THE STONE WORLD


ついでに彼も※されました

可哀想なゼノ。

+++




「よーゼノ!おかえり」
「おお・・・スタン?何故君がここに?」
「別に用はねぇ。帰る途中になんとなく寄っただけ」

結局、ゼノが帰ってくるまで私はただひたすら寝たフリを続けた。いや、彼が帰ってからも同じように微動だにしなかった。できないできない。この状態で起き上がったら、気まずさで死んでしまう。

「君の顔を見るのは久しぶりだな。最近はどうだ?あまり連絡が取れなくて済まないね」
「そんなん別にいい。まあ変わらずぼちぼちやってんよ。それよりゼノ」
「なんだい?」
「彼女、寝てんぜ」

思わず指が動く。

「・・・そうか」

ゼノは静かに驚いていた。彼に限って、合鍵を渡していたことを忘れることはないだろう。ただ単純に・・・私がリビングのソファーで寝ていることに、今気づいたという様子だ。でも大丈夫、起きていることに気づかれてはいない。

「スタン」
「ん?」
「この部屋の様子を一目見てだいたいのことは察したが、君は・・・ここで何をしていたんだよ」
「あんたの帰り待ってた」
「違う。そうやって僕の帰りを待つ間、ここで何をしていたんだよ」
「ああ・・・それなら彼女のこと見てた」
「僕のいない間に何をしているんだ、君は」
「は?だから彼女のことをだな・・・」

なにやら不毛な会話をしているな。ゼノは友人が繰り返す説明に「はあ」とため息をついて、荷物を下ろした。そして私が寝ているソファーの前を通り過ぎたかと思えば、すぐそこの窓を開ける音が聞こえてくる。

「彼女は嫌煙家ではないが、寝ているところにわざわざ毒ガスをばら撒くなよ」
「毒ガスって大げさ。いいじゃん」
「よくない。まったく・・・そもそも僕の家で煙草を吸うこと自体やめろといつも言っているのに」
「ああ、悪いね。ところでさ、ライターない?俺のそろそろ切れそう」
「悪いと思ってないだろ」

ゼノが窓を開けると、そこから風が吹き込んできた。まだ暖房をつけるほどではないが、そろそろ冬が近づいてきたせいか少し肌寒い。しかし今の私は眉ひとつ動かすことができないので、じっと耐えるしかなかった。
そんな時。

「っくしゅん、」

あ、死にました。大きなくしゃみをしました。反動でうっすらと開いた視界の先で、ゼノとその友人が驚いたように私のことを見ていた。

「あ、お、おかえりなさい・・・」

死にたい。今すぐ窓から飛び降りたい。口元を手の甲で覆って瞬きを繰り返す。のっそりと起き上がると、髪を手ぐしで整えながら、さも初めてその存在に気づいたかのように、向かいに座る友人に向かって「は、ハロー」と言った。
彼は片手を上げて、指をくいくいと動かして返事をしてくれた。だっ大丈夫、狸寝入りに気づかれてはない。たぶん。

「おおナマエ、寒かったかい?起こしてしまってすまない」
「いえ、そんな」
「彼が撒き散らした煙草の臭いをどうにかしようと思ってね。ああ、彼は僕の幼なじみで・・・」

ゼノはすぐにソファーに近寄ってきて、床にずり落ちてしまった私のジャケットを拾うと、肩にかけてくれた。
彼はスタンリーというらしい。軍人をやっているらしく、まあポテンシャルが高いなあという印象。なにより女性のように美しくて、一瞬見とれてしまった。ソファーのど真ん中で足を組んで煙草を吸う彼の美貌は、その態度のでかさを許容できるほど。

「驚いたろう?まだ眠たかったら奥の寝室で寝ているといい。僕は彼を追い出してくるから、少し待っていてくれ」
「はあ?追い出すってなんだよ、ひでぇじゃん。語ろうぜもっと。そのために来たのにさ」
「悪いが僕は二人同時に相手できるほど器用ではない。スタン、君には悪いが日を改めて・・・」

でも、軍人さんということはなかなか休暇がとれないはず。あまり詳しくはないが、いつでも休めるわけではなさそうだし・・・さっき、彼らは久しぶりに会うと言ってた。それなら邪魔なのはむしろ私の方だ。

「えっと、じゃあ私帰りますから・・・。邪魔をしてはいけないので・・・それでいかがでしょうか」

私とゼノの間には『契約』にも似た関係がある。今日彼の『誘い』があった以上、勝手に帰ることはできない。あくまで提案という形で彼に尋ねてみたら、ゼノではなくスタンリーが返事をした。

「あーいや、そりゃ確かに悪いな。約束してたろ?俺はたまたま今日、ここに勝手に来ただけだかんな」
「そうだ帰れ」
「でも俺だりぃわ。絶対帰んなきゃダメか?泊まるつもりで来たし」
「・・・ああ、そういえば君はいつも突然僕の家に来て、当たり前のように居座るよな」
「今日も買ってきたぜいろいろ。どうせロクなもん食ってねぇだろ。あ、じゃあさ!あんたも一緒にどう?」

スタンリーはそう言いながら、袋から缶を一つ取り出し私の方に投げた。慌てて両手でキャッチする。外の冷気のせいか少し冷たかった。

「酒飲めんだろ?少しは」
「は、はい飲めます」
「じゃあ決まりだ!おいゼノ〜、これ完璧に冷えちまった。あっためて」
「はあ?スタン、何勝手に・・・」
「いいじゃんたまにはこういうの。それに俺、あんたの惚気だけじゃなくて本人とも話してみたかったんだよ」

「・・・惚気?」

私が聞き返した直後、場が凍りついた。

「あ、わり。口滑った」

スタンリーはすぐに失言に気づいて、軽いテンションで謝った。それ以降、完全に静まる空気。やらかした彼をチラと見やると、少し焦った様子できゅっと口を閉じた。・・・何この時間。やっぱり窓から飛び降りてもいいですか?ゼノの顔を見れない。
それから何秒かしたあと。いや、体感では何十分と過ぎていたような感じがするが、とにかく何秒かしたあと。ゼノは私が少し浮くくらい勢いよくソファーにドカッと腰をおろすと、顔面に手を当てて

「スタン、君は最悪だ」

と言う。

「いやわりぃって!いや、ホントに!わざとじゃねぇから!マジだかんな!」

それを聞いて、即座に立ち上がって弁解し始める彼。申し訳ないとは思っていそうだが、笑顔を隠しきれていない。

「ああもう!なんなんだよ本当に・・・君は、そうやって僕のことをからかいにきたんだろう」
「んなわけ!」
「やめろと言うのに煙草もやめないし。この灰皿も、何度窓から投げ捨てようかと思ったか」
「それは許せって!俺の生き甲斐だ」
「・・・ここは君の家じゃない、僕の家なんだ。もういいからさっさと帰ってくれよ!」

そうやって投げやりに叫ぶゼノ。スタンリーはその様子がツボに入ったのか、悪びれもなく笑い始めた。テーブルをよく見ると、彼の近くには既に空の缶が置いてあった。もう酒が入っているらしい。
私は焦るしかなくて、でも彼らのやりとりに口を挟む隙もなく、若干腰を浮かせながらも傍から見ているだけだった。
そうこうしているうちに、ゼノはふいに立ち上がってスタンリーに掴みかかった。ああ、喧嘩が始まる!しかし彼は軍人として体を鍛えているだけあって、ゼノの両手を簡単に振り払ってしまう。

「あぁくっそ楽しい。ゼノ、俺やっぱあんたのこと好きだぜ!」
「僕は嫌いになりそうだ!」

二人はいつもこんな感じなのだろうか。
私は何を見ているんだろう。なんだか喉が乾いてきた。無意識にさっき渡された缶のプルタブを開け、一口飲んだ。そしてもう一口。
同じ身長とはいえ片方は細くて薄く、もう片方は腹の底から笑い声をあげているから、成人男性の喧嘩にしては生易しくて面白かった。

「こいつ、あんたのこと相当好きだぜ」

スタンリーはもう開き直ったらしい。ゼノに胸倉を掴まれながら、自信満々にそんなことを言った。私は缶の中身をすべて一気に飲み干した。



「ホント不器用なだけだから。ゼノ、よく難しい顔して変なこと言うじゃんよ?言わねぇ?」
「は、はい。心当たりはあります」
「な?そのお陰で勘違いしてっかもしんねぇけど、こいつホントあんたのこと好きだかんな」

ゼノはソファーに撃沈していた。先程の取っ組み合いで、いい加減笑いが収まってきたスタンリーが軽く関節技を決めたせいだ。さすがに意識はあるようで、ふてくされた顔で背もたれに頭を乗せ、腕で顔を隠している。

「で、でも。今までそんな素振り・・・ぜんぜんなかったというか」
「ゼノの迫真の演技ってとこか?俺には色々話してくれたぜ。いつからだ?たぶん半年くらい前から」
「半年・・・?半年・・・?」

半年とは?

「そしたら、ついひと月前に?電話がかかってきたと思ったら、なんて言われたと思う?」
「な、なんて言われたのですか」

私がそう尋ねた途端、ゼノは自分で自分の両耳を塞いだ。まるで生気が抜けているが、私たちの話が聞こえてないわけではないようだ。
スタンリーはその様子にまた肩を震わせながら、楽しそうに話し始めた。

「スタン、大変だ。彼女の弱みを握ってしまった」
「へぇ。ストーカーの成果?」
「違う僕はただ彼女を少し目で追っていただけだ」
「あ、そう。それで?」
「とっさに声をかけたよ。そしたら彼女凄く驚いてしまって、『なんでもするから見逃して』と・・・」
「なんでも?ゼノ、なんて言ったの」
「・・・『セックスしたい』と言った」

「もう爆笑じゃん。あの時ほどバカみたいに笑ったことないね」

当事者である私からしたら笑いごとではないが。

「でもそうは言ってもな?すぐに打ち明けると思うじゃん?アイラブユーって。だって実際何度か寝たろ?」
「えっと、まあ何回か・・・」
「そんなもんか。お互いフリーじゃねえの?」
「お互い寝不足なので」

ああ確かに。簡単な解説だが、私たちの職場について彼もある程度知っているのだろう。すぐに納得してくれた。
スタンリーは煙草を咥え、私の顔をじっと見つめてくる。

「?」
「その顔見る限り、マジでただのセフレって認識だったんだな。ゼノ、あんたやべぇよ。奥手過ぎてガチで引くわ」
「もういっそ僕のことを殺してくれ」

突然喋り出したかと思えば、ゼノは今度はソファーの脇の肘かけに倒れ込んでしまった。



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