兄弟たち

 ルークと話した後はなるべく人目を避けて船旅を堪能した。つまりは高い所にずっといた。高所に中々目がいかないのは経験から知っている。要するに高みの見物。
 そうこうする内にケセドニアに船が着いた。ケセドニアに降りて気づいたことがある。ルークはヴァンになついているらしい。別行動をすると分かった途端に駄々を捏ねた。

「ではこれで失礼する。護送屋、くれぐれも彼らを無事にバチカルへ」

 急にヴァンに話しかけられた。にこりと微笑んでおいた。その笑みをどう取ったかは知らないが、彼は一度目を伏せて背を向けた。

「では我々は領事館へ参りましょう。申し訳ありませんが護送屋殿は席を外して頂けますか?」

 言外に強い拒絶を伴った刺々しい言い方である。言わずもがな発言者はジェイド・カーティス、マルクトの懐刀だ。

「ええ、でしたら一度自宅へ帰って諸々の準備をしてきます。お互い用事が済んだらキムラスカ側の港で、という事でよろしいですか?」
「……それが良いでしょう」
「では皆様、また後程」

 ふはは、刺々しい言葉ならシンクで慣れていますから痛くも痒くも無いですよ。

「あ、セトだ」

 ふと聞こえた子供の声に、懐刀から視線を外す。

「ホントだ!」
「セトだー!」
「セトー!」

 一人が口を開いたのを皮切りに、街の子ども達が次々と現れては私の名前を大声で呼んだ。

「はいはい、聞こえてますからそんな大きな声で呼ばないで下さい」

 子ども達の無邪気さに呆れながらも受け答える。すると子ども達の一人が私の服の裾を掴んできた。

「ねえまたフローリアンが見つからないんだよー」
「ディンの店も見たし」
「家の裏手も」
「宿屋のカウンターの中も」
「売り物の鍋の中にもいないんだよ」

 なるほど、今日はかくれんぼをしているらしい。毎回毎回最後まで見つからないのがフローリアンというのは既に恒例だ。

「酒場の裏道は見ましたか?」

 左右から引っ張られるままにされていたのだが、それを言ったら動きがピタリと止まった。

「……あ」
「「あー!」」

 探していなかったようだ。

「ありがとうセト!」
「どう致しまして」

 蜘蛛の子を散らすように、子ども達はその場からいなくなった。それとなく後ろからの視線を感じる。

「人気者なんだな」

 振り返るとガイがニコニコしながらそう宣った。

「まあ……本当の人気者はフローリアンですよ。私はついでです」
「フローリアンって?」

 ガイの言葉にクスクスと笑いながら答えたら、今度はティア・グランツが口を開いた。

「私の、兄弟です。私を含めて三人いるのですけれど、彼はいつも街の子ども達の遊び相手をしていましてね」
「ふーん、じゃあもう一人は?」

 興味を示したのか、ルークも話に入ってきた。

「シンクと言います。少々意地っ張りで素直ではないのですが、兄弟の中で一番良い子ですよ」
「気色悪い事言わないでくれる?」

 突然の会話乱入。確認するまでもない、この声は。

「やあシンク。こちら側の市場にいるという事は食材の買い出し?」

 私の、文字通り“片割れ”の一人。“かつて”烈風のシンクと呼ばれていたらしい彼。今はただ私の兄弟というだけのシンクだ。
 声のした方を見れば、サングラスをかけてフードを被った彼が不機嫌そうに立っていた。

「塩が切れてた」
「あと肉類も」
「知ってたんなら昨日の内に買っといてよ」
「ごめんごめん。でもシンクが買ってくれたでしょう?」
「アンタに期待した僕が馬鹿だった」

 シンクは私の肩越しにチラリとルーク達を見て、すぐに私へ視線を戻した。

「家には?」
「今帰ろうと思っていたところ。準備をしたらすぐ仕事に行くけれど」
「そう」

 シンクはフードを目深に被り直した後、くるりと踵を返して歩みを進めた。シンクに続こうとする前にもう一度ルーク達を振り返った。

「では、後程あちらの港で」

 そのままシンクを追いかけるように走りよった。皆一様に、驚愕の顔を浮かべていた。





- ガイ視点 -

「ねぇ……あの子、シンクって」

 ティアがその場から動かないまま口を開いた。しかし、その後に続く言葉が出てこない。
 そりゃそうだ。俺も驚いて言葉が出なかったのだ。

「“シンク”とは……最近聞いた名前ですねぇ」

 皆の心の声を代弁したのはジェイドだった。

「背格好だって似てたし、しかもあの“烈風のシンク”とおんなじ名前なんて」
「偶々と言うには、些か疑問点が残ります。それに護送屋殿は彼を兄弟だと言っている」

 アニスやジェイドも同じ事を考えていたらしい。俺は、コーラル城での事を思い出していた。どう見ても導師イオンと瓜二つだった烈風のシンクの容姿。仮面で隠された顔を見たのは俺だけだ。

「ガーイー、ガイはシンクの顔見たんでしょ?」
「あ、いや、見たは見たけど一瞬だったからなぁ」

 アニスの言葉に、咄嗟に嘘をついた。言ってはいけないような気がしたのだ。烈風のシンクと導師イオンが同じ顔をしているなんて。

「まあでも、さっきのシンクは烈風のシンクと全然違った雰囲気だったのは確かかな」
「確かにそうだけど……」

 まだ腑に落ちないのか、アニスは眉間にシワを寄せた。



「皆、何言ってんだよ……」

 ふと、ルークが口を開いた。

「アイツを……セトを疑ってるのかよ!?」
「ルーク?」
「アイツは敵じゃない! 俺には分かる!」

 凄い剣幕だった。例えるならば、師匠と呼んでなついているヴァンをバカにした奴を目の前にしたような。

「ルーク、別に俺達は疑ってるとかそう言うんじゃなくてだな、ただ、その、皆セトの事をあんまり知らないから」
「だからって……!」

 ルークは俺の言葉に尚も憤慨した。憤慨を通り越して心なしか泣きそうである。
 ここまでルークがセトに入れ込んでいたとは思わなかった。船の上で何を話したのかは知らないが、ルークにここまで言わせるような会話をあの数分で話したとは誰が思うものか。

「ではルーク、貴方はどうしてそんなに彼を信頼しているのですか?」
「だってアイツは!」

 ルークはジェイドの問いに勢いよく振り返る。しかし、何かを言おうとして急に口をつぐんだ。

「……セトは悪い奴じゃない」

 沈黙が広がった。
 暫くしてその沈黙を破ったのは、ずっと口を挟まなかった導師イオンだった。

「僕もルークの意見に賛成です」

 小さく手を上げて俺達の注目を引き寄せるイオン様。その目は揺るぎない。

「偶々という可能性も捨てきれませんし、第一街の子ども達にあれほど慕われているのです。ルークの言う通り、少なくとも悪い方では無いでしょう」
「イオン様は他人を疑う事を覚えて下さいぃ〜」

 アニスが眉をハの字にしながらそう言った。

「そうですね。ですがこれだけは譲れません」
「……イオン様?」
「彼は、悪人ではありません」

 何故か、導師イオンの言葉には重みがあった。