one more time!2

シャワーを浴びたところで体がさっぱりして、気持ちも少し落ち着いた気がする。彼女が出してくれたバスタオルで体を拭いていると、部屋が騒がしいことに気が付いた。何やら彼女と誰かの話し声が聞こえる気がする。
誰か来たのだろうか。彼女の部屋にはいろんな人がやってくる。自分が普段遊びに来ている時も、ノンアポでやってくる人が比較的沢山いた。彼女の彼氏か、それとも隊の子かもしれない。そっと扉に耳を寄せて、様子を伺う。

「だから、私は知らないって」
「んなわけねーだろ?お前と一緒にいなかったか?」
「酔っぱらってて勘違いしてるんじゃない?朝からうるさいよ諏訪」
聞こえた声に腰が抜けるほど驚いた。諏訪が来てるんじゃないか。それに気づいて私は意味もなく裸のまま右往左往する。どうしよう。逃げ場がない。いや、なんでここに諏訪が来ているのか。私が諏訪の家を出てまだ2時間もたっていない。その2時間の間にここを突き止めたのか、さすがミステリー小説好きは伊達ではない。いや、関係ないか。

「黒い髪のやつだよ、長い」
「知らないよ、他のやつに聞いて」
「どいつも知らねぇって言うからお前のとこ来てんだろ」
迷惑はかけないからと言いつつ、早速迷惑をかけてしまっている彼女に申し訳なく思う。そして、諏訪がうっすらと私のことを覚えていることに驚く。そう、本当の私は黒髪のロングだ。お互いお酒に酔って覚えていないと思っていたけど、そんなこともないのか。私もだんだんと冷静になって思い出してみると、諏訪の意外と筋肉質な上半身とか、普段はしっかりと立たせている髪の少しくたびれている感じとか、香水に混じったタバコの香りとか。あ、だめだ顔が赤くなってきた。


「来客中だよ、帰って」
「…そいつ誰だよ」
玄関でのやりとりにドキッとする。私、靴を玄関に出したままじゃないか。

「なんで諏訪に言わないといけないの?男だよ」
「嘘つくんじゃねぇ、わかってんだよ、出せ」
諏訪の声が苛立っていることに気づいた。私のトリガーはリビングにあるカバンの中に入ってる。とりあえず物音を立てないように衣服を身につける。ショーツは気の利く彼女が新品を貸してくれた。もう自分のはドロドロで履けそうもなかった。また新しいものを買って返さないと。足を上げる動作で体が悲鳴を上げる。腰も股も痛い。どうやら諏訪は私を抱くときに手加減してくれなかったようだ。初めてなので、他の人と比べられないから本当かどうかはわからないけど。セックスとはこんなに足腰が痛くなるものなのか。私の体が硬すぎるだけなのか。

「嘘をつく理由がわからないよ」
「お前、なんか隠してんだろ?」
二人のやりとりを聞きながらそっと洗面所から出て、リビングに出る。できる彼女が廊下、玄関につながる扉は閉めてくれていて、私が見えることはない。音を立てないように気をつけて、自分のカバンをそっと持ってまた洗面所へ戻った。諏訪のことだから強引に部屋には入ってこないだろうけど、どうなるかわからない。早くこの部屋から出るべきだ。カバンから自分のトリガーを取り出し、小声で起動させる。

「トリガー起動」
瞬時に見た目が変わり、ほっと息を吐く。黒髪ロングから、いつもの茶髪ボブに変わり、体も少しふっくらする。そして、また小声で言う。
彼女には後で内部通話ででも使って連絡すればいい。とりあえず今はここから一刻も早く逃げ出すことが大事なのだ。

「緊急脱出!」
すぐに光となって、目の前の景色が変わる。緊急脱出用のダクトを通って、自分があらかじめ設定しておいた緊急脱出用のマットに寝転がっていた。ここは先程の彼女が所属する隊の作戦室である。ベッドに横たわった私はお風呂上りに髪を乾かす暇もなかったので、長い黒髪から水が滴り落ちていた。このままでいると不審者と勘違いされそうなので、右手に持ったままのトリガーを握りなおして再度トリガーを起動させる。これで大丈夫だろうとベッドから起き上がって部屋を出る。

「あれ、いらしてたんですね」
緊急脱出用マットが置いてある部屋から出て、彼女の作戦室のミーティングルームに入ると、そこには朝早いにも関わらず隊員が一人いて、頭を下げられた。私がちょくちょくここから出てくることを知っているため、特に驚きもしないようだ。
「お邪魔してます」
「はい、任務お疲れ様です」
人手が足りなくて防衛任務にたまに入るときにここに来ることがあるので、今もそう思ったのだろう。私を疑いもせず、労わるように純粋な目で見てくる。ごめんね、今日は私的にここを使ったんだよ。なんて言えずに作り笑いをして部屋を出ようとする。始業時間までまだだいぶあるから食堂で朝ごはんでもとりあえず食べようかとすっかり安心して呑気に考えている時だった。ふいに彼女から内部通話が来る。
「今どこ?」
「ん、ちょうど作戦室出たところ、ありがとうね」
借りた下着は今度新品を買って返すからと言おうとしたのを遮って彼女の焦った声が聞こえる。
「すぐにその場から離れて。多分諏訪が今そっちに行ってる」
「へ?」
「さっき私の部屋で緊急脱出したでしょ?その光で諏訪気づいたみたい。すぐに部屋から出て行ったよ」
「ウソでしょ!?」
それが本当なら早く作戦室を出て、どこかに身を隠さなければならない。彼女の隊の作戦室から出てきたところを見られたらもう言い逃れできない。見つかる前にどこに行く?あわてて廊下に出て左右を見てもたつく。まだ流石の諏訪もここまでは来ていないようだ。どっちに行くのが吉と出る?鉢合わせしたらうまくごまかせる自信がない。いくらトリオン体だから見た目も変わっているし大丈夫と言っても、話しかけられたら何かしらぼろが出て気づかれるかもしれない。諏訪はそこらへん聡いのだ。
彼女の部屋につながる道は右なので、左に行くことに決める。ちょうど自分が普段いる広報部の方向だ。こうなれば広報部にこもってしまえ。もし万が一にも諏訪が広報部に来るようなことがあればあたかも昨日から仕事が忙しすぎて飲み会なんて参加すらしていませんという感じでいよう、そうしよう。
私は脱兎のごとくその場から逃げだしたのだった。




表紙