潮風の魔神(仮)4
タルタリヤに会った次の日、予定通り北国銀行で空たちと待ち合わせ、銀行内の受付に話を聞いて瑠璃亭に来た。個室に案内され、そこにいたのは岩神モラクスだった。「(なんでいるんだよ)」
瑠璃亭に入った時から土と鉱石の匂いが漂っていた。まさかと思ったがやはりいた。モラクスも気付いていたのだろう、心なしかゆっくり瞬きするだけであとは椅子を勧めるように手で指し示すだけだった。
「鍾離先生、こっちは異邦からの旅人、空とパイモン、こちらは仙人様からの使者、潮だ」
仙人の使者と聞いた瞬間モラクスの目元がピクリと動く。変に反応するなこちらも割と混乱してるんだから、なんでお前人間のフリしてんだ。
鍾離の紹介をしているタルタリヤの声はもはや聞こえない。よくもまああの神気を隠していられる。
「仙人の使者とは知らずご挨拶が遅れた。俺の名前は鍾離、往生堂の客卿をしております。璃月の平和は貴方がた仙人のお力あってこその事。この場をお借りし御礼申し上げます」
ゾワゾワと肌が粟立った。やめろお前他人に頭を下げるの本当に似合わないな!? 態々立ち上がって礼を尽くすその姿を見て思わず目を瞑ってぶっきらぼうに口を開いた。
「俺の事は気にするな。そもそも俺は仙人ではない、ここで聞いた事を仙人へ伝えるだけの者だ」
「ご配慮感謝いたします」
ここにはファデュイも空とパイモンもいる。自身が岩神である事は知られたくないだろう。適当に合わせて早々に魈の元へ戻ろう。
◆ ◆ ◆
「納得したのなら俺についてこい。詳細は歩きながら話そう」
モラクス、ではなく鍾離が、送仙儀式の重要性を語った後空にそう言い席を立った。彼の背を見送った後にタルタリヤが空に対して得意げに口を開く。
「よしっ、これで俺の橋渡しとしての役目は終わった。どう? なかなかの結果だろう? さあ、行くなら早くした方がいい、俺の事は気にしないで。ここで数杯いただいて……ついでに『箸』の使い方でも練習してるから」
にこりと笑顔で締め括るタルタリヤ。空がそれを聞いて頷き席を立つ。席を立つ際に「行こう、潮」と声をかけられた事もあり俺も立ち上がる。ここに残る理由もない。
「あれ? 潮も行っちゃうの? お話できると思ったのになあ」
ここに残る理由は無いはずなのだが、目の前のファデュイに引き止められた。
「俺はお前と話す事はない」
「本当に? 仙人の代わりに事の真偽を確かめにきたというのなら、ファデュイである俺に用があると思ったのに」
「それは、ファデュイが帝君殺害に関わっているという自白か?」
「まさか! 弁明の余地をくださいという凡人からの懇願ですよ」
ニコリと、愛想が良さそうな張り付けた笑みを浮かべるタルタリヤ。この会話に空を付き合わせるのも不憫だったため、もう部屋から出るように視線を送る。しかし空はタルタリヤに対して警戒心を解かない。仕方ないので一旦空を先に行かせるために口を開く。
「空、先に行って送仙儀式の準備を進めな。どうせ俺はこの後すぐ仙人達の所に戻る予定だったし、略式でない送仙儀式の準備は時間がかかるだろう」
「でも」
「心配には及ばない。ここは璃月港のど真ん中だ。コイツも下手な事はしないだろう」
俺たちの会話に「酷い言いようだなあ」と茶々を入れる輩がいるが完全に無視する。
「行け、いざとなったらコイツを海まで吹っ飛ばすさ」
「……分かった」
望舒旅館から璃月港の道すがらで見せたり聞かせたりした俺の攻撃方法を思い出したのか、空は一つ頷いて部屋を出て行った。空が建物から出た気配を察知してから椅子に座り直す。
「それで? 公子タルタリヤが俺に何の用で?」
「言っただろう? 弁明さ。帝君殺害にファデュイ……少なくとも俺は関わってない。俺なら暗殺なんてせず真っ向から勝負する、その方が面白い」
「……お前以外のファデュイは関わってると?」
後半部分は黙殺した。突っ込んだ所で藪蛇だろう。いらない情報ほど無駄な物は無い。
「それは俺の預かり知らぬ所だよ。俺ってば実は執行官の中だとじゃじゃ馬扱いされてるからさ、俺の知らない所で計画が進行してるとかもしょっちゅう」
「ふーん」
「興味ないって感じだね」
その通り、興味が無い。無いどころか皆無だ。
「潮ってさ、やっぱり強いんでしょ? 仙人の中じゃどのくらい? 璃月港までお使い頼まれるって事は下の方なの?」
「俺は仙人じゃない。だから比べた事もない」
「えーでも絶対凡人より強いでしょ?」
何度も食い下がるタルタリヤ。昨日もしやと思ったが、これは本当に戦闘狂の空気だ。目が爛々と輝き、表情が『早く戦ってみたい』と語っている。それを見て自然と半目になってしまう自分がいた。
「……ひとつ、俺の情報を開示しよう」
「お、何々?」
まさかやる気になったとでも思ったのだろうか。タルタリヤが身を乗り出さんばかりに聞き返してきた。
「俺は、基本的に、争いの類が嫌いだ」
「へ?」
俺の返答が期待外れだったのだろう。不思議そうな表情をしたタルタリヤが口を開けたまま呆けている。
「魔神戦争も、争いが嫌いという理由で協力を拒否した」
「……」
「守る為なら大いに力を振るうが、それも俺の中では特例だ。分かったら足元の水元素を下げろ、勝負関係無しに問答無用で海に放り投げるぞ」
実は席を立った瞬間から足元を水元素に掴まれていた。振り払うのは可能だが、その拍子に部屋を水浸しにするのは憚られたためこうして対話をしているのだ。
「守るっていうのは璃月の事? じゃあ璃月港をぐちゃぐちゃにしたら戦ってくれる?」
まだ言うか。流石に思わずため息を吐いた。
「俺が手を下す前に仙人がお前を排除するだろうな」
「それはそれで魅力的だな……」
思わず正気か疑うくらいの戦闘狂だった。鬱憤でも溜まってるのかと逆に心配になるくらいだ。人間でこんなに好戦的な個体もいるのだなと他人事のように考えてしまった。
しかし最低限の分別は付くようで、意外にもあっさりと足元の水元素がするすると退いていった。
「何だか乗り気じゃないみたいだから今日の所はこの辺で。また今度誘わせてよ」
「先に返答しておこう、断る」
改めて席を立って部屋から退室した。中々にしつこい男だった。
璃月港に着く前から一応神力や仙力と言われるような気配は漏れないように気を配っていたはずだが、昨日の時点でタルタリヤにバレていた事を鑑みるにやはり大雑把過ぎたようだ。今度モラクスに神力を隠す時のコツを教えてもらおう。
◆ ◆ ◆
それからすぐに望舒旅館に戻ったら魈に仁王立ちで待たれていた。
まだ帝君殺害の犯人が不明な事と、七星が情報統制のために仙祖の亡骸を隠した事と、送仙儀式の準備をしている事と、ファデュイが何かしら暗躍している事を伝えて早々に離脱した。『それで、何故最初に知らせなかった?』と、帝君逝去の日の話を蒸し返されたからだ。伝える必要がないと思ったからとしか言えないし、詰め寄られたら目が泳ぐくらいはする自信があったからだ。今思い返しても魈の目が完全に据わっていた。
望舒旅館に戻るのも再離脱するのも全て自分の足で行った事に後から後悔した。ワープ教えてもらっていたのに忘れていた。まあ良いか。