カースロット
何故このような状況になったか30文字以内で答えよ。アスター氏からケセドニアの為にと導師の護衛を依頼されたから。ジャスト30文字。
響律譜をジグに調律してもらった次の日、アスター氏に言われた集合場所へ行く途中、私は溜息を吐いた。
「またご一緒するとは思っておりませんでした」
本当に。少なくともマルクトの懐刀がいる限り、ルーク御一行の護送を請け負おうとは思っていなかった。しかしアスター氏から直々に頼まれたとあっては話が違う。一商人ではあるが、彼はケセドニアの代表でもあるのだ。ケセドニアに住んでいる以上彼からの依頼は無碍にできない。
そもそもケセドニア自体がローレライ教団あっての街と言って過言ではないので、アスター氏が導師を優遇する事は当然といえば当然。その際私達護送屋を推薦するあたり、アスター氏からかなり実力を買われているのだろう。嬉しいことではあるが、今回はそれが仇になった。
正直言うと今回の依頼、シンクやフローリアンから猛烈に反対された。態々危険な状況の中に飛び込む真似は懸命ではないと。しかしその危険、つまりセフィロトツリーの崩壊によるアクゼリュス崩落はまだ世に知られていない未来。別名を"秘預言"。ここで断ってしまうと、後々「何故あの時依頼を断ったのか、もしや崩落の事を、秘預言を知っていたのではないのか」と勘繰られてしまう。それは避けたい面倒事だった。だから、今回は「あくまで導師の護衛、導師から絶対に離れない」と言う約束でシンクとフローリアンは納得した。シンク曰く、それなら崩落に巻き込まれて死ぬ事は無いらしい。
「皆さんこの方とお知り合いなのでして?」
金髪碧眼の女性が(主に私と大佐殿の間に漂う)少し重い空気の中不思議そうに質問を投げてきた。
立ち振る舞いや物言いは貴族のソレ。動き易そうな服もよく見れば上質な生地を使っている。背負っている弓も、そんじょそこらの傭兵が持つには少々敷居が高い代物。賭けてもいい、彼女はかのキムラスカ王国の王女、ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアで間違いない。先日ディンの店でもちらりと見かけた気もする。
「コイツは護送屋のセトだ。俺がバチカルに帰るまで護衛してくれてたんだ」
「まあ、そうでしたの」
ルークの言葉に感激したのか、ナタリア姫は口元に手を当てて私を凝視した。数瞬後、彼女は気を取り直してとでも言う様に咳払いをしてから口を開いた。
「私はナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア。アクゼリュスの民を救う為、共に励みましょう」
「御前を失礼致します姫様。先程ルーク様からもご紹介頂きました護送屋のセトと申します」
「よろしくお願い致しますわ。ああ、敬語や敬称は不要です。道中は魔物と戦う事も多いでしょうし、その方がよろしいでしょう?」
「ごもっとも。では短い間ですがよろしくお願いします、ナタリア」
差し出された右手を取り握手をする。一国の姫君としては、所々に硬い皮膚がある。弓の腕は確かなのだろう。手の平に感じる豆の感触は努力した証だ。聞いた話によると、このご一行は砂漠越えをしてきたらしい。大した姫君だ。
「早速カイツールに行きたい所ですが、マルクトの領事館で入国手続きがあります。今回は貴方も同行してください」
「了解致しました大佐殿」
にっこりと、張り付けた笑みを浮かべる。私が彼を嫌っているという事をナタリア以外は知っているからか、なんとなしに皆視線を泳がせている。事情を知らないナタリアはその様子に疑問符を浮かべている。
◆ ◆ ◆
「大佐、ルーク様、お待ちしておりました。グランツ謡将より伝書鳩が届いています。グランツ謡将は先遣隊と共にアクゼリュスに向かわれるそうです」
「えーっ!? 師匠早すぎだよ!」
入国手続きを手早く済ませた後にマルクト領事館の館長から告げられた言葉に、ルークが全力で残念がっていた。グランツ謡将に会えない事が余程悔しいのだろう。グランツ謡将やルーク達がアクゼリュスの救助に向かっている事はもう既に発表されていた事だから、グランツ謡将がルーク達といない事を見て先に言っている事は予想できていた。
「僕たちも急がなければなりませんね」
ニコリと笑う導師イオン。純粋に、自分の師匠に懐くルークを見て微笑ましく思っているように見える。そんな彼らとに二度目の旅路を前に、私は一つ違和感を感じた。
メンバーに対しての違和感ではない。自分の中に、何か違うモノが入り込むような感覚だ。突如襲われた浮遊感。落ちる感覚と言えばいいだろうか。足の力が抜けて、辛うじて片膝を突く形になった。
「おい、大丈夫か?」
いち早く私の変化に気が付いたのは、私のすぐ前にいたガイだ。ちなみに私は最後尾にいる。ガイが私の肩に手を置くようにしてまた「大丈夫か?」と問うてくる。が、それに答える前にまた別の感覚がやってきた。
「っ……」
キン、と頭の中で音が響いた。それはまるで何かパズルのピースが嵌ったような感覚。しかしそれも一瞬だった。嵌ったような感覚の後はすぐに霧散する。自分でも何が何だか分からず、左手で米神の辺りを覆うようにして頭を押さえた。
「カースロットの印が浮き上がっています。まさかどこかに烈風のシンクが……!」
イオンの言葉に合点がいった。なるほど、これがカースロットに侵された者の感覚か。これは確かに、急に来られては堪らない。防ぎようが無い。
キン、という音が響いた。今度はちゃんと耳元で。聞こえた方、否、音の発生源を見る。それは、つい昨日調律と言う名の修理をしてもらった左腕の響律符だ。もう一度合点がいった。
「っ、カースロットって、確かダアト式譜術でしたよね?」
「え、ええ、そうです」
未だに不定期に鳴り響く金属音に気取られながらも質問すると、イオンが答えてくれた。少しつっかえながらではあるが、悪くない。金属音による頭痛は大体収まってきた。
「でしたら、大丈夫です。お気になさらずとも、平気です」
「だ、大丈夫じゃねえだろ! お前ここに残って休んだ方が……」
「いえ、カースロットは術者との距離で威力が変わります。このまま船に乗ってケセドニアを離れるのが良いです」
ルークの言葉に対しイオンが正した。大分頭痛が収まってきたとはいえずっとここにいる訳にもいかない。収まってきたとはいえ、金属音が聞こえる度に心臓が跳ねる。これは実際的な意味で心臓に悪そうだ。
「ではこちらへ」
館長に案内されて港までの入口へ歩く。ガイが手を貸してくれたおかげで歩く事ができるが、時折金属音で体が跳ねるのはもう勘弁してほしい。急に変な発作にかかったみたいで気持ち悪い。
ケセドニアを離れる時最後に聞こえた金属音では、炎のような朱色と一瞬の激痛を感じた。
◆ ◆ ◆
ケセドニアでの頭痛が嘘のように収まった。甲板での体調は絶好調だ。元々船酔いする質では無いので、カースロットの有効範囲から出てしまえばそれはあたりまえのことである。
「さっきはビックリしたぜ。もう平気なのかセト?」
私がカースロットの効果を受けて膝をついた時、最初に気付いたガイが気を使うように訪ねてきた。
「はい、もう大丈夫です。お騒がせいたしました」
ニコリと笑ってそう返せば、ガイはホッと息をついて「なら良いんだ」と私の頭にポンと手を置く。随分子ども扱いされているようだ。まあ今のこの姿では仕方がない。甘んじてそれを受ける。
「それにしても、カースロットとは恐ろしいものですわね。術者がどこにいるのか分からない内は手の打ちようがありませんし、今回のようにその場から立ち去るしか方法は無いのでしょうか?」
カースロットの説明を簡単に受けたのであろうナタリアが困ったように言う。確かにそうだろう。ある程度対処できるとしても、すぐに術者からは遠ざかる事が一番だ。
「やはり解呪したほうが良いでしょう。僕がします」
「だ、ダメですよイオン様! ザオ遺跡の件でお疲れなんですから、これ以上ダアト式譜術を使っちゃ倒れちゃいますよぉ!」
解呪をしようと一歩踏み出した導師に対し、導師守護役のアニスが慌てて止めに入った。ザオ遺跡、という事はダアト式封咒を解いたという事か。それは多分、イオンとしてはかなりの負担だろう。アニスが必死に止めている事からもそう伺える。
「しかし……」
「お気遣いありがとうございます導師。私は、恐らくですが大丈夫です。響律符がある程度術の緩和を担ってくれているようでしたので」
「え?」
疑問符を浮かべるイオンに、左腕の響律符を見せる。カースロットに侵されていた時にずっと音が鳴りやまなかったのは、その術と響律符のせいである。
「カースロットはダアト式譜術、ということは第七音素を用いた譜術という事でしょう? 先日も説明いたしましたが、この響律符は外部からの第七音素を拒絶する作りになっていますから対抗策としては有効です。まあ、先ほどご覧になった通り完全には断ち切れそうにありませんが、意識を持って行かれる事はありません」
「では……」
「はい、問題無いと思います」
「……」
少しの間、考える様な素振りをしたイオンは目を伏せて「分かりました」と一言言った。
「じゃあセト、もう大丈夫なんだな?」
ホッとした様子のルーク。彼にも心配をかけてしまっていたようだ。
「はい、六神将の烈風のシンクが近くにいない今はもう平気ですよ、私は」
それにしても、と思う。カースロットとは、対象の記憶を元に傀儡にする術だったと思うのだが、私が見たのはこの世界に生れ落ちて間もなくの記憶だった。朱色に染まった炎の塊、あれは多分溶岩。火山の火口から落とされた時の記憶だ。アレを思い起こさせて私をどんな風に操りたかったのかという疑問が残る。
あの記憶を元にここにいる誰かに危害を加える気には到底なり得ない。そもそもあの記憶は本当に私の記憶だったのだろうか。見覚えのある光景だったとしても、それは烈風のシンクにも当てはまる。もしかしたらカースロットを通じて彼の記憶が私に流れ込んできたという可能性も無きにしも非ず。
もしそうなら、彼に悪い事をしてしまったかもしれない。あの光景は、美しい思い出とは程遠いものだから。
彼はどんな気持ちだっただろうか。死んでいたかもしれない記憶を見て、苦しんだだろうか。そうであって欲しいと思う。死を恐れる事、苦しむ事は普通の事。もし『何も思わなかった』と言うのであれば、それはあまりにも残酷だ。死を恐れないなんて、安全装置の無い銃とそう変わらない。
「危険、かなぁ……」
「なんか言ったか?」
「いいえ、なんでもありません」
小難しいこと、でもないが、烈風のシンクの様子から色々憶測してみる。と言ってもそこまで問題視してはいない。
「要は気の持ちようと状況に対する対処とそのタイミング、という事を思っていただけです」
「?」
私の様子が気になって話しかけたのだろうルークではあるが、私の受け答え自体には理解が及ばなかったらしい。むしろ理解されたら驚き物だが。
次に烈風のシンクと会うのがとても楽しみである、なんてことを言ったらもしかしてとんでもない物を見る目をされるかもしれないのでここは黙っておく。
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