譜業技師

 討伐隊としてサンドワームに手こずるもなんとか押し留められた。帰ってから軽くお風呂に入って、シンク達に一声かけた後に家を出る。留金が緩んだ響律譜をジグと言う技術者に直して貰う為だ。
 ケセドニアのマルクト側に位置するディンの店に向かう途中で、見慣れた人を見かけた。

「ノワールじゃありませんか」
「おや、セトかい。聞いたよ、サンドワームを殆ど三兄弟で追い返したんだって?」
「情報が速いですね。流石漆黒の翼です」

 世界を賑わす盗賊団。義賊の三人組、漆黒の翼。その中でも一際目を引く女盗賊、ノワール。今日は一人のようだ。いつも一緒にいるウルシーとヨークは不在である。

「情報収集は盗賊の基本さ、怠るはずが無いだろう?」

 ふふん、と得意気に笑う彼女。しかしその笑みはすぐに潜んでしまい険しい物となった。

「セト、アンタが何日か前まで護送していた坊やの一団がまた来てるよ。今アンタが行こうとしてるディンの店にいる」

 心配そうにそう言うノワールに、心の中で感嘆した。
 実はノワール達漆黒の翼とはバチカルで一度会っている。だから私がルーク達の護送をしていた事はノワールも知っている。しかし、険しい表情をされるとなるとそれだけでは収まらない。

「……そうですか、それは困りましたね」

 参った。漆黒の翼には、私が彼らと悪い雰囲気で別れた事はお見通しらしい。この様子だと私の響律符に不具合が生じていることもばれているのだろう。

「20分くらい前店に入ったのにまだ出て来やしない。多分何かあったんだろうね」
「ノワール……そう思うなら彼らを助けて上げてもよろしいじゃありませんか」

 思わず溜め息を吐きながらそう言うと、ノワールは「分かっている癖に」と言って私にデコピンをして来た。痛い。

「アタシが行ってももっと事が大きくなるだけだろうさ。あそこにいるマルクトの軍人に目を付けられてるからね」

 それはそれは、不愉快極まりないだろうな。まあ、これは私の見解に過ぎない。ただただ彼の事を嫌っている私は、彼に対してかなり厳しい評価を下している事だろう。

「心中をお察しします」
「まあそこまでした覚えがあるから何も言えないんだけど。じゃ、ディンの事は頼んだよ」

 ひらひらと手を振って去って行くノワールに思わず笑みが零れた。

「気になるなら自分で行けば良い物を」

 さてさて、彼女達が素直になるのはいつになる事やら。ふう、と息を吐いてから、私は当初の目的通りディンの店へ歩みを進める。足取りは重いが、ノワールに頼まれたからには行かねばならないだろう。


 ◆ ◆ ◆


「お取り込み中失礼します、こんにちはディン」

 中から聞こえる話し声に少し躊躇するも、素直にドアノブを捻って店に入る。ノワールが言っていた通り、そこにはルーク一行がいた。

「セト!」

 皆が一様に気まずそうにしている中、ルークが私の名前を呼んで表情を綻ばせた。いや、初対面の者は疑問符を飛ばしていただけだったか。そして何故か大佐が店のカウンターに入って粗探しをしていた。なんと間の悪い事だろう。今までよりも下がる事は無いと思っていた彼に対する評価が更に下を行った。ここまでくると天晴れである。

「顔見知りでなければ強盗現場を疑う所ですね」
「勘弁してくれ……」

 引き攣った笑みを浮かべるのは、ルークの使用人のガイ。この様子だとマルクト軍人の独断で調べていることが伺える。可哀想に。

「セトの知り合い?」

 軍人に家宅捜査されてあわあわしていた店主のディンがキョトンとそう言う。暗に『顔が広すぎる』と言われたような気がした。

「はい。それはともかくディン、先日の事をお願いしたいのですが」

 サンドワームの討伐隊に加わる直前に、近い内に響律符の修理と調律について伺うと言っておいたのでこう切り出してみる。予想通り、ディンは渋い顔をした。

「んー、今日はちょっと……騒がしくしたから機嫌悪いかも」
「ははは、そんな気はしてました」

 ディンの店に大所帯が入ったとなれば彼――ジグの機嫌が降下気味である事は予想できた。ノワールに頼まれなければ、この様子を確認した瞬間「また後日出直します」と言って対処をしていただろう。

「皆さんこれ以上ディンに用が無いようでしたら、申し訳ありませんが退室をお願いします」
「何故ですか?」
「理由を言う義理はこちらにございません」

 帝国軍の師団長の言葉を笑顔でバッサリと切り捨てる。既に条件反射である。

「ボクたちがいると不都合なのでしょうか……?」

 次に口を開いたのは導師イオン。眉をハの字にして、捨てられた子犬のような表情。やめてくれ。そんな顔されたら私が悪い事をしたみたいな錯覚に陥る。

「不都合と言うより、あまり人との交流が苦手な方と会う約束をしていまして。こうも人数がいると恐らく先方が落ち着かないのです」
「そうでしたか、分かりました。皆さん、ここはお暇致しましょう」

 あっさり、そう、こうもあっさり、引き下がるとは思わなかった。驚いた。イオンがテキパキと他の者を説得して店から出る様を呆けたように見るしか無かった。

「……今の手際は何だったのでしょう」
「良いじゃない。目的は果たされたようだし」

 思わず零した独り言に、少し疲れた様子のディンが伸びをしながら答えた。ディンがカウンターの内側から出てきて、棚の影に隠れている奥の扉へと足を進める。

「さ、ジグはいつもの通り上の階だよ」

 扉の向こうには階段。綺麗に掃除されているその階段、先ほどの驚きを心に残したまま足をかけた。


 ◆ ◆ ◆


「そこに直れ大馬鹿野郎ついでに正座をしてそこの大荷物を腿の上に乗せて置け修理が終わるまで動けると思うなよそして修理が終わっても動けると思うなよ」

 今日も抑揚があまり無いジグリア節を頂きました。私に非があるのは事実なので、物を乗せる気はないが取り敢えず指定された場所に正座をした。

 ジグリア・ヘーゼル、通称ジグ。彼はディンと一緒に住んでいる譜業技師である。彼はいつも甚平を着てモノクルをかけている。作業の邪魔になるからか、ぼさぼさ頭であるが前髪だけはヘアバンドで留めている。
 そんな一見ズボラな男だが、彼の有名な譜業発明家サフィール・ワイヨン・ネイス博士に引けを取らない技術の持ち主だ、と私の中で持ちきりだ。その理由は、ジグの方が年が若く伸びしろがまだまだ見受けられるから。しかも彼の譜業の調律の速さはそこら辺の技師と比べ群を抜いて逸脱している。右手で響律符の調律をしていると思ったらその逆では自作の譜業を組み立てているといった離れ業を以前見た事がある。どんな集中力を持っているのやら。かくいう今も、私の気配を察知して暴言を吐いていたその手元は精密譜業に分類される物を弄っていた。あれは確かアスター氏の私物の侵入者探知機の一種だったか。

「これつけて壊れた方を渡せ」

 ジグは、私が今つけている響律符よりも一回り小さな物を投げて寄越してきた。そして投げた手をそのまま裏返して手招くようにちょいちょいと指先を動かす。その動作の間も精密譜業の作業をやめる事を決してしない。
 私は響律符がついていない方の手首、つまり右手首に渡された物を装着し、留め具が緩み切っている左腕の響律符を外した。ス、と高音域の音階が一瞬聞こえはしたものの、右手首の響律符のお陰か何の問題も無くその後は耳鳴りすらしない。

「よろしくお願いします」

 少し身を乗り出して今しがた外した響律符をジグの手の上に渡す。その途端、ジグは今まで作業していた精密譜業の作業をやめ、その譜業を机の奥へ押しやった。押しやったとしてもジグの作業台は広いので何の問題も無い。空いたスペースに丁寧な動作で私の響律符を置き、これまた慎重に緩んだ留め具を動かして具合を確かめる。先程まで精密譜業を扱っていたスピードとは大違い。お世辞にも速いとは言えない。
 彼がここまで慎重に私の響律符を扱うのには理由がある。私の響律符は基本的に私が超過して取り込んでしまう第七音素を遮断するというシステムである。しかし、これは私に合わせて作られている。故にこれは遮断どころではない。超過して取り込んだ第七音素を処理し、体外へ排出する。普通の人間に間違って作用すればひとたまりもない。特に第七音素士なんかは、以降第七音素を扱えなくなる可能性さえある。
 そして、ジグは技師でもあり第七音素士でもあるのだ。

「あのねセト」
「はい」
「君が実力者である事も仕事熱心な事も俺は理解しているしそれについては何も言わないが響律符がこんな事になる様ではその仕事君の肩には重いのではないかとも思いましてそこの所どうかな君と君の仕事依頼人を慮っての判断だが」
「大丈夫です。今回の事は自分でも反省しておりますから、次はありません」
「それはどうかな」

 ジグは、キリキリと螺子を小さなドライバーで回す手を止める。最初こそ慎重に響律符を扱っていたが、既に手の速さはいつも通りの物になっていた。

「その驕りがいつか君を殺す」

 そう言ったジグは、螺子を巻く作業を再開した。視線をこちらに寄越す事は無い。彼はそういう人だ。
 他人と違う事を理解しているかしていないかは分からないが、その事についてなんの疑問も持つ事無く、また他人にとって一番必要で一番聞きたくない言葉を言い放つ。

「肝に銘じて置きます」
「その言葉が君を裏切らない事を切に願うとしよう」

 ジグはその言葉を最後に自分の手元に集中してしまった。何て事は無い。今まで弄っていた私の響律符を横へ追いやってまた別の作業をし始めたのだ。要するに響律符の調律に飽きたのだ。今ジグは第五音素を用いた懐中電灯のような物を分解する工程と小さな箱の鍵開けを同時に行っている。と思えば早々に鍵開けが成功したらしく、その箱を机の隅に追いやってまた新しい作業を同時進行し始めた。
 いつ見てもジグの手元の速さは理解できないくらい速いが一つの事に集中できないというある意味手癖の悪い習慣から、一つの事を終えるのに期間がまちまちだ。依頼人である私を目の前で待たせている事もあり、数日かかるという事はありえないだろうが、これは夜までかかる覚悟をしておいた方が良さそうだ。
 目下の心配事は主に響律符の調律が終わった頃まで正座し続ける自分の足の痺れだろうか。