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「なぁ、いつまで待ってりゃいいんよ」
ゼノの腕の中でしばらく彼の体温を感じていたら、突然聞き慣れた声がした。二人同時に振り向くと、部屋の入口にはまさに待ちくたびれたような顔をするスタンリーが立っている。
ゼノはもう一度だけぎゅうっと抱きしめてから、私を解放した。
「おおスタン!気づかなかった。用があったのなら、待ってなんかいないで遠慮なく入って来たら良かったのに」
「いや無理っしょ。あんたらもう別世界いたし」
「そうかい?君は僕らに気を遣うような性格だったかな。いつからそこに?」
「んー、割と前」
スタンリーは無口な人ではないけれど、ひとたび口を閉じれば完全に気配を消してしまう。特に彼は私たちより比べ物にならないほど凄腕のスナイパーだから、敵から身を潜めるのは基本中の基本だし・・・そういうスキルは持っていて当たり前だ。
それにしても、わざわざ日常生活でそのセンスを発揮しなくてもいいのに。
「で、いつまで待ったらいいの」
「ん?もう待たなくていいさ。僕に何か用があるんだろう?」
「いや、ねーけど」
「・・・何をしに来たんだ?君は」
「暇つぶし」
スタンはそう言いながらその辺の椅子に座ってくつろぎ始めた。
たしか、今日はスタンリーも私と同じく非番なんだった。非番とは言っても、外を見回りに行くか否かの話だから、自分の扱う武器の手入れ等々やることはたくさんあるのだが。
・・・彼は要領がよさそうだから、そんなのは一瞬で終わるか。
「なら君は何を待っているんだい?」
「スピーチ」
「・・・スピーチ?」
「え?だから、スピーチ。結婚式の。アレどうせ俺のこったろ?」
「なんだスタン、聞いていたのか」
「俺、こう見えても何千年も前から待ってんだけど?ずっとさ」
作業を再開するはずだったゼノは、幼なじみの登場によってまたも阻止されてしまった。次から次へと可哀想に。まあ私が言えることじゃないけれど。
彼は潔く諦めたらしい。スタンリーの隣に座ると、一口しか食べていなかった食事にようやく手をつけ始めた。私もそれに着いていき二人の向かいに座った。
「僕が待たせていたのはナマエだけではなかったか。・・・済まないね。でももうしばらくはかかりそうだ」
暇つぶしをしに来たスタンリーは、本当に暇そうにしていた。都合がいいので、さっき点検を終わらせたライフルを差し出す。最終チェックはプロに任せた方がいい。いつものことだから、彼は「ん」と慣れたようにそれを受け取る。
相変わらず、食卓に武器を持ち込んでも何も文句を言われない。それくらい、銃は二人の日常に欠かせないのだ。ゼノはまったく気にすることなく話を続けた。
「やはりウェディングドレスはナマエが気に入るものを着させてやりたい。少なくとも、腕のいい縫製スキルを持つ人間が復活するまでは・・・」
「ゼノ、それさっきも言ってたけど私は別に気にしないよ。なんなら今の格好でもいいけど」
「ナマエ、なんて夢がないことを言うんだよ!普通こういうのは、女性の方こそこだわりが強いものだろう?」
「だって、時代が時代だし」
それに、もともと私は煌びやかな物があまり好きではない。どちらかと言えば、西の海の島国のような落ち着いた雰囲気の方が好みだった。
そのせいで、小さな頃はよく変わり者扱いされたものだ。アメリカ人が全てアメリカ人らしいと思わないでほしい。
「でも、確かに普段は着ないような豪華な衣装も着てみたいとは思うな。美味しいものもたくさん食べたいし・・・」
「良いじゃないか、贅沢に行こう」
「贅沢していいの?」
「ここはもはや僕らの世界だ!好き勝手やっても誰にも咎められることはない!独裁者とはそういうものだ」
「ははっ!いつにも増してヤベェな、発言が。あんたらしいが」
「・・・ああ、そうだな。さすがに今のは愚直な発言だった。でも僕はナマエのためならなんでもするよ」
ゼノが言う『なんでも』は本当に『なんでも』だから怖い。
「ま、好きにすりゃいいじゃん。召使いの俺はあんたらに従うだけ。俺ん部下も俺に従うだけ」
「召使い?ああ、もしや君・・・」
「だって、ゼノがキングで?ナマエがクイーンなんだろ?だったら俺はジャックでいい。チェスなら・・・ナイトかね」
「スタン。割と前からって、本当に前から盗み聞きしていたんだな」
スタンリーは特に返事をせずに私の銃を構え、喚起のために開けていた窓の外に銃口を向けた。そこから見える雲の隙間を狙い撃つかのように「BANG」と呟いて、銃口を上に向ける。
銃を手に戦う召使い。なるほど、女王よりはしっくりくるが・・・。
「異議あり」
私は手を挙げた。さっそく二人から注目を集める。
「所属は違うけどスタンリーの方が階級が上なんだから、召使いにはできないよ。そもそも私自分がクイーンだなんて認めてないし」
「そう?あんた佇まいが・・・なんつーか凛としてっから、我らがキングの隣に相応しいと思うけどね」
「スタン?相応しいかどうかじゃあなくて、僕のワイフはナマエだけだ。それ以外は考えられないよ」
「ゼノ・・・そうじゃねぇんよ、俺が言ったのは」
スタンリーの指摘にゼノはイタズラっぽく笑う。
「はは、分かってるさ。僕もスタンと同意見。ナマエは女王に相応しい。本人が否定するのなら僕はそれを尊重するが」
「もちろんそう言ってくれるのは嬉しいけど・・・やっぱ否定しとく。性にあわないから」
「じゃあやめよう。・・・君を困らせてしまったね。許してくれるかい, beauty?」
「んー、許してあげない」
そう言いながら、さっきの彼を真似して背中の後ろでフィンガークロスをした。
冗談だよ。許してあげる。彼は私の表情を見るなり、すぐに察して微笑んだ。
「とはいえ、僕もナマエの言う通りだと思うね。君にはとてもサーヴァントという言葉は似合わない」
「じゃあ俺なに?」
「エースとかどう?ゼノの命令を実行する側としては、あなたが皆を引っ張っていることは確かだから」
特殊部隊のリーダーは、必然的にこの世界でも実働部隊のリーダーとなった。私もさりげなくそのメンバーに加わらせてもらっている。
実は、私と彼は同じ米軍とはいっても所属がまったく違うのだ。でも、こんな世界では些細な違いはあまり意味を持たない。
「エースか。それもいいが、スタンはキングその2だ」
「なんだそりゃ。ナンバー2?」
「順序は関係ないさ、とにかくスタンと僕は同じ立ち位置でなければ」
「なんで?」
「スタンがいなければ僕らの統治は成り立たない。ほら、僕らは一心同体だ。そうだろう?」
ゼノは人差し指を上に向ける。そのまっすぐ過ぎる言葉に、彼は小っ恥ずかしそうに苦笑いしている。
「それなら、もうジョーカーでいいんじゃない?何にでもなれるんだから」
「おお!それは名案だ。僕の幼なじみなのだから、そのくらいの称号が丁度いい」
「どーも。光栄だね」
スタンリーは謙遜するまでもなく、片腕で頬杖をついた。嬉しそう。