君、値札を見て!
匡君の月のお給料がいくらかわからないけど、きっと数ヵ月分はすると思うよ!
とりあえず身につけてみて、すぐには決められないと言って今日はそれで終わらせようか。そう考えていた。
「オレはこれが良いと思う」
しかしそう言われて、赤でもなく、青でもなく、シンプルだが質の良さそうな一粒ダイヤのネックレスを指さされてしまっては私は何にも言えなかった。たしかにこれも気になっていた。どんな服にもよく合うだろう。
実際付けてみて、匡君に満足そうに頷かれてしまってはもうお金がどうだとか、お返しがどうだとか心の中にしまっておく事にした。
だって、私のことを見る目がとてもとても優しかったから。このままこの顔を見ていたいと思ってしまった。
「匡くんありがとう、大事にするね」
結局それをあっさりカード一括で買ってしまった匡君は私にそのままネックレスが入ったショップの紙袋ごと渡してきた。
私では到底買えない代物だ。落としたりしないようにしっかり袋の紐を握る。
「今年は防衛任務が入っていて当日は一緒に過ごせなさそうだからな」
「そんなの気にしなくていいんだよ、どうしちゃったの?」
そう、匡くんは三門市のみんなのために日々頑張っているのだ。それこそ緊急事態があればすぐに駆けつけなければならない。その守るべきものに私も入っているはずだ。この広い背中でどれだけの人を守っているのか。自分の事のように誇らしくもある。しかし、前まではこういうイベント事なんてさっぱり関心がなくて数日遅れは当たり前だったのに。どういう心境の変化なんだろうか。
「いや、隊の奴らがお前にちゃんとしておけと」
「そっか。みんなにお礼言わないとね」
どうやら、匡くんの自慢の部下たちのフォローのおかげらしい。今度匡くんにお菓子を持って行ってもらおうか。
「こんな素敵なプレゼントありがとう。本当にうれしい、大事にするね」
いつも身につけておけば会えなくてもさみしくない。いつでも匡くんを感じていられる。
「匡くんがこうやってプレゼント考えてくれていたなんてびっくりしちゃった。ここのブランド選ぶなんて、加古ちゃんか誰かから入れ知恵されてた…」
私は話している途中でしゃべれなくなった。
匡くんが私の口を強引に塞いだからだ。
「っ…!!」
「もう黙れ」
匡くんがまさか外でキスしてくるなんて本当に珍しくてびっくりしてしまって、唇が離れた後もしばらく呆然として、唇に手をやることしかできなかった。
「キス…した」
「悪いか?」
ぷいっと横を向いた匡くんはどうやら自分でキスをしておいて照れているようだ。
そんなの悪いなんて言うわけないじゃない。
「ううん、嬉しい。今日は私色々もらい過ぎだよ」
「そんなことはない、それを言うなら毎日俺はお前から貰ってる」
「そう?」
「ああ、お前がずっと隣にいてくれるだけで十分だ」
今日は本当に匡くんじゃないみたいだ。こんなに愛を囁いてくれるだなんて。明日は雪が降るのかも。そうしたら一緒に雪だるまを作ろう。