ゼノの婚約者で元米軍。
それとなくロマンチストなゼノ氏。
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ゼノは私なんかよりもずっと博識で頭が良くて、私より背が高くて、・・・なんなら私より年上だけど。
「ゼノって案外子供っぽいかも」
「待ってくれナマエ。たとえ君が僕の愛するフィアンセであろうと、その発言はさすがに見逃してやれないよ」
「え、聞こえたの」
普段、実験や検証をしている時は何を話しかけても振り返らないゼノだが、今日は私のふとした呟きにめちゃくちゃ素早く反応した。
ひとりごとのつもりだったのに・・・しっかり聞こえていたらしい。たまたま作業に区切りがついたタイミングだったからだろうか。彼はすぐに聞き返してきた。
「僕のどこを見て子供らしいと?」
「あ、あのね、それは違くて」
「何が違う?僕に分かりやすく説明してくれ」
「だから、その・・・」
ぱっと思いついたことだったから、うまく理由が説明ができない。いやまあ、ごまかしようはいくらでもあるけれど・・・ゼノが納得するに足る言葉がうまく出てこないというか。
彼は職業柄、物事に理由を求める人だ。それは私の発言や行動についても同じことが言える。分かりきったことは相槌を打って終わりだが、こんなふうに尋ねてくる時は、彼が私の発言をまるで想定していなかった時。
点検済みのライフルを無意味にいじりながら彼の背後で目を泳がせていると、彼は早くも追求してくる。
「答えられない?・・・まさか聞くが、理由なんてものはなく、単に僕を傷つけようとしての発言だったりするのかい?」
「違うの、そうじゃなくて」
「ナマエ、僕たちの出会いはもう何千年も昔こことになるが・・・かつての君はこんなにも意地の悪い性格をしていただろうか」
ゼノの背中からどことなく哀愁が漂ってきた。ああやってしまった、ガチで落ち込んでいる。
そうだ、わざわざ考えなくても分かる。「子供っぽい」だなんて、とても成人男性に投げかけていい言葉じゃない。
なんて言えばいいだろう。
でも、私は何か理由があって言ったはずなのだ。無意味にこんな言葉を口にしたりなんて・・・何言ってんの、説明できなかったら意味が無いのと同じだ。
「はぁ、そろそろ休憩しよう」
いつまでも黙り込んでいると、ゼノはため息混じりに近づいてきた。とっても気まずい。怒られてしまうだろうか。
けれど彼は特に何も言わない様子で、後ろから肩に手を滑らせて片腕で抱き寄せた。ゼノはこんな時にもスキンシップを忘れない。その格好のまま、すっかり冷めてしまったランチに一口だけ手をつける。
「うん、美味しい」
それだけ言うと、すぐに元の場所に戻って行く。ゼノ、あのね。今のはとても休憩とは言えない。思わず立ち上がって彼のことを追いかけた。
「ゼノ、聞いて。お願い」
「なんだい?僕は君の話ならなんでも聞くよ。わざわざ許可を取る必要などない」
「そっか。じゃあ弁解するから耳だけ聞いてて」
「ああ聞こう。・・・そうだナマエ、そこにいるのならこれを持っていてくれ」
邪魔をしないように斜め後ろに立つと、都合がいいとでも言うように荷物持ちを任された。ガラス造りの変な形の容器。一般的なフラスコよりも複雑なそれの中には、何やら透明の液体が入っている。
どうせ、ただの水ではないんだろうな。軍で使うだけの科学知識しか知らない私は、たったそれだけの感想を持った。
「ゼノってさ、ほら。昔から変なこと言うじゃない?」
ゼノは即座に振り返った。
「・・・弁解のイントロにしては、さらに馬鹿にしてくるじゃあないか」
「あぁぁ、ちがうのちがうの!悪い意味じゃなくて・・・私が予想もしないこと言うよねって言いたいだけ!」
私ってこんなに口下手だったっけ。自分で自分に呆れていると、彼は早くも私の手からガラスの容器を奪い取って、また別の容器を渡してきた。なにやら道具諸々の整理をしているらしい。
それを傍目に見ながら、私は必死に続きの言葉を考えた。大丈夫、彼なら私に悪気がないことを分かってくれる。
「ゼノ、もう一回だけさっきと同じようなこと言うけど許して・・・?他に良い説明が浮かばないの」
「分かった。君の言葉で言ってみて」
「ゼノの発言って、・・・あんまり良くない言葉なんだけれど、たまに幼稚だなって思うことがあって」
ゼノはまた振り返った。ほんの少しだけ眉を顰めているが、素直に私の言葉を待っている。
「例えば、銃を作るだとか、飛行機を作るだとか。あと独裁者になるーだとか」
「それが幼稚だと?」
「そう。だから、そうやって子供が簡単に口にするような壮大な夢を、ゼノは大人になってからも言っているの」
それは全然悪いことなんかじゃなくて。大人になって、『普通』だったら諦めてしまうようなことも、ゼノは『普通に』声に出す。
「確かに言うが、」
「言うだけじゃなくて!ゼノは、言ったこと全部を本当に実現しちゃうでしょ?それって凄いことだよ」
私が言いたいのは、言葉そのものが子供の言うことらしいというだけで、ゼノがそういう発言すること自体が子供らしいのではない・・・ということ。
有言実行できるから、彼はそれを当たり前のように言葉にするのだ。何から何まで全て実現できるから。そんなの、私にはとてもマネできない。
「夢が夢で終わらないのって素敵なことだと思う。夢っていうか、ゼノの場合は欲望に近そうだけど」
そう、私はいつも思っていたのだ。言葉にしなかっただけで、彼のことはずっと前からそうやって尊敬していた。それが今日、たまたま思わぬ形で口から漏れてしまっただけ。そのせいで彼を傷つけてしまったのは反省。
上手く伝わったか不安だったけれど、彼の理解力は凄まじいのでそんな心配はいらなかった。私の発言の意味が分かると、ゼノは「なるほどね」と肩を竦めて笑う。
「思っていたよりずっと筋が通っていて驚いたよ。・・・それにしても、君はもう少し言葉に気をつかった方がいい」
それはその通りだ、ゼノは正しい。言い訳のしようも無い。
「突然あんなことを言われたら・・・さすがの僕でも自信をなくしてしまうよ」
「ゼノ、ごめんなさい。さっきは意地悪な言い方して」
「いいんだよ、理由が分かれば。納得もしたしね。それより・・・」
ゼノは私の手から再び容器を受け取ると、また作業を進める。
「僕の独裁者発言を『壮大な夢』だと言い切る君も、なかなかだと思うね」
「そう?だって壮大でしょう?ぶっちゃけ現実的じゃないと思ってたし。・・・でも今は悪人面になっちゃったから、なんだか現実味増してる」
邪魔をしないようにだけ気をつけて、彼の顔を覗き込む。そこに大きく刻まれた存在感のあるヒビを示すように、自分の額の前で人差し指同士をクロスさせた。
けれど、ゼノは「これは偶然の産物だ」と笑うだけ。天も彼を味方している。
かつてのキュートなベビーフェイスはもう見れないのだろうか。・・・ああダメ、こんなことを言ったらまた怒られてしまいそう。
「それに、一応実現させてるよね。科学で独裁者」
「いいや、所詮は人の少ない小さな世界。独裁するまでもなく平和だよ。仲間内ですら滅多に争いが起こらないのに」
「そりゃあ私たちは昔も今もチームメイトなんだから。肉の取り合いには皆命かけて争ってるけど」
「ははっ、人が増えたらさらに激しい争いになるね。そして時には殺し合いに発展することもあるだろう」
「・・・殺し合い?お肉で?」
「そうだ、そのための軍事施設だ」
私たちは肉の取り合いのために銃を作っていたのか。・・・というのはあながち冗談ではないのかもしれない。人が争う理由なんてそんなもんだ。
「でも、ゼノ?これ以上人って増えるの?そんな気配ないけど・・・。何度偵察に行っても、毎日同じ石像が並んでるの」
「ナマエ、この地球上に一体何人もの人間が存在すると思っているんだ。・・・否、かつて存在し、今や石となった人間が」
「70億」
「だったら、地球のどこかで僕らのように石化から目覚めた者たちが、今後やってくる日は近いだろうさ」
なるほど。もしその彼らが敵意に溢れていたとするならば、今度こそ本当に『そのための』軍事施設だ。私たちも割と敵意ムンムンだけども。
「そもそもの話、全人類を石化させた何者かがいつまた僕らに襲ってくるのかも分からない」
「そっか。結局謎のままなんだよね」
「人間を石にするなどというエレガントな兵器に、既存の武器で適うかどうかは一旦隅に置いておき。僕の銃で・・・君も戦ってくれるのだろう?」
「それはもちろん」
「我が国が誇る実働部隊だ、期待しているよ」
彼は片手間に二本の指でフィンガークロスをした。Good luck.
「なにより君たちがいてくれるから、僕は君が言うところの『壮大な夢』を実現させることができる」
ゼノ、運を試すより実力でやらなきゃ。ゼノがいてくれるから、私たちは私たちの役割を全うできる。彼の期待に応えるようにピンと背筋を伸ばして敬礼した。その格好のまま、ふとしたことを尋ねてみる。
「ねえゼノ、どこまでやったらゼノの世界征服は満足なの?」
「終わりは特に考えていないね。・・・そうなった暁には、世界を闊歩できる乗り物が必要になるな。最終的にはロケットも」
世界はなにもこの地球だけではない。
無限の星、全てを含めて真の世界だ。
・・・とでも言いたそうな顔をしている。もしかしてゼノは全宇宙を支配するつもりなのだろうか。いいね。面白そう。私は隣の特等席で、銃を両手に彼の躍進を眺めていることにする。