初対面2
「どうしましょう、子どもが遊べそうなものなんてここに無いし……」お構いなく、と言う気持ちで椅子に座って研究室内の観察を初めたがセシルはウィルの言いつけを守ろうと奮闘している。申し訳ない事をしている気分になる。
「あの、本当に大丈夫です」
「そうは言っても暇でしょう? サラちゃんが読める物でもあれば良いんだけれど……」
デスク上の棚やカバンの中をガサゴソと探しながらそう言うセシルだが、子どもが読める物など研究室には無いだろう。どんどん積まれる本や書類を眺めてどうしようかと思っていたが、一つ気になるタイトルを見つけた。
書類の山の中に紛れそうになった『KMF(ナイトメアフレーム)の飛行能力獲得にあたっての問題点と解決素案』と題されたそれを手にとって1ページ目を捲ると、論文形式で題目の概要と目次が早速書かれている。この論文はまだウィルの書斎には無かったなと思いつつ読み進めていく。
「あったあった! 雑誌のおまけに入ってたクロスワードパズルがあるけどやってみる?」
セシルが小さな冊子を探し当ててそう話しかけてきていたが、私はすでに手にとった論文に集中していてその声を聞き取ることができなかった。勿論そのあとセシルが私の様子を見て呆けていたことも気づけなかった。
◆ ◆ ◆
どのくらい時間が経っただろう。持っていた論文の注釈部分まで隈無く読み込んでしまっていた。少しお腹が空いたなあと集中力が切れた事を自覚しつつ凝った肩を休ませるために伸びをする。伸びをした際上を見上げたら、椅子の背もたれの上から私を見下ろす人と目線があった。薄緑色のその目は興味深げに私を見下ろしていた。
「その論文、面白かった?」
にこりと笑いながらそう聞かれ、思わず反射的にこくりと頷いた。
「あはぁ! それ僕が去年書いたんだよぉ!」
「あたしだって手伝ったでしょうが」
「代わりに僕だって君の論文手伝ったでしょ?」
頭上で行われるロイドとラクシャータの会話に口を挟めずにいると、横から「サラちゃん」と声をかけられた。隣の席に座ったままのセシルだ。いつの間にか机の上の書類の山がなくなって綺麗になっている。
「サラちゃんこの内容が理解できてるの?」
頭上の口論の邪魔をしないようになのか、ただ単に気づかれないようになのか、小声でヒソヒソと質問された。
「えっと、お祖父様が過去の論文で少しだけ触れていた内容をもっと深掘りした物ですよね」
「ウィル博士の論文も読んでるの!?」
最初の小声はどこへやら。驚いて声量が上がってしまったセシルの言葉に頭上の口論も止まった。
「ウィル博士、こんな小さい子になんて物を……」
「どの論文? もしかして未公表の論文とかも読んでる?」
ドン引きの様子のラクシャータと、身を乗り出して笑顔で質問してくるロイド。やはり対照的な二人である。
「流石に未公表の論文は」
「博士も流石に見せないかぁ〜」
落胆し頬杖をつくロイドをみて言葉の続きの言葉を飲み込んだ。未公表の論文はお祖父様の許可が無いと読めない。つまり読んだ事はある。もしその事を言ってしまえば今以上に質問攻めに合うことは明白だ。
「あんた、サラって言ったっけ? 学校はどうしてるの。初等部くらいの歳でしょう」
ロイドが落胆する横からラクシャータがそう聞いてきた。その表情は険しい。
「さあ? 」
「行ってないって事ね、博士ったら……」
ウィルに何も言われないのをいい事に学校に行っていなかったが、ラクシャータの様子を見るにやはり普通は行くものらしい。どうしよう今更行きたくない。この通り年相応の態度を取るという事を既に放棄していてそれをウィルに許容されてきたのだ。正直今のままが生きやすいしナイトメアフレームに関しての知識欲を満たせる現状はとても理想的な生活なのである。
「お祖父様に登校の意思を問われた事はあります。でも私が初等部の学校生活に馴染めるとも思えなかったので不要と答えたのです」
「あんたの今の様子を見ればその言い分も分からなくも無いけれど、学校生活というのはお勉強をするためだけの場所じゃ無いの。現にあんたは一般的な子どもらしさというものが欠落している。それに、あんたがさっき読んでいた物や博士の論文は全てナイトメアフレームに関連する物よ。分かっているの? それは国が所有する兵器であり、物によっては関係者以外機密事項でもある。それをこんな子どもに教え込むなんて、本人の言う通り耄碌してきたとしか思えないわ」
どうしよう。ラクシャータの言う通り過ぎて何も言い返せない。ウィルが耄碌してきたと言う最後の発言だけは否定したいのだが、いかんせん前半に反論の余地が無い。思わず閉口してしてしまった。すると逆にラクシャータが慌て始めた。
「いや、違うの、あたしはあんたを言い負かしたいわけじゃなくて……ああもう!」
「何を騒いでいる」
そんな時ウィルが戻ってきた。声がした扉の方を見ると、パソコンを持った彼がこちらの方を見ていた。
「ちょうど良かった。博士、あんたの教育方針どうなってるんです? こんな幼い子にあんな知識詰め込んで、非常識でしょう!」
「他人の教育方針に口出しするなど、偉くなった物だなラクシャータ」
「なんとでも仰って、大体博士は!」
それからウィルとラクシャータの口論が始まってしまった。私が原因ではあるのだが、孫娘の希望通り知識欲を満たしているウィルと子どもである私を心配するラクシャータの会話は止まらないし、話の対象である私が止められる物でもない。
「怖いねぇラクシャータ、君は君の意思で論文を読み漁ってるんだからそこまで気にしなきゃ良いのにねぇ」
私の頭上からロイドがそう話しかけてきた。視線をウィル達からロイドの方に向けると、彼はニコリと笑ってこちらを見た。
「どうしてそう思うんですか?」
ラクシャータの言う通り私の姿は子どもで、普通ならこの年代の子は自分の意思で論文を読むなんて事はしない。それなのにロイドはそうだと断言した。だから聞いてみたのだ。
「だって君は僕の論文をずぅっと楽しそうに読んでたからね」
そうしたら、嬉しそうに目を細めながらロイドがそう言うのだ。
「お目目キラッキラさせちゃってまぁ! 僕は誰かを楽しませるために研究開発に携わってる訳じゃないけれど、素直に楽しんでくれる姿を見るのも悪くないねぇ」
少なくとも学会の質疑応答の時間よりもねぇ、と宣うその口は、綺麗な弧を描いている。その表情を見て、私はとある事を思い出していた。ウィルの家にある書物を読み漁っている事がバレた後の彼の表情だ。
最初は、見ても分からないだろう早く元の通りに片付けたまえ、と言っていた。でも私がとある資料を手に指差しながら『このナイトメアフレームにはどうすれば乗れますか?』と聞いた時、彼は少しだけその顰めっ面を驚きの表情に変え、また少しだけ緩ませたように見えたのだ。ほんの少しだけだったそれだが、常に不機嫌そうな表情をしていた彼だったから少しの変化がすぐに分かったのだ。
「ロイド」
「えぇ急に呼び捨てぇ?」
「ナイトメアフレームはいつ飛べるようになりますか?」
「ああ、呼び捨てはもう確定なんだ……まあいつって言ってもまだ解決しなきゃいけない問題点も沢山あるからぁ……」
「私が最初に乗りたいです。実装まであと数年待っていただけますか? 開発員か研究員になってテストデヴァイサーを目指すのでそれまで待って欲しいです」
「君こっち側志望? 良かったねぇセシル君、未来の後輩だよ〜」
「ロイドさん、数年でのフロートシステム実装が難しいからって論点ずらしましたね?」
「君はホントそう言う事ズバッと言っちゃうよねぇ……」
ウィルは今新しい技術の立案など0から1を提起する事に注力していて1から100にする事は若い世代に任せている。だから彼の作ったナイトメアフレームに最初に乗る事はもうほぼ叶わない。ならばせめてウィルが指導している者のナイトメアフレームに乗りたい。
「内部構造を全て把握した上で乗るのでこの上なく精度の高いデヴァイサーである事は保証しますので、どうか」
今の内にアピールして営業をかけておこう。あとは自分の努力次第だ。扉の方でウィルを問いただすラクシャータの声が大きくなったようだが気にしないでおく。