王族からの依頼

 とある縁があるため時々ただのしがない傭兵の俺に依頼する王族がいる。頻度は高くなく年に1、2回あるかないか程度だ。そんな王族から長期の依頼が舞い込んできた。
 それがまさかガキのお守りとは思わなかったが、依頼されたからには行かなければいけない。


 ◆ ◆ ◆


 先日ファブレ家で起こった事件。
 現当主、クリムゾン・フォン・ファブレの子息であるルーク・フォン・ファブレが誘拐されたのが約一週間前。無事、とは到底言えないにも、発見されたのが三日前。そして今日、ファブレ家の敷地内でもう一つの変化があった。

「傭兵のエドガー・アルタスです」

 王族に連なるファブレ家の敷地内に佇む異質な存在。否、街中で歩いていれば『少しばかり武装の多い傭兵』としか認識されないであろう。
 しかし、ここは天下のファブレ家。全員が礼服に身を固めている中で、所謂傭兵の出で立ちをした彼は明らかに浮いている。彼の目の色が金色だという事も一層その異質さを際立たせている要因だ。
 しかし、その彼と対峙する執事は気にも止めていないようで、何の淀みも無く口を開いた。

「貴殿にはお坊っちゃまの護衛をして頂きます。尚、お坊っちゃまが敷地の外へ出る事の無いようお側で目を光らせるように」

 エドガーと名乗った男はその言葉に疑問を覚えた。確かファブレ家の子息は今年で十になるはず。普通なら民衆に御披露目しても良いくらいだが、そうではなく軟禁紛いをするとはどういう訳か。
 この疑問は正しい。疑問の理由は彼には情報が無かった事が要因だ。
 仮にも王族。子息が誘拐された等という情報は上層部の計らいで現状は揉み消されていて、比較的民衆側のエドガーがそれを知る由も無い。
 しかし、彼がもしその情報を掴んでいたとしても結果は変わらなかっただろう。エドガーは先程の疑問を「面倒だ」と理由で瞬時に掻き消したからだ。エドガー・アルタスと言う男はそう言う人物であった。
 面倒事は自分に関係ない限り、深く考えようとしない。貴族以上の者と付き合うには必要な処世術である。彼の場合それを無意識に実行しているのだが。

「承りました。他に何かございますか?」
「後は、この敷地内で見たものは他言無用というのは言わずもがなでしょうか」
「承知です」

 今度は疑問も抱かずに頷いた。依頼主の秘密事など傭兵をやっていればよくあることだ。その前に、守秘義務を怠る事は傭兵として生きていけない事に等しい。
 エドガーを先導する執事は常に淡々としていた。だからこそエドガーも事務的に対応した。傭兵の鏡とも言える態度ではあるが、内面は露程も参考にならない。彼の頭の中には常に「面倒臭い」という文字がちらついているのだから。


 ◆ ◆ ◆


 エドガーはルークの自室へ案内された。そこにいたのは赤毛の少年と金髪の少年。金髪の少年が赤毛の少年の両腕を支えるように二人とも立っていて、まるで歩行練習のリハビリをしているように見える。
 後に、これが紛う事無く歩行練習であったのだとエドガーは知ることになる。

「調子は如何かなガイ」
「はい、部屋を一週する程には回復なさっております」
「左様ですか」

 ふいに、ガイと呼ばれた金髪少年が執事の後ろで控えているエドガーに目を向けた。視線を感じたエドガーは、何をするでもなく目の前の少年二人を見比べる。
 時折「うー」「あー」と言葉とも言えない声を上げる赤毛の少年が護衛対象のルークの筈だ。十歳になる筈の少年なのだ。身体的にはそれ相応であるが、如何せん言動が赤子同然。
 対するガイは、ルークよりも年は上であろう。見た目からして使用人になりたてか、使用人見習いかと言った所。しかし何か引っ掛かる。使用人らしからぬ何かを彼から感じるエドガーは暫しガイを見つめた。

「こちらは使用人のガイ・セシルという者です。ガイ、彼は旦那様がご贔屓になさってる傭兵のエドガー・アルタス殿です」
「ガイと申します。宜しくお願い致します」
「エドガーです」

 返事を返すエドガーからはこれといった感情は見受けられない。常に「面倒臭い」と思っていることすら感じられない。しかし彼はどうしても腑に落ちていなかった。

「それでは私は執務に戻りますゆえ」

 そう言って静かに部屋を後にする執事を横目に、エドガーはもう一度改めて二人の少年を見る。見つめられる側のガイは至極気まずそうであるが、彼は構わず見つめ続けていた。

「……君はここに来てどのくらいだ?」
「はい?」

 ずっと黙っていたと思えば、エドガーは急な質問をガイに投げかけた。予想をしていなかったのか、ガイの反応が一歩遅れる。

「お屋敷に参りまして数年になります、エドガー様とお会いするのは初めてでしたね」
「そうか」

 エドガーは、用は済んだとでも言いたげに部屋の隅に置いてある椅子を引き寄せて腰掛けた。ずっとガイに腕を支えられ続けていたルークが、とうとう音を上げたのか、支えられたまま床にへたり込む。

「あ、ちょ、ルーク様!」

 ガイは慌ててルークの脇の下に手を滑り込ませ、上手く彼をベッドに座らせた。見るからに慣れた手つきだ。

「うー、あい」

 ベッドに座らされたルークは、数瞬体をふらふらさせた後、ポスンという音をたてて横になる。あっと言う間に寝息が聞こえ始めた。

「……」

 エドガーは見逃さなかった。ルークが眠りに入る瞬間のガイの表情を。
 彼は、ルークが寝息をたてた直後、この世の憎悪を全て詰め込んだかのような表情をしていた。瞬きの合間になされたようなその顔を、瞬きせずガイを見ていたエドガーが確認できたのは必然だ。それと同時に、エドガーは先程の違和感に合点がいった。

― 彼の言動の中に、貴族のような所作が見受けられる。 ―

 奇しくもそれは、使用人として優雅過ぎる立ち振る舞いを庭師に注意される前日の事であった。
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