七年間の日常

 エドガーがファブレ家への仕事が始まってから約七年。彼は、他の仕事がない日の日中は大抵ファブレ家の屋敷でルークと過ごしていた。何をするでもなく、只ずっとルークの行動を見守っている。ルークやガイ以外と会話する事も少なく、『ルーク様の背後霊のよう』と形容される事もあったほどだ。最近ではその無口さも緩和されているが無愛想には変わり無い。

「エド! 今日こそ俺と勝負してくれ!」

 そんな無愛想な彼にルークはひょんな事から懐いた。それからはエドガーの事を愛称で呼び、彼には自分の事を呼び捨てで、かつ敬語を取り払うように言っている。しかし彼にも立場という物がある為、二人きり或いはガイがいる時以外は皆と同じく敬意を示している。

「勘弁しろルーク。俺は手加減が滅法苦手だって言ってるだろ」

 そんな二人は今、ルークの自室で会話をしていた。ルークは自身のベッドに腰掛け、エドガーは窓際に寄りかかって立っている。必然的にルークがエドガーを見上げる形になる。双方とも立っていたとしてもその関係性が変わる事は一向に無いのだが。
 対するエドガーは、胡乱気な目でルークを見ていた。因みにエドガーの胡乱気な視線は日常茶飯事だ。

「手加減なんていらねーよ!」
「いや、お前に怪我させる訳にゃいかんのだが」

 やれやれ、と面倒臭そうな様子を隠しもせず、エドガーは溜息をつく。それを真正面から見た筈のルークは気も止めず「なあなあ一回だけ、な?」と言い続けている。

「ガイに頼め」
「今日は仕事で構えないって言われた」
「なんでそれで俺に来るんだ」
「だってエドは暇そう」
「俺だって仕事中だ」
「俺の見張りだろ? 平気じゃん」
「だからぁ」

 ルークの押しに困った様子のエドガー。七年前、感情を顔に出さなかった時より人間らしさが醸し出されるようになったものの、それに比例して中年臭さが出てきた。そんな彼は今年で三十路に差し掛かる。三十歳よりも年配に見えるのは彼自身も気にしたりしなかったりしている所だ。

「それにどうせ明日エド休みだし」

 ルークのその言葉に、彼は一瞬体を強張らせた。

「……ご当主から聞いたのか?」
「? だってエド、毎年レムデーガン23の日は来ねーじゃん」
「……」

 なんとも言えぬ顔でルークを見返すエドガー。
 彼の言う通り、この七年間エドガーは毎年決まってレムデーガン23の日にファブレ家へ来る事をしていなかった。他にも不定期に休む事はあるが、それは別の仕事が入った時且つ当主であるクリムゾンの了承を得た時、頻度はまあまあ。
 しかし毎年レムデーガン23の日は、ファブレ家での仕事に限らず何の仕事もいれていないようにしているのだ。その理由は彼の過去と密接に関係している。
 しかしエドガーがその理由を口に出すはずも無く、その代わりに深い溜息を吐いた。

「ルークは末恐ろしい観察眼を持ってるな」
「屋敷に軟禁状態じゃやる事ねーもん。エドの日程くらい憶えてら」
「普通の勉強でもその記憶力活かせりゃ良いのにな」
「うっせーよ!」

 その後も先程と同じように、ルークがエドガーに「勝負して欲しい」とせびり続けた。エドガーも変わらずのらりくらりとその要望を避け続け、最後は「剣舞くらいなら見てやる」と妥協案を出した。これ以上言っても効果がないと判断したのか、そこには渋々頷くルークの姿があった。

「じゃあ一緒にやろうぜエド」
「俺はアルバート流じゃねえ」
「なら後でエドの流派の剣舞見せてくれよ」
「自己流だから剣舞も何もねえよ」
「はあ!?」

 不公平だ! と嘆くルークだが、その手には既に木刀が握られている。
 文句を言いながらも時折緩む頬は、明らかに先程よりも機嫌が良い事を示している。自分の好きな事を自分の好きな人——決して恋愛感情ではなく親愛や敬愛に近い——と行う事ができる事実が嬉しいのだ。
 そんなルークからの純粋な好意に、エドガーは人知れず薄く笑った。面倒だ、と思いつつも満更でもなさそうである。どうしても困ったような、眉をハの字にするような笑みになっているが、鬱陶しいとは思ってはいない事が分かる。

 ルークはこの関係性に心地よさを感じていた。歳こそは離れているが、何も着飾る事無く付き合えるこの関係性に。歳が離れているからこその甘えも、エドガーなら父とは違って聞き入れてくれると知っているからでもある。ルークがそれを“甘え”だと認める事はないが。

 エドガーはこの距離感に安心を感じていた。ルーク自身無意識ではあるが、エドガーの過去を聞こうとはしない事に安心していた。ルークとしては本能的に“聞いてしまえばエドガーが離れてしまう”と感じているのかもしれない。エドガーは、ルークのその無意識の配慮に感謝すら感じている。

 そんな彼らは今日も今日とてのんびりと一日を過ごしている。ルークの剣舞を見かけて、そこにガイが加わる事も日常の一コマだ。