初対面1

 祖父が亡くなった事によって天涯孤独となった私は、思っていたよりもショックだったらしい。葬式の最中、声を発せなくなっていた。いち早く私の様子に気がついたロイドが「あちゃー」と、困っているんだか困っていないんだか分からないひょうきんな声を出すのを居た堪れない気持ちで見ることしかできない。

『ごめんなさい』

 会話をするために渡された端末にそう文字を打ち込んで見せる。

「サラが謝る事でもないけどねぇ、まあなんとかなるでしょ」

 現にコミュニケーションは取れてるんだし〜、といつもと変わらない態度の後見人。その様子にほっと安心してもう一度文字を打ち直す。

『お世話になります』
「ハ〜イお世話しま〜す。ま、ウィル博士に頼まれちゃあ断れないし、僕としても君のような人材は願ったり叶ったり〜」

 ロイド自身の恩師でもある私の祖父が亡くなったというのにニコニコとした様子である。少し選択を間違えたかと一瞬思ったが、結局私もナイトメアフレームに魅了されてしまった一人だ。多分どうしたってロイドを後見人にする事に対して異を唱えなかっただろう。


 ◆ ◆ ◆


 時は七年程前に遡る。
 私の名前はサラ。元々現代日本人で社会人をしていた。ある日トラックに轢かれそうになっていた猫を助けたら次の瞬間、日本人としてはあり得ない色素の少女、と言うか幼女になって病室に寝ていた。だいぶ昔に流行っていたトラ転というやつだ。逆に今時あまり見かけない。なんでそんな事知っているかって? 古のオタクだからだよ。
 私が転生だか憑依だかしたこの幼女も『サラ』と言う名らしい。名前が違った場合呼ばれても気が付けない可能性があるから助かる。いやこの状況自体助かっていないが。
 この『サラ』と言う幼女、周りの看護師の話を盗み聞きした所、事故で両親が亡くなったばかりらしい。「かわいそうに」から始まる事情説明という名の噂話ありがとう。おかげで事情が分かって助かる。いややはり助かっていない。親戚がほぼいないらしく保護者がいない。転生もしくは憑依初日としてはハードモードすぎる。

 ようやっと連絡がついた唯一の肉親が目の前の初老の男性。『サラ』にとっての族柄が父方の祖父にあたり、名をウィル・シルヴァレスと言うらしい。老人にしてはシャキっとした佇まいで、こんな健康的な歳の取り方をしたいものだと心の隅で思った。

「彼奴め、いつの間にガキをこさえていたのやら……」

 おっとこれは。一筋の光が陰ってきたぞ。
 心底不服そうな表情を隠しもしない老人。言い方から察するに今の今まで『サラ』の存在を実の息子から知らされていなかったらしい。確実に親子の縁を切ったか切られたかの関係値である。

「小娘、儂は忙しい身だ。自分で自分の世話ができるなら家に置いてやるくらいはしてやる。だが一度でも儂の手を煩わせたら即日施設へ追いやる、良いな」

 それなら最初から施設へ預けた方が良いのでは、と思わないでもない。ただこの世界の施設というのがどういった環境なのかも分からないので一旦どんなもんか把握しておきたい。それにこの老人中々に身綺麗でお金に困っていなさそうな装いだ。年端もいかない幼女とのコミュニケーション能力はさて置き、資金力のある人に身を寄せるのが無難だろうか。
 そんなことを一秒間で考え、私はベッドの上でペコリとおじぎをして「何卒どうぞよろしくお願いします」と言った。顔を上げると老人は驚いた顔をしていた。しまった、幼女が喋るような口調ではなかったか。


 ◆ ◆ ◆


 そんなこんなで始まった老人との、もとい祖父であるウィルとの生活は案外悪いものではなかった。基本的に放って置かれているという状況ではあるが、ご飯はいつも用意されているし、散らかさない事を前提に家の中のほとんどを自由に行き来して良い。幼女であるため学校などもないので気ままなニート生活だ。もしかしたら幼稚園のような物があるかもしれないが、あのウィルがそこまで気を回すとは思えない。まあ幼稚園に入れられても中身成人済みのため困るのだが。

 ウィルはというと、彼は本当に忙しい身だった。ナイトメアフレームというロボットの開発と研究をしているらしい彼は、偉い人のお付きの研究者でもあるらしくよくいろんな場所へ飛び回っているか、その他の時間は全て研究開発に費やしていた。自分の祖父が多分とても権威ある人物だと初めて知った。きっと『サラ』も知らなかったであろう。
 ニート生活で暇な私は暇潰しも兼ねて、家に沢山ある書物や資料を読み漁るなどという幼女らしからぬ行動を取っていた。大丈夫大丈夫。ウィルが出張中にしかしてないし読んだ後に片づけられる位置にある物しか触っていない。と、たかを括っていたら早々にバレたのはまた別の話。

 それからウィルとの親睦もそれなりに深めて、出会った当初からは考えられないが意外と信頼関係を築きつつ、いつの間にか四年ほど経っていた。その頃にはウィルも歳だからか、出張は少なくなり家と家の近くの研究所を往復する生活となっていた。
 対して幼女から少女となった私だが、今でもニート生活は続いている。ちなみにこの世界にもちゃんと学校はある。私も学校に通うような年齢ではあるはずだが、不思議な事にそれでもずっと家にいる。一度だけウィルに「学校に行きたいか?」と聞かれ「いや別に」と答えてから特に言及もされていない。ちょっとした学力テストのような物を受けさせられたくらいだ。

 そんな引きこもりな私は今、まさかの外にいる。ウィルが今日必要としているであろうメモリ媒体を手に持って目の前の大きな研究所を見上げていた。
 いらないから置いていった訳ではないと思う、多分。玄関床にあったから恐らく何かの拍子に鞄かポケットから滑り落ちたのだと思う。もしかしたら別に届けなくても良いのでは、とか色々考えもした。しかしこの四年間でウィルの研究成果などを見させて貰ってから私もナイトメアフレームに対して並々ならぬ興味関心を示している。その最先端技術の最前線を常に走っているのが我らがお祖父様のウィルなのだ。資料忘れなどという凡ミスでその経歴を傷つけてほしくない。
 そんな思いで苦渋の決断をし、ニート生活をしていた私はメモリ媒体を持って外に出たのだ。今となっては私は祖父のただのファンでもある。だから助けになるなら行動をする。幸いな事にウィルのいる研究所は家から目と鼻の先だ。道に迷うことはなかった。

「すみません、ウィル・シルヴァレスにお届け物しにきたのですが」

 誰に聞けば良いのかも分からず、とりあえず扉が開いている部屋を覗き込んでそう声をかけてみた。見た所事務室っぽい部屋だ。
 研究所としては場違いな年齢の私に驚く表情が多数。途端に帰りたくなってしまった。四年以上あの家から出ず、祖父としか喋ってこなかった引きこもりにはハードルが高い。

「ええと、ウィル博士にご用? ちなみにどういった関係……知り合いかな?」

 事務所(仮)にいた中で一人の事務員(仮)がそう話しかけてきた。私の姿を見てできるだけ噛み砕いて話そうとしているが慣れない様子だ。それもそうだろう。ここにこんな子どもが入り込むなんて事そうそう無いはずなのだから。

「ウィルの孫のサラと申します」

 相手の警戒心を解きたくて早々に自己紹介したら事務所(仮)にいた全員がこっちを見た。勢いが凄すぎて正直怖かった。

「ちょ、ちょっと待っ、じゃなくて少々お待ちください!」

 事務員(仮)がバタバタと走っていった。もしかしなくとも祖父はこの研究所でかなり恐れられているのだろうか。祖父への他人からの扱いに少し心配になってきた。

 それから程なくして案内された先で一人の男に捕まってしまった。

「ウィル博士に子どもがいた事も驚きだけど一足飛びで孫娘とはねぇ! 博士とは一緒に住んでいるのかな?」

 興味津々といった様子でしゃがんで私の顔を覗き込むように話しかけてくる青年。薄紫色のウェーブがかった髪の毛に薄緑色とも薄灰色とも取れる瞳の持ち主。私は自分の事を昔、日本人としてはあり得ない色素の幼女と思っていた事を思い出したがそれよりもっと色素が薄い。太陽の光が眩しくて辛そうだなあ。

「そうしていると犯罪臭が半端ないわよ」

 本気で侮蔑するような口調でそう言う女性は、金髪ではあるものの目の前の色素の薄い男に対してだいぶ色黒の人だった。額に特徴的な化粧をしている事から恐らくインド系の人間だろう。

「ラクシャータだって気になる癖に〜」
「あんたと一緒にしないで頂戴」

 始終楽しそうな表情の男と心から嫌そうな表情の女。強めの対比だなあ。
 そんな現実逃避をしながら今か今かとウィルを待つ。そう、現在別室に篭っているというウィルを呼んでもらってる最中で、その待ち時間なのだ。

「で、どうなの?」

 疑問が晴れるまで聞き続ける、とその顔にありありと書かれている。この様子だとウィルは私の事をここのメンバーに話していないらしい。孫という事は伝わっていしまったようだがどこまで喋って良いものかと悩んでいると、後ろから私の名を呼ぶ厳かな声が聞こえた。

「サラ」

 低く響く声に振り返るとそこには、ウィルを呼びに行った女性を引き連れた彼が顰めっ面で立っていた。

「お祖父様」

 やっと見知った人間に会えた事で安心し、自ずとウィルに身を寄せるように近づいた。その様子を見ていたラクシャータと呼ばれていた女性が「怖がられてたようね」と色素の薄い男を笑っていた。男は少し不貞腐れているようだ。

「何しに来た」
「お祖父様が出られた後これが玄関に落ちていたので届けに参りました」

 当初からの目的であったメモリ媒体をポケットから取り出してウィルに手渡す。それを見たウィルはハッとして自身が今着ている白衣のポケットから似たようなメモリ媒体を引っ張り出す。物は似ているが若干色が違っているそれを見比べて、彼は盛大なため息を吐いて片方の米神のあたりを指圧し始めた。その仕草は彼がだいぶ疲れている時に見せる癖である。

「ついに儂も耄碌してきたか」

 そう言いながらウィルは私の持ってきたメモリを受け取り胸ポケットに厳重に仕舞った。突っ返されないという事はやはり今日必要な物だったらしい。役に立てたのなら良かった。

「用がそれだけならもう帰れ、ここはお前の来る所ではない」
「あ、あの、お祖父様ごめんなさい」

 このタイミングしか言う機会が無い。そう思い玄関から外に出た瞬間気付いた事態を伝えるべく、すぐに去ろうとするウィルを引き止めた。

「えっと、家の鍵を持っていなくて、オートロックが開けられないんです。お祖父様が帰るまでどこかで待たせて頂いて良いでしょうか?」

 そう、玄関を出た直後に扉から聞こえた自動施錠の音に数秒呆けたのは記憶に新しい。久しく家から出ていないので鍵を持つと言う習慣も抜け落ちていたのだ。それ以前に自宅の鍵など持っていないのだが。
 ウィルから鍵を借りて帰る事もできるが、流石にそれを人前で提案するには年不相応であろう。祖父の孫に対する危機管理能力を周りにいる人に疑われても困るので待つという手段を提示してみたのだ。

「ああ、そうであったな……セシル、一番年が近いだろう、帰るまで相手してやれ」
「私ですか!?」

 ウィルを呼びに行った女性が一仕事終えたように席に着こうとしていたが、ウィルの言葉に吃驚した表情でまた立ち上がった。

「不満か?」
「いえ滅相もありません!」
「であれば他の者は自分の席に戻って自分の論文を進めたまえ、見世物では無い。特にロイド」
「なぁんでぇ!? 僕が一番論文の進捗度高いでしょう!」
「儂の弱みを此奴から聞き出そうとしていただろう、残念だったな、此奴の口は固いぞ」

 ウィルはロイドと呼んだ男を尻目に鼻で笑いながら部屋を出ていった。私は口が固いらしい。ご要望通りお口チャックとしよう。ロイドの残念そうな声を背後にそそくさとセシルと呼ばれていた女性の席に寄って行った。

「すみません、静かに待ちますので椅子だけお借りできますか?」
「え、ええ、もちろんよ」
「ありがとうございます」

 セシルという女性の隣の席がちょうど空いていたのでひょいと少し勢いをつけて座る。背もたれ付きの椅子で助かると言う物だ。
 ウィルはセシルに私の相手をしてやれと言っていたが、他人の邪魔をするわけにはいかない。そのまま椅子に背を預けて、どうぞお構いなく、という気持ちのままこの部屋の観察を始めた。暇潰しの本でも持って来れば良かったな。



 これが私とロイド達との初対面の話だ。ここがゼミの一室であると聞いたのはあとになってからである。
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