遭遇

 家に帰る道中、私とシンクは一言も喋らなかった。怒っているのだろうか、呆れているのだろうか。サングラスで隠された目元は、何も読み取らせてくれなかった。
 家の中へ入って玄関を閉める。途端にシンクが大きな溜息をついた。

「幸せが逃げません?」
「誰のせいだ誰の」
「ごめんって。アルマンダイン伯に頼まれてね、断るに断れなかったんだ」
「ああ、あの禿」
「いやいや、気にしているかもしれない事をそんなハッキリ言わなくても」
「アンタも大概失礼だよ」
「まあ冗談はさておき」

 会話しながらも装備の補充を進めていた私は、家に入ってから初めてフードと帽子を取った。振り返ればシンクもフードとサングラスを外していた。それから気だるげに椅子に座り、肘をついて窓の外を眺め始める。

「……もうそんな時期なのか」
「ええ。どうでした? 二度目の生を得てからの“初めまして”は」
「最悪」
「でしょうね」

 ポットに入っていた温めの水を二人分出して、一方のコップをシンクに渡す。シンクはコップを受けとるも、透明な水を眺めるだけで飲もうとはしなかった。

「別にアイツらみたいに世界を救いたいとか微塵も思ってない」
「ええ、私も」
「かといって前回同様、預言を馬鹿みたいに憎むほど僕は暇じゃない」
「面倒だからね、何かを憎むなんて」
「でも」
「でも?」
「今の生活を壊されるのは癪に触る」
「おや」
「……何」
「いいえ、いい傾向だと思って」

 きっと私はニヤニヤとした笑みを浮かべているのだろう。シンクが嫌そうに顔を反らして水を飲んだ。

「そうそう、今回は今日中に帰れそうにない」
「ぶっ!?」

 咳き込んだ。

「今から私が乗る船が本日の最終便らしくて」

 にこりと微笑んでやればシンクは目を真ん丸に見開いて口をパクパクと開閉する。まるで魚みたいだ。しかし、最後には頭を抱えながらまた大きな溜息をついた。

「フローリアンには自分で言ってよね」
「はいはい」

 私は適当に返事をし、コップに入っていた水を飲んで流し台に置いた。それから、先ほど準備をした装備を装着していき、小さなカバンを持って玄関に立った。

「セト」
「ん?」
「導師はキムラスカに着いた次の日に六神将に誘拐される。パッセージリングに続く扉を開けさせる為だ」
「止めるべきかな?」
「別に。計画は始まってる筈だから大地崩落は免れない」
「では様子見という事で」

 帽子を被ってフードに手をかけながらこれからの行動を悩む。するとすぐ隣にシンクが寄ってきた。サングラスとフードで顔を隠して。

「……港まで送る」
「何か気になることでも?」
「少し、ね」

 扉を開けて外へ出る。既に傾いている日の光は赤く燃えているようだった。





暫く街をぶらついていればフローリアンの方から見つけてくれる。今回も例に漏れずあちらから来てくれた。

「人ん家の屋根に登るなって何度言ったら分かるんだ!」
「えへへー」

只今絶賛シンクからのお説教を喰らっているが本人は飄々としている。事もあろうに、フローリアンは酒場の屋根の上から私達の目の前に飛び降りて来たのだ。なんと身軽な子だろう。
引き続きシンクはフローリアンを叱りつけている。……なんというか。

「シンクって、良いお兄さん像が板についてきたよねぇ」
「セト! そんなんじゃなくアンタも何か言いなよ!」
「セトー僕が一番早く生まれたから兄貴は僕だよー」

 シンクはそんなに怒らないで落ち着いて。フローリアンは立派な街の皆の兄貴だから大丈夫。

「「セト!」」
「あはは」

 いつもこれがパターンと化している。フローリアンの悪戯にシンクが怒って、その後私が会話にちょっかいを出して話が刷り変わる。シンクは溜息一つで怒るのを止めてフローリアンも暫くは大人しくなる。

「そうそうフローリアン」
「なーにセト?」
「今日のお仕事は帰りが明日になると思う。私が帰ってこなくてもちゃんと寝てくれな?」
「……はーい」

 フローリアンは基本的に聡い子である。今も仕事の内容を聞くこと無く素直に頷いた。きっとゴーグルに隠れた目元は今「仕方ないなー」とでも言うようにしているだろう。

「流石事実上の長男」
「馬鹿にされてるー?」
「いやいや、思わず口に出ただけ」
「んー、そゆ事にしといてあげるー」
「ありがとう」

 フローリアンの後ろでシンクが見るからに安堵していた。うん、フローリアンって機嫌を損ねると一番厄介だもんね。

「セト!」

 後方から呼ばれた。振り返ると、今沈み行く夕焼けの色に似た色彩の髪の毛を持つルークが走り寄ってくる所だった。彼の後ろには他の者が歩いて来ている。
 隣にいたフローリアンが、ピクリと反応した。それに気付いたシンクが口を開く。

「今回のセトの護送対象。一応お客様だから失礼な事しないでよ」
「しないよー」

 唇を突き出して不満げなフローリアンを見て、シンクは「なら良いけど」と言い一行に目を向けた。その際、何気無くフローリアンのフードの裾を引っ張って目深めにに被らせたのは流石というか、よく気が回る。

「あれ、誰だそいつ?」

 近くまで来たルークがフローリアンを指差して言った。そういえば直接会わせていなかったか。

「フローリアンです。先程お話した兄弟ですよ」
「初めましてー、フローリアンです!」
「ああ、俺はルークだ」
「へー、ルークかー。よろしく!」
「お、おう」

 フローリアンはにへらと笑ってルークに対応した。ルークはそんなフローリアンに一瞬戸惑った顔をした。しかし、敵意は無いと判断したのかすぐにそれに受け答える。

「古代イスパニア語で『無垢な子』という意味ですか。良い名ですね」

 追い付いてきた者達の中では、導師イオンがにこにこと笑って喋りかけてきた。その他の一行は少々顔を強張らせている。

「皆さん用事はもうお済みで?」

 それに気付かないふりをして質問をする。答えたのは予想通りの人だった。

「ええ、大体は済みました。最後に一つよろしいですか?」

 ジェイド・カーティスその人だ。

「なんでしょう?」
「失礼ですが、シンク殿のそのサングラス、外していただいても?」
「っ、大佐!」

 ティアが咄嗟に抗議の声を上げた。ルークはバッとジェイドを振り返り、他の者も目を見開いて彼を見る。対するこちらは何の反応もせずにいた。

「理由は?」

 飄々としてシンクがそう言った。

「少し気になる事がありまして」
「そんな理由じゃ見せらんないね。僕の素顔は高くつくよ?」
「おやおや、顔を見せられないような後ろめたい事が過去におありだと思われてもよろしいのですか?」
「アンタがなんと言おうと絶対見せない。そもそも僕らは軍人が嫌いなんだ」
「それはそれは……」

 取り入る島もないような受け答えに、ジェイドは目を細めた。というかシンク、君演技上手いね。
 そうでも無いでしょ。(byシンク)

「まあまあ。それはそうと皆さん、烈風のシンクとは敵対関係ですか?」

 私の言葉に全員が反応した。皆一様に驚いている。

「それを知っているという事は、疑いを確信として良いという事ですか?」
「何の事やらですが、ただの確認ですよ大佐殿。私は貴殿方の護送を頼まれていますから」

 ナイフを数本取り出して、一行の間を縫うように投じた。そのナイフの先にいたのは。

「貴殿方を脅かす存在は排除しなければなりません」

 黒と緑を貴重とした団服で身を包み仮面で顔を隠す、“現在の”烈風のシンク。

「さて、お仕事をしましょうか」

 自ずと、口元が歪む。どうしてもワクワクしてしまう。君は、どんな子なのだろう。
 明るい緑色の髪の毛を一つに纏めている彼は、ナイフを避けるために動きを止めていた。