行きは友達、帰りは…?
「ほんと、ほんと信じられない!」
「悪かったって言ってんじゃん」
同じ講義を受けている太刀川に今日の18時締め切りの課題を先週貸したのだが、朝の講義で返してもらう約束をしていたにも関わらず、会って一番に言われた言葉は「あ、すまん、家に忘れた」だった。思わず開いた口がふさがらなかったのは私のせいじゃない。この戦い以外はてんでダメだという彼のせいだろう。私は太刀川が戦う姿を全く見たことはないが、前に偶然会った彼の部下だという男の子に、「太刀川さんは普段はあれですけど、ボーダーではすごいんです!一番なんです!だから見捨てないで!」としがみつかれる勢いで教えてもらった。見捨てないでってどういうことか。私が大学の課題を見せてあげないと留年するという事だろうか。実にあり得る話だ。私は太刀川がボーダーに所属しているのは最近知ったのだが、よく学内でボーダー関係者と思わしき人と話しているのを見かける。ここ三門市ではボーダーは欠かせない存在だ。ボーダーの人がいなかったら呑気に大学にすら通えていないだろう。そこで一番だなんてすごい人が身近にいたもんだなぁと思ったりもしたけど、それよりなにより普段の太刀川がひどすぎてマイナスイメージの方が大きい。
「私だってこれ出せなかったら単位危ういんだからね」
この講義は課題提出で成績が決まると言っても過言ではない。だから私は前々から念入りに課題を済ませていて、自信作だったのだ。「秀」を取る自信さえある。そんな課題を忘れるなんて。昨日も念押しでスマホに連絡を入れたのに。本当に太刀川はこういうところがルーズで危うい。もう同じ学部で2年近く友達をしているのでだいたい性格はわかっている。
「悪かったって、今朝まで防衛任務でな」
がははと大きな口で笑いながら隣を歩く太刀川はちっとも悪びれていない。これで私が単位を落としたらどう責任を取ってくれるつもりなのだ。下手したら追試、再履修だ。何としてでも18時までに課題を提出すべく、太刀川の住む家まで一緒に歩いている。彼一人には任せておけなかった。そもそも部屋にちゃんと私の課題プリントは置いてあるのか。それすら不安に感じてきた。隣を歩く太刀川の足が止まる。ぶつぶつ文句を言っている間に太刀川の住むアパートまで着いたらしい。
「ここだぞ」
太刀川は外階段を上っていくのを見て、私も着いていく。ボーダーで結構な給料をもらっている割には安そうなアパートだった。一つの部屋の前に着くと、太刀川はポケットから鍵を出して、鍵穴にさす。ガチャリと音がして、扉を開けた。
「まぁ入れよ」
「お邪魔します」
太刀川に入室を促されて私は入る。そこはワンルームのやや雑多な部屋があった。太刀川のイメージ通り、物がある程度散らかった部屋。夜まで防衛任務だったというのは本当なんだろう。あわてて部屋を出た形跡がある。食べ終えてそのまま流しに置かれた皿と、ベットの上に置かれた服。ボーダーと学生の両立は大変なんだろう。足を進めれば、テレビの前の机には課題に使ったであろう教科書と筆記用具が散らばっているのが見えた。
「私の課題は?」
「ん?あ〜そうだったな、ほら」
そういう太刀川はなんと今まで身につけていた鞄から私の課題を出してきたではないか。その表情は読めない。
「え、どういうこと?」
私は意味が理解できなかった。今日確かにその鞄で大学に来ていたはず。朝私が課題について聞いた時点で課題を渡せていたはずなのに、なぜそれをしなかったのだろう。頭の中でぐるぐる考えが回る。けど、太刀川の考えていることが全然わからなかった。新手の嫌がらせか?それとも…
「課題を餌にすればお前はこうやって俺の部屋に来るだろ?」
そういう太刀川はにやりと笑って私の目の前に立つ。距離がいつもより近いことに気づいた。異性の友達同士ではおかしい距離感だ。後ずさりしようとして、足に当たったのは太刀川が普段使っているであろうベットで、振り向いて冷や汗が出た。しまった油断した。
こうして太刀川の部屋に来るのは今回が初めてだった。校内でたまにお昼ご飯を一緒にたべるか、太刀川にボーダーの仕事がなければ講義を隣で受けるか、学部全体の飲み会で運が良ければ隣に座る程度の付き合いだ。今回の課題だってたまたま私に会ったから頼んだだけだろう。そんなただ同じ学部だったから知り合った友達のはずだった。ついガードが緩んでいた。まさか太刀川がそんなことを考えていたなんて。
「…しないわよ?」
「おいおい、さすがに俺も付き合ってない女としねーよ」
「全然説得力無いんですけど?」
よく知らない綺麗な女の子と歩いているのを見かけるし、学部で良く太刀川が可愛い年下の女の子と歩いているのを見かけたと目撃証言が出ている。その場限りの関係なんて太刀川にしてみればよくある事なのだろう。ちくりと胸が痛んだ。しかしその痛みはすぐに吹っ飛んだ。
「わかんねーの?好きだって言ってんだろ?」
太刀川があっけらかんと言ってまた距離を詰めてきたが、その何を考えているのかわからない瞳に見つめられて、動けなくなった。太刀川が私の事を好きと言った?
「お前もそうってのわかってるつもりだけど」
「…!!」
衝撃が強すぎて何も言えなくなった。確かにこの約2年、太刀川の世話を焼いてきたのは、下心があったと言っても過言ではないのだ。最初は見ててほっとけなくて世話を焼いていたが、次第に太刀川がもし留年してしまったら一緒にいられなくなると思ってしまった。課題をちゃんとやっておけば、毎日講義を聞いていれば太刀川が頼ってくれる。それを楽しみにしている自分がいた。まさかそれが太刀川にばれているとは思っていなかった。自分の気持ちをはっきりと自覚させられて、顔が赤くなるのを感じた。
「な?オッケーしてくれよ」
両肩を優しく掴まれて顔を覗き込まれる。
「…」
完敗だ。してやられた。いつものへらへらふらふらしている太刀川じゃないみたいだ。これがあれか
ボーダーの一位ってやつなのかもしれない。
「するのは課題出してからだよ」
つい、可愛くない返事をしてしまう。ぷいっと顔を横にそむけてしまった。しかしそれでも太刀川には満足だったようで。体が後ろに倒された。
「りょーかい。けどちょっとだけな、まだ15時だし」
私に馬乗りになった太刀川はずるいくらいかっこいい顔でそう言った。これ、ちょっとだけで終わるのかしら。