潮風の魔神(仮)5

「ようモラクス」
「今は鍾離だ」
「はいはい」

 魈の質問攻めから逃れて望舒旅館から出て行った所、荻花洲の方から土と鉱石の香りがした。これはモラクスの気配だ。そう思って手持ち無沙汰の俺はふらっとそちらへ行った。モラクス、基鍾離が何かを待っているかのように立っていたので話しかけたのが先ほどの会話だ。

「仙人達の所に行ったのではなかったのか?」
「俺が内陸に行くと思うか? 望舒旅館に寄って魈に璃月港の様子を話しただけだよ」

 空から俺の事を聞いていたのだろう、タルタリヤと別れた後の俺の行動について言及された。が、俺は元々海辺が居心地良いと思っているため、滅多な事が無い限り内陸には行かない。
 チラリと俺を見下ろす鍾離。口元が少し笑っている。

「その後魈の質問攻めに耐えられず逃げてきたと?」

 俺が魈に弱い事を知っているコイツはことの顛末を思い浮かべたのだろう。やかましいわ。

「うるさい、お前の事言わなかっただけ感謝しろ。……で、鍾離はここで何を?」
「旅人を待っている。先日旅人が璃月七星『天権』の凝光に呼ばれてな。そろそろ群玉閣から降りてこちらに着く頃だろう。合流した後、野生の瑠璃百合を探して送仙儀式の準備は完了だ」
「ふーん」
「お前の子守唄で咲かせるか?」

 自分自身の送仙儀式にえらく労力をかけるな、くらいの気持ちで聞いていたら思いもよらない提案をされた。

「勝手に子守唄にしたのは璃月人だろ、俺にとっちゃただの鼻歌だよ」

 孤雲閣で一人でいた頃から、潮風が吹いて気分が良いと鼻歌を歌っていた。いつしかその旋律が璃月港に届き、何故か子守唄として伝わっていたのだ。海賊や宝盗団が落としていった酒で星見酒をしながら歌う事が多かったため、確かに夜の方が歌う頻度が高かったかもしれない。が、勝手に子守唄にされるとは思わなかった。
 ちなみに余談だが断じて酒は奪ってはいない。妖魔退治のついでで騒がしい者共も片付けたら落ちていただけだ。

 そうこうしている内に空と合流した。位置関係的に見えなかったのか、鍾離の影からひょっこり顔を覗かせた俺を見た空に驚いた表情をされたのは別の話。……俺が小さいのではなく鍾離がでかいだけだ。


 ◆ ◆ ◆


 野生の瑠璃百合を見つけ、空がモンドの歌を歌ったところトリックフラワーになった。もしこれが空ではなく鍾離だったのなら手を叩いて大笑いしただろう。パイモンが地団駄を踏んで喚いている最中「あの」と言う高めの声が聞こえた。

「瑠璃百合をお探しですか?」

 この声には覚えがある。確か過去にモラクスが連れてきた半人半仙の子だ。

「こんにちは旅人……えっ、潮様!?」

 ……甘雨、お前も俺を見失ったな? 確かに鍾離の影に入る立ち位置ではあったけれど、2回連続は流石に傷つく……いやそうでもないか。

「ど、どうしてこちらに!? それに潮風の神気が……」
「? ……ああ!」

 なるほど、そういえば荻花洲で空を待っている間、鍾離に神気の抑え方を聞いたのだった。試してみたら案外簡単にできたのでそのままにしておいたのだ。成る程だから空も甘雨も俺に気付かなかったのか。

「この間璃月港で俺の、神気? に感づいた人間がいたから抑える練習してたんだ」

 今でも思い出す、タルタリヤの爛々とした目。アレは根っからのバトルジャンキーで、強い者への鼻の良さは人一倍あるのだろう。もしも今、彼と似たような戦闘狂が現れた時、俺が視界に入ってもスルーされる程度である自信がある。

「そう、でしたか。先触れを出して頂けましたらお出迎えしましたのに……。ご挨拶が遅れて申し訳ございません、御前を失礼いたします」
「いいよそう言う堅苦しいの、それが嫌で遠ざけていた節もある。……初めて会った時は突き放した態度で悪かったな」
「あの、いえ……」

 モラクスが初めて甘雨を連れてきた時の事。態々孤雲閣に甘雨を連れてきたモラクスが甘雨の紹介をして本人が挨拶をした。その時俺はとある事情でモラクスに対して怒って、その後すぐ頭を冷やすために秘境に籠ったのだ。正直あれは甘雨ではなくモラクスが100%悪いので、この子には申し訳ないことをしたと思う。

「二人は初対面じゃないんだな」

 俺と甘雨を見比べながらパイモンが不思議そうにそう言う。

「ええ、璃月港を出入りする船の航路について、孤雲閣付近を通る許可を頂きに以前伺いました」
「孤雲閣を通るのに潮の許可が必要なのか!?」

 パイモンが「なんで!?」と叫ぶ。そう言えば俺が孤雲閣を寝ぐらとしている事を言っていなかった。特に知らせる必要もなかったからだ。

「俺の許可なんて本来はいらないさ、普段俺が孤雲閣で過ごしてるから『船が通る事がありますが貨物船だから気にしないで』くらいの報告で良かったんだ」
「そういう訳には参りません、孤雲閣は潮様の領地と言っても過言ではありませんもの」
「いや俺領地も領民も特に無いけど」
「あぅ……」

 困らせるつもりは無かったのだが甘雨に項垂れられてしまった。

「なんで孤雲閣で過ごしてるんだ?」

 話をずっと聞いていた空が首を傾げながらそう問う。
 ……世間的には岩神は死んだ事になっている。死人に口無し。俺の主観で物言っても咎める者はいないはずだが、いかんせん死んだ振りをして凡人の真似事をしているモラクスは俺の隣にいる。
 本当の事を——モラクスが放った封印の岩槍の所為で孤雲閣に縫い留められているという事を、本人の前で言うのは流石に時期的にも憚られた。

「俺が『潮風の魔神』と呼ばれている事を忘れたか?」

 にっこりと笑って空の問いにそう返事した。問いに答えたわけでは無い。ただ、質問に質問を返しただけだ。空がどのような想像をして納得をしようが、俺の与り知らぬ事だ。
 俺の隣からほっと息をつく気配がした。安心した所悪いが、俺はいつかお前の口から説明させる気だからなモラクス。それまで口上を考えておくんだな。

 そのあとようやっと話が戻り、甘雨から野生の瑠璃百合を受け取った一行と璃月港に戻る事となった。暇を持て余していた俺も着いて行くことにした。
 一つ気になる事があるとすれば、甘雨が瑠璃百合を咲かす際に璃月の民謡歌った事に何故か申し訳なさそうにしていた事が解せない。いやだから俺の鼻歌は別にいいって。鼻歌聞かれた挙句勝手に子守唄にされたの中々に恥ずかしいんだからな。