潮風の魔神(仮)1
さざ波の音、湿気を含んだ風。微睡む中感じるそれらがとても心地よくて起きる気がわかない。そんな気持ちの良い起床の時、いつもは無い気配を近くに感じた。敵意は、無い。あればこんな風に微睡むような事はしない。
そう言えば以前もこんな事があったか。日の光に照らされて、キラキラ輝く水晶色の縁取りがされた彼。陸地の風を纏ってくるからすぐ分かる。時々ここに来ては「我の責務を取るな」と不満そうに言う声が今にも聞こえそうだ。
しかし、現在感じるのは土と鉱石が混じる香りである。ああなんだ、君か。そう合点がいった所でようやっと重い瞼を開けた。
「起こしたか」
起こすつもりは無かった。そう暗に伝えようとする言葉だが、彼は俺が起きる事を期待して近くまで来たのだろう。そう言う奴だ。長い年月を生きる彼であるが、時間が有限である事をよく知っている者だから。
霞む視界が段々と明瞭になっていく。視界の先にいるのは、暇つぶしの為に持って来たのであろう本を片手に、石段で優雅に座っている岩神、モラクスである。
「おはよう、よく寝ていたな、潮」
「ああ、おはようモラクス」
ふあ、とあくびをしながら寝ていた体勢から身を起こす。大きく伸びをすれば凝り固まった関節やら何やらがようやっと動ける準備を整わせる。伸びた後一気に弛緩させれば活動開始の合図だ。
「お前が俺を起こしに来るなんて珍しいじゃないか、なんかあった?」
「少し話があってな」
「待って、話始める前に『掃除』する」
まだ上半身しか起こしていない。片膝をついてから立ち上がり辺りを見回す。海に囲まれた岩槍の島。ここは孤雲閣の頂上にほど近い平地だ。
『掃除』とは、この辺りに出没する妖魔を退治する事である。ついでにただのヒルチャールや、最近出没するようになったアビスの末端なども退治している。
見渡してみれば、璃月港がある大陸側からここに来る道すがらの敵影が綺麗になくなっている。恐らくモラクスが俺を起こしに来る道中に倒してきたのだろう。そのくらい彼なら造作もない。
彼の得物が槍であるように、俺の武器は弓だ。昔は術で風や波を作り出して妖魔狩りをしていたが、モラクス自身に止められたのだ。頼むから気軽に島の数を減らしたり増やしたりしないでくれ、と。いささか術の規模が大雑把だったのは自覚している。「妖魔退治をしてくれるのはありがたいのだが……」という言葉から始まるお願いに応えるために術の精度を上げる用途で使っている。
弓を引く、矢を放つ。
幸いここは海辺である。泳げないヒルチャールは海岸から少し遠い所まで吹き飛ばせば事が済む。アビスや、現代で遺跡守衛と呼ばれる機械仕掛については、少し力の加減を調節すれば事も無げに退治できる。最初こそ調節に手こずったが、今では慣れたものだ。
「さすがだな『潮風の魔神』」
「あのさ、訂正し損ねた俺も俺だけど、説明が面倒だからって仙人達に『ソレ』で俺を紹介するのやめろよ、俺も説明できないんだから」
「本人に出来ない説明を俺にさせるのか?」
「モラクスなら出来そうかなって」
「残念ながらお前のような存在を他で見た事がない。前例が無い物の説明は難しい」
「だろうなぁ」
粗方周りを片付けた後の会話である。この会話も何度目だったか。
「それで? 話って?」
「準備が整い次第神の座を降りようと思っている」
時間たっぷりの間。
「はぁ?」
無言の間の後、それしか言葉が出てこなかった。
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