戸締りはしっかりと
まだ外を歩くと汗ばむ季節、大学から帰宅した私は思いっきりベランダにつながる窓を開けた。アパートの3階なので、程よく風は通るが、ベタつく体を乾かすには到底足りない。10月ってもっと秋でしょ、と思いながらいつまでたっても出番が終わらない半袖シャツを脱ぎ捨てた。一番暑い時間に帰ってきたのもあるんだろう。今日の講義で出された課題を家でやりたくていったん家に帰ってきたが、夜にはボーダーに行かないといけない。いくらボーダーではトリオン体になるからと言ってこのまま汗をかいた体で過ごしたくなくて、シャワーを浴びようと決めた。
折角だからこの間新しく買ったちょっといいボディソープでも使おうかなとルンルンで脱衣所に向かう。シアバターが入ったいい匂いのボディソープを戸棚から出して、洗濯機に脱いだものを放り込んで、そのままお風呂場に入る。まずは化粧落としで化粧を全部落とす。私は化粧を落とすと少し幼く見えるらしい。それがほんのちょっとコンプレックスで化粧をするときはしっかりするようにしている。年相応に見られたい、大人っぽい綺麗さを身につけたい。鏡に目をやると少し目の下のクマが気になった。最近大学の課題が山盛りで睡眠時間を削っていたからかもしれない。講義を抜けることもあるから課題くらいは真面目にやっておかないと。太刀川さんを見る限り課題もそこまで頑張らなくても進級はできるのかもしれないけど、折角ボーダー推薦で入らせてもらったのだから恥ずかしくないくらいの成績は取りたい。夜更かしはお肌に悪いが致し方ない。
シャワーから水を勢いよく出して、汗を流していく。図書館で課題に必要そうなものは借りてきたから、それを読んでからパソコンで要点をまとめて。頭の中では今日出されためんどくさそうな課題をどのように仕上げていくかを考える。大学とボーダーの両立はなかなか大変だ。あ、やっぱりこのボディソープいい匂いだ、なんて考えながら、泡立てネットでしっかりと泡を立てて体を優しく洗っていく。自分の体は大事に丁寧に扱う。常に綺麗でいたいと思うから手を抜かない。全身をくまなく洗った後に、流しっぱなしだったシャワーで泡をしっかり洗い流す。さっぱりして気分も良くなったところで、浴室の扉をあけて脱衣所に足を踏み入れる。棚からバスタオルを取って体を拭いて、一息ついた。そのまま体にバスタオルを巻きつけて、早めに化粧水を顔につけようと思って手を伸ばしたところで思わぬ衝撃を受けた。
「ようやく出たか!」
「え、あ、なんで!?准くん!?!?」
後ろから急に声を掛けられてあわてて振り返る。何故ここに准君がいるのか。何故私の部屋に無断でいるのか。そもそもいつの間に入ったのか。自分がバスタオル一枚でいることに気づいて慌てて体を隠す。
「なんでもないだろう?鍵も閉めずに!不用心すぎる」
准君は私の戸惑いもお構いなしにズンズンこちらにやってきて、剥き出しの肩に手をやってきた。
「え、私鍵閉めてなかった?!」
またやってしまったか。田舎出身の私は実家が鍵をかけることがそうそう無く、鍵をかける習慣がない。こっちにやって来てからは出来るだけ鍵をかけるように努力しているが、それでも無意識に考え事などしていると忘れてしまうのだ。ののや蓮、羽矢に何回注意されたか覚えていない。そしてこの心配性な私の彼氏にも。
「俺だからよかったものの、違う奴だったらどうなってたかわからないぞ」
正論を言われてぐうの音も出ない。前にもこうやって言われてしまってしばらくは帰宅したら連絡をして「鍵はちゃんと閉めたか?」と聞かれていた。非常にめんどくさかった。抜き打ちチェックもされた。今日もノンアポでこうやって私の家に来ているのはその一環なんだろうか、やってしまった。
「ご、ごめんなさい、気を付けます」
折角シャワーで温まってさっぱりした体が少し冷えてきた。着替えを用意していないので、クローゼットまで取りに行かなければならない。しかしそんなことはお構いなしに准君は説教を続ける。
「シャワーの音で入ってくる音にも気づいていなかっただろう?それで部屋の中に入られて、シャワー中だったらトリガーも持ってないだろう?流石に危なすぎる」
一般人にトリガーを使えというのだろうか。いや、ベイルアウト機能を使えという事なのだろうか。ベイルアウトすれば基地までは逃げられる。
「こんな無防備な格好で…相手を余計に刺激するだけだろう?」
肩に置かれていた手がするっと下の方へ撫でるように落ちていく。手はあくまでも優しい。
「ほんとごめん、だから服を…」
「服を?…用意してないのか?」
私の言葉に准君は脱衣かごに私の服が何も置かれていないことを目ざとく見つけて、眉間にしわを寄せた。あ、やばい
「カーテンも開けっ放しだったよな?どんな格好で部屋をうろつくつもりなんだ!?」
「…この格好です」
どんどん自分のダメなところを指摘されて、身を縮める。
「外から丸見えだろう!?お願いだから危機感を持ってくれ!」
つい、一人だからと思って服を用意するのを忘れてしまった。前に准君が抜き打ちでうちに来た時もリビングでお風呂上りにタオル一枚の姿を見られて怒られた。あの時もカーテンを閉めていなくて、風が気持ちいいなと呑気に思っていたのだ。その時にはタオル一枚で正座させられて、准君の上着を肩にかけられた状態で小一時間叱られた。ほのかに香る准君の匂いはいい匂いだった。
「何度言ったらわかってくれる?なんかあったら遅いんだ」
准君はそういって私をぎゅっと抱きしめてきた。
「准君!体濡れちゃうよ…!」
私の髪はまだ濡れているので、雫で准君の服が濡れてしまうと気づいてあわてて離れようとするが、強い力で抱き込まれていて離れることはできなかった。
「構わない。君がわかってくれるなら」
「ごめんなさい、ほんと気を付けるから」
私の彼氏は本当に心配性だ。もちろん心配をかけて申し訳なくは思っている。盗撮とか、ストーカーとかいろいろ心配をしているのだろう。
「…次は無いぞ」
准君は私の肩越しにつぶやく。
「…はい」
「次こんなことをしているのを見つけたら一人暮らしは禁止だ」
「え!?」
もしやボーダー本部基地の居住スペースに行けというのだろうか。あそこだと部屋から出たら知り合いにすぐに会いそうで気が抜けなくて嫌なんだよなぁ。
「次やったらうちに連れてくからな」
「え!?」
私の考えていた事より100倍やばかった。准君の実家ってこと!?居候か。気を使いすぎて倒れる。無理だ。常にちゃんとしておかないといけないなんて
「無理だよ!准君の実家なんて緊張して死んじゃう」
慌てて准君の背中をばしばし叩く。それだけは勘弁して、と。
「それが嫌なら俺と二人で住もう、いいな?」
「それなら!……え?」
了解してから落ち着いて意味を考える。准君と、二人で?それって
「わかった。それなら今日は目をつむろう。さ、服を着てくれ」
准君は私を介抱してくれたが、私はその場から動けなかった。
「どうした?風邪ひくぞ?」
脱衣所から出ようとして私が一歩も動かないことに不思議そうにした准君が振り返る。
「だって…それって…」
次やってしまったら、有無を言わさず同棲ってことですよね!?