審神者二世は忙しい
03

 完全に沈黙した女を前にして、長義はこっそりとため息を吐く。この調子では、この女がコンプレックスを克服する日は遠い未来の話になりそうだ。
 彼はちらりと時計に目をやると、ぱたんと端末を閉じて女に向き直った。

「さて、これが最後だが……懐刀とはうまくやっているかな。必要とあらばカウンセリングを手配するけれど」

 歴史監視員は、各一振りの刀剣男士の携行が義務化されている。政府の管理下にある刀剣男士のうちから、適性の高い個体が割り当てられる。その基準は明確には公開されないが、審神者適性と同じくこういう時の政府の秘密主義はもはやおなじみのそれだった。

 歴史監視員に多少の霊力が求められるのは、主にこのためだ。
 一度顕現された刀剣男士は、顕現した者が死ぬか本体である刀が破壊・刀解されない限り肉体を保つことができる。長期遠征や修行と言ったような、審神者と離れた場所でも刀剣男士が任務を遂行できるように開発された技術である。
 この制度により、監視員は刀剣男士を顕現できるほどの霊力はないにしろ、他者によって生み出された彼らを認識し、会話や接触などの交流に差し支えないだけの霊力が必要となる。
 ひどく曖昧な値だが、政府が適性ありと言えばありなのだ。

 監視員たちは各自の懐刀と一対一の契約を結び、その力を任務のために行使することを許可されている。本人の性格によってその付き合い方に多少の差はあれど、一人と一振りが一蓮托生であることに変わりはない。
 ちなみに、監視員が殉職したり規則違反で解雇された場合、その懐刀は連帯責任で刀解処分になる決まりだ。互いに命を預けているのと同じことだから、二名の相性は重要な要素だった。

 困ったことに、毎年、この懐刀と上手くやっていけない監視員が少数だが発生する。刀剣男士は概ね協力的だが、主従契約ではない以上、監視員に絶対服従というわけでもない。言ってしまえば、気に入らない相手に従順に接する必要もないわけである。
 上手くいかない要因のほとんどが性格上の問題だ。相性が悪いのはもう仕方のないことで、政府はそれに対するカウンセリングを設置したり、やむを得ない場合は(寛容にも)懐刀を交替するなどの措置を講じていた。

 長義、ひいては政府の心配とは裏腹に、女はぱっと表情を明るくして自信ありげに答える。目を伏せて思い詰めていたのが幻だったかのようである。

「そこは心配ありません。わたしたち、すっごく仲良しですから」

 そう言いながら、袴に差し込んだ短刀に触れる。女の言葉に答えるように、チャキ、と刃と鞘が擦れて音を立てた。

 懐刀の今剣とは、かなり仲良くやっているというのが女の自己評価だった。
 それなりの信頼関係と親愛をもって接してきたつもりだし、彼も心を開いてくれている気がしている。
 彼は目新しいものが好きだけれど、その反面飽きっぽい。義経の影響を受けてか戦略は大胆不敵で堅実な作戦よりも奇襲を好む。どちらかといえば慎重派の女とは方向性の違いでぶつかることも少なくないけれど、この気分屋な短刀はさほどねちねち引きずらない質だ。童のような舌足らずの喋り方をしていてもさすが平安刀と言うべきか、実際彼はわりとおおらかで器が大きかった。
 ……ちょっと態度が手厳しいのは、愛嬌の範囲内だと思うことにしている。

 彼女の今剣はどこかの本丸で顕現し、やんごとなき経緯(今剣はこのことについてあまり語りたがらない)によって政府預かりになっていたと聞く。修行を経た極刀剣男士であるため能力も高く、実戦経験は言うまでもない。どこか達観した物言いをするのは、肉体を得てから長いせいでもあるのだろうと思う。

 ともかく、そんな懐刀とのバディは存外に相性が良く、政府の心配などは実際のところ取り越し苦労にすぎない。杞憂ですよと笑ってやったが、長義は女が期待したような反応は見せなかった。
 長義は少しの間、微妙な顔でなにやら考え込んでいた。女の話に納得していないようであったけれど、どうやら割り切ることにしたらしく、その目はすっと前を向く。
 彼は黒の手袋に包まれた指でパタンと端末を閉じると、すっと団子屋の椅子から立ち上がった。

「……まあ、そういうことにしておこう。これで連絡事項は以上だ。引き続き任務に励むように」
「はーい。お疲れさまでした!」

 幼い仕草で手を振る女にかすかに表情を柔らかくして、山姥切長義はマントを翻して背を向けた。

 相変わらずクールな刀だ。もう二年の付き合いになるというのに、初対面の頃からまるで変わらない。ほんの少し寂しく思いながら、女は勘定のために団子屋の娘を呼び止めた。
 お金を、と財布を取り出した女を、娘は不思議そうな表情で遮った。

「お代金でしたら、さっきの殿方にいただきましたよ」
「え、あ……そうですか」

 慌てて彼が去って行った方向に目を向けたけれど、既にその後ろ姿は消えていた。勘定なんていつの間に。お礼を言いそびれたと唇を噛んだのは、借りを作ってしまったことに対する悔しさからだ。あの刀はそんなこと少しも気にしないのだろうから、女の心の中だけの貸し借りに過ぎないけれど。

 取り出していた財布を懐にしまい直して、女は長義とは反対方向に向かって歩を進めた。


*

 草履の裏で砂利を踏みしめながら、彼女は『隠れ家』と呼ぶ場所への道を急ぐ。

「ばれてないみたいですよ。ぼくのいったとおりでしたね」

 頭の中に声が響いた。女の今剣は姿を見せないかわりに、ふたりのときはこうして話しかけてくることがあった。女の時代の言葉で言うテレパシーの類いである。驚く女に対して、今剣は一対一の契約がなせる業なのだと説明した。

「そうだね。ちょっとひやひやしたけど」
「もう、もっとぼくをしんようしてください」

 信用はしている。ただ、慎重な性格ゆえに今剣ほど大胆にはなりきれないだけだ。

 入り組んだ路地を迷いなく進み、女は静まり返った路地裏にひっそりと建つ家屋の前で立ち止まった。このあたりは一つ前の時代区分の間に起きた不逞浪士の密会事件によって住人が逃げた空き家ばかりの住宅地であり、身を隠すにはぴったりの場所だった。

「ところで。ぼくたちってなかよしだったんですね」

 今剣が冷めた声音で女に語りかける。先程の山姥切長義との会話のことだろう。

「えぇ、ひどいなぁ。相思相愛なのに」
「そのじしん、どこからわいてくるんですか?」

 辛辣な返答に苦笑しながら、女は古い空き家の扉をゆっくりと開いた。建付けが悪い上に朽ちかけているため、何かのはずみに崩れてしまうのではないかと肝が冷える。

「おかえりー。遅かったじゃん。待ちくたびれてそこにあった羊羹食べちゃった」

 狭い小屋に腰を下ろした加州清光が、ぴらりと手を振って女を出迎えた。
 彼女は、重大な規則違反を抱えている。