THE STONE WORLD


一緒に心も奪われました

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スタンリーが買ってきた惣菜や酒類をテーブルに広げ、私たちは雑な夕食を食べていた。とは言っても、ゼノはいつまでも無言を貫き通し、水をちびちび飲んでいるだけだった。

「・・・スタンリー、ありがとう。あなたのお陰で私はゼノのことを少し知ることができました」
「どーも」
「でも、やっぱり理解できません」
「なにが?」
「ゼノがどうして私を好きでいてくれるのか」

そう言ったら、彼はあからさまに「それは本人に聞けよ」という顔をする。それはそうだよな。でもゼノは今絶賛、魂が行方不明だし・・・。
横を見ると、彼は同じタイミングで向こうを向いた。その途端に、スタンリーの笑い声が聞こえる。彼、もはや笑っているのが普通になってきた。

「ったく、しゃあねぇな。ナマエ、なんでそう思うの?」
「だって私は、私は犯罪を・・・」

それ以上口にすることはなかったが、彼には伝わったようだ。「ああ」と頷いてから、すぐに煙草を外した。

「それくらいどうってことねぇよ」
「『それくらい』・・・?」
「だってこいつ、前科持ちだし」

思わず酒が手からすり抜けた。幸いそれは真下のテーブルに落ちて、中身を零すことはなかったが・・・ゼノが前科持ち?そんなことは初耳だった。

「まあ俺も共犯みてぇなもんだが。学生の頃銃作って捕まったんだ。な?だから好きな女が犯罪やったくらいじゃ、どうってことねぇよ」
「・・・銃を作るのと、人を殺そうとするのはかなり違うと思いますが」

さっきは言葉を濁したが、無意識に自分の弱味を暴露してしまった。けれど、彼は少しも気にしない様子で、「へぇ、人殺そうとしたの」と言う。

「じゃあさ、あんた殺してやれば?こいつさっきから殺してほしそうにしてっから」
「え?何をそんな・・・」
「弱味握られてんだろ?まあ俺もたった今聞いちまったけど。口封じに丁度いいじゃん、ほら」

冗談混じりにバターナイフを差し出してくる彼。ついそれを受け取ると、私はそれを隣にいるゼノに振りかざすこともなく、ただぽつりとお礼を言った。

「・・・ありがとう」

ちょうどバターを使いたいと思っていたところだった。パンにバターを乗せ、適当にサラダやら肉やらをよそってゼノに差し出す。ほら、いつまでも食べないでいると、お腹が空くだろうから。

「ありがとう。あの時、私を止めてくれて」

ありがとう。もう一度、今度ははっきりとそう言うと、ゼノはきちんと座り直してその皿を受け取った。
そして、ようやく口を開いてくれる。

「確かに言ったな、『やめた方がいい』と。でも違う。あれは僕のために言ったことだ。僕のために君を止めただけ」
「・・・それは、どういう意味?」
「だって君が捕まったら、君のことを眺めながら仕事ができないじゃないか」

彼の発言に目を瞬かせた。

「な?言ったろ?こいつマジ、あんたのこと好きすぎてイカれてる」

いつも自問自答していたけれど、今日は彼が答えてくれた。私たちの関係、そこに愛はあるのか?とりあえず私の方はおいといて。

そこに、愛はありました。


「で、どうなの」
「え?」
「あんた、ゼノのことどう思ってんよ」
「スタン・・・ここでそれを聞くのか」
「はあ?むしろ今しかねーじゃん」

ゼノは私が適当に乗せただけの夕食を食べ終わると、テーブルに皿を置いた。
彼の顔を見つめると、一度目を逸らしてからおそるおそる目を合わせる。なんだかあの時と立場が逆転しているような。

「ゼノ、なかなか面と向かってお話してくれなくて、ただ人と関わることに興味がないのかと・・・」
「そんな、君と面と向かって話せるわけがないだろう」
「仕事もぜんぜん回してくれなくて、頼られていないのかと・・・」
「まさか!君に余計な仕事をさせるわけがないだろう」
「あと、その・・・雰囲気っていうか、いつもピリピリしていて・・・クマも」

これはあんまり触れちゃいけないかったかな。そう思いながらおそるおそる言ったら、ゼノは両手で顔を覆いながら呟いた。

「君のことを考えると眠れないんだ」
「俺から話振っといてなんだが、もうこの辺でやめとけ。こいつマジで死ぬ」

今日一日スタンリーに笑われているゼノを見ていると、なんだか可愛く思えてきた。以前の私なら有り得なかっただろうな。
体と一緒に心も奪われてしまった。頭の中ではずっと否定していたけれど、それは恋心だったのかもしれない。自分に好意が向けられていると分かると、都合よく自分の心を入れ替える性格の悪い女だ、私は。

「もっとちゃんと話がしたいです。私、あなたについて何も知りません」
「・・・わかった」
「あと、さっきはああ言っていましたけれど、寝不足なのは絶対に仕事のし過ぎです。私にも仕事をください」
「ああ、わかった。そうしよう」
「それから・・・あの時、私から取り上げたあの『薬物』。何度聞いてもうやむやにされていましたが、いい加減教えてください。あれは今どこに?」
「それを聞いて、どうする気だい?」
「返してください。自首をしようと思います」

私の言葉に、ゼノは少し微笑んだ。

「その必要は無い。あれはただのビタミン剤だ。君はそもそも法を犯してなどいない」
「え?」
「近いうちに言うつもりだった。つい最近、成分やら何やらを調べさせてもらったよ」

ゼノは言った。
あの『薬物』は偽物だったと。

だったら、私はありもしない事実のせいで、必要のない脅迫をされていたということ?初めから私には弱みなんかなくて・・・彼は私を利用していただけ?
なんだそれ。

「へぇ!じゃああんた何もしてねぇじゃん。ゼノが得しただけじゃん。どんまい、あんたやり損だったな」
「スタン!そんな言い方はよせ」
「いいえ、大丈夫です。勘違いしていたのは私の方ですから」

私は何も気にしていない風を装って、新しい缶を開けた。



「嘘でしょう」

これでも私は科学者の端くれ。自分の扱う薬物の成分くらい、分かって当然だ。もちろん薬学が専門というわけではないけれど・・・それを言うなら彼も同じ。あの薬物は確かに本物だった。断言出来る。

「あれは、嘘でしょう」

私を自首させないための、その場しのぎの嘘。
翌日、私は出勤してすぐにゼノのデスクを訪れた。昨日はスタンリーがいたから納得したフリをしてその場で話を終わらせたが。はぐらかされたまま完全に話を終わらせる気は無い。
彼はすぐに『嘘』という言葉の意図を汲み取って、私を見上げた。

「通じない嘘だとは思っていたが・・・。まさか朝一番にやってくるとは思わなかったよ」

彼はあっさり認めた。

「そう、嘘だ。『あれ』は本物。最近調べたというのも嘘。『あれ』は然るべき手段を用いてとっくに処分した。もう手元にはない」
「本当に?」
「これは本当だ。君の仕事は抜かりないから、入手経路も分からず終い。僕が追えないのだから、他の誰にも追えないだろう」
「それも調べて・・・」
「さらに。あの日あの時間帯の女子更衣室の防犯カメラは、たまたま壊れていたようだ。確認したが、何も映ってはいなかったよ」

・・・たまたま・・・・
疑うような視線を向けるが、彼はただ笑うだけ。決して冗談を言っているようには見えなかった。

「さあ、これで証拠はなくなった。自首をしても意味が無い。たとえ君の殺意が本物だったとしても、未遂の事件で警察は動かない」

彼のことだから予想はしていたが、やっぱり仕事が早かった。
「そうですか」とそれだけ言って自分のデスクに戻ろうとする私を、彼は呼び止めた。

「待って」

なんとなく、引き止められそうな気がした。特に驚くことなく、顔だけで振り返る。

「ランチ、一緒にどうだい?」
「あ、はい。仕事の話でしたら今すぐにでも・・・」
「違う。君と話がしたいだけだ。当たり障りのない話を」

当たり障りのない話。
彼は言いながら立ち上がって、私の手を取った。そして左手の薬指に、あの時と同じようにそっと唇を触れる。

「君のこの指が欲しいんだ。だから、僕と交換してほしい」
「それは・・・」
「そのためにもっとお互いのことを分かり合わないといけない。だから話をしたいんだ」
「・・・そういうことですか」
「そう。昨日君にも言われたことだ。それに、さすがにもう行動を起こさないとスタンに呆れられてしまうから」

昨日のことがあったからすんなり受け入れてしまっているが、これは本当に今までの彼と同じ人間なの?まるで別人だ。

「あー!!やっぱり口説いてんじゃねえか!俺見ちゃったぞ!」

突然どこかから大声が聞こえてきた。振り返るまでもなく、その声の主はこちらにズカズカ近づいてくる。

「おお百夜。おはよう」
「おはよう!っしゃあ!つまり俺の目に狂いはなかったってことだな!?」
「何の話だ?それは」
「お前らがコレってこと」

百夜は手でハートを作った。いまいち様子が掴めていないゼノに、簡単に解説を入れる。

「この前、百夜が突然そう言うので私が否定しておいたのです」
「なるほど。それなら、もう君にそう否定させてしまうことがないよう・・・努力をしよう」

ゼノはそう言うなり私の頭にそっと手を置いて、斜め上からまっすぐ目を見つめてきた。相変わらずクマがある。でも今はいくらか優しい表情だ。
今度は目を逸らさずに見つめ返していると、彼は少し微笑んでから額にキスをした。




+おまけ

スタンから電話がかかってきた。

「なあゼノ、あれどうした?この前言ってた『ビタミン剤』とかいうあれ」
「ああ、あれね。彼女から徴収してからすぐに処分したよ。なに、方法を聞きたいのか?」
「ちげぇから。・・・だよな、やっぱり本物だよな。じゃなきゃゼノ、わざわざ声掛けて止めねぇもんな」

僕の嘘、スタンにも勘づかれていたらしい。

「それで、何を言いたいんだ君は」
「彼女、気づいた?嘘」
「真っ先に問い詰められたよ」
「あっそう?それなら、やり損言ってごめーんっつっといて」
「気にしていたのか」
「まあね。あと、せっかく腹割って話したんだから・・・まあ俺のせいだけど。上手くやれよ。そんだけ」
「ああ、どうも。一時はどうなることかと思ったが、心配はいらない。君には感謝しているよ」



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