THE STONE WORLD


01

スタンの恋人で、ルーナと同じく一般人。少しあほの子なアマチュア音楽家。

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「ねえスタン、私スタンのこと嫌いになっちゃったかも」

彼の手から弾丸がこぼれ落ちた。今から装填されるはずだった複数の弾丸は、コロコロとテーブルの上を転がり、床に真っ逆さまに落ちていく。それらが壁にぶつかるのを見届けたあと、私は扉へ踵を返した。

「じゃあそういうことだから」
「待て待て待て待ちな」

衝撃的な発言にも関わらず、返事を待たずにどこかへ行こうとする私を彼は当然見逃さない。即座に立ち上がって追いかけてきた。こういう時でもリボルバーを放り投げず丁寧にテーブルに置く様は、それだけで彼という人間を表していると思う。本当に銃が好きなんだなぁ、そういうとこスタンリーらしい。
感心しながら扉を開いたその瞬間、手首を掴まれた。無言で振り返ると、何がなんだか分からないという顔をする彼に構わず、反対の手で一本ずつ丁寧に指を剥がしていく。そしたら彼も反対の手を出してその手首を掴んだ。

「ナマエ、さっきの何?」

とっさに掴まれたはずが彼の力加減は完璧で、痛くないのに指が驚いて動きを止めてしまった。拘束された両腕。振り払う間もなくずいっと顔を覗き込まれる。

「俺なんかした?・・・教えてくんね」
「・・・・・・」

数秒間、見つめ合い。中途半端に廊下に出ていた足を戻すと、もう逃げないと判断したのか手首からするりと両手が離れた。同時に後ろに手を伸ばして私越しにドアを閉め、鍵もかけ、そのまま扉に私の背中を押し付ける。
完全に逃げ場をなくした。なんて無駄のない滑らかな動きだろう。さすが特殊部隊のリーダーさん!スタンは扉に肘をついてさらに距離を縮めると、じいいと視線を寄越してきた。

「な、ナマエ。教えて。言ってくんねぇと分かんねぇから」

仕方がない。下を向いて目的の場所を視界に入れると、つま先で彼のすねを思いっきり蹴った。スタンが「ん゛ッ」と声を出して痛みに悶えている隙に、もう一度扉を開いて今度こそ廊下に出る。

「・・・ナマエ!何してんよ!」

してやったり。一応扉は閉めたが、当然のようにすぐに開いて彼は即効で追いかけてきた。
春が近づいてきたおかげか、空気がとても澄んでいて清々しい。こんな時にもドキドキうるさい心臓を落ち着かせるように、お腹で深呼吸しながらすたすたと廊下を歩いた。


数日前。

「ゼノ、助けて。動悸が止まらないの」
「それは良かった。生きている証じゃあないか」

振り返りもせずに聞き流そうとするボスの肩を引っ掴んで、無理やり目を合わせた。瞬きなんてしちゃって。
私があまりに必死なので、本当に体が不調をきたしていることを分かってくれたらしい。背中に回り込むとそこに耳を当てた。

「おお!・・・おお、正常だ」
「正常じゃない!絶対正常なんかじゃないから!本当に動悸が止まらないの!」

それは最近始まって、今日までずうっと続いてる。最初は気のせいだと思っていたけれど、ことあるごとにドクドクドクドク音を鳴らすものだから・・・何かあるに違いない。
仕事の合間に休憩がてらクラリネットを吹きたいのに、チューニングをするのに鼓動の音が邪魔くさくって仕方がないの。私は打楽器奏者じゃないんだから!まあ鼓動でテンポを合わせるなんて、神業でしかないけれど。

「落ち着いて、ナマエ。確かに成人女性のそれよりやや速いが、不整脈でもなんでもない、すぐに戻るさ」
「ゼノ、耳おかしくなっちゃったの?」
「おおナマエ、音楽家である君にそれを言われてしまうと自信がなくなるな・・・でも違う、絶対にそんなことはない」
「やーいゼノ、耳おかしいんだー」
「なんだい、ナマエ。何が君をそんなに不安にさせているんだ」

プロを諦めて作り手に回った苦渋の決断が幸をなして、この世界でも楽器を吹けることが幸せでたまらない。それなのに・・・どうして私の心臓がそれを邪魔するの?私は両手に抱えているクラリネットもどきを見下ろした。
作り手になったとはいえ、それはその会社に勤めたという意味で・・・私は職人でもなんでもない。リードは自分で削っていたからまだしも、どんな形のキーがどんな動きをするのかをなんとなく覚えていたくらいだ。
今の時代(といっても何千年も前)はほとんど機械や技術職の仕事だし・・・そんな知識でクラリネットとかいう複雑な楽器を一から作れるわけがない。それでもゼノや皆の手を借りてここまで再現することができたのだ。

「私は万全な状態で楽器を吹きたいの。ステージ上で緊張するのは慣れているけど、普通の時にまでドキドキするなんて!」
「だから、君をそうさせている原因を教えてくれと言っているんだ。おおかた想像はつくが」
「そんなの知らない!私の心臓が勝手に動いてるだけなんだから」
「そりゃあ心臓は勝手に動くものさ。洞結節から発生した電気信号が刺激伝導系を伝わってまず心房の筋肉を収縮させ」

あああもう!前から思っていたけど、ゼノのそういうところ直した方がいいよ絶対!ゼノの知識は素晴らしいけれど、いちいちそうやって披露されたら知識自慢をされているようで・・・言っちゃ悪いけどむかっとする。むかむか。
それに、さっきから馬鹿にされているような気がするし。そういう気持ちを全部ひっくるめて「うるさい!」と叫んだら、「君の方がうるさい」と真顔で言われた。ごめんなさい。

「でも、私本気で困ってるの。今もほら、ドキドキドキドキ・・・お願いゼノ!私の心臓を止めて!」
「それは無茶だ。そんなことをした暁には僕の心臓に穴が開く。我々自慢のスナイパーの手によってね」

そんな大げさな。笑い飛ばそうとしたら、ゼノは至って真面目な顔で、手で作った鉄砲を自身の胸に押し当てる。そ、そんな大げさな。幼なじみに手をかけるような人じゃないって、さすがに。

「スタンが原因だろう、どうせ」
「・・・・・・」
「沈黙は肯定だ。そうだろう?スタンが原因なのだから、一度本人にそのことを申告してみたらどうだい?」
「・・・スタンに?」
「ああ。僕の助言より、彼の言葉の方が良い治療になるだろう」

そう言われたから、冒頭の言葉をスタンに打ち明けた。『スタンのことが嫌いになっちゃったかもしれない』と。

そうだよ、ゼノの言う通り。ドキドキするのはスタンのせいだ。
スタンのせいで心臓がドキドキする。そのせいで大好きなはずのクラリネットが気持ちよく吹けない。だからスタンのことが嫌いになっちゃったかもしれない。そしたらもっとドキドキして止まらない。
永遠ループ。どうすればいいのこれ。とりあえずゼノの言われた通りにしたから、さっそく彼に報告しようと研究室の扉を開けたら、そこでスタンにもう一度捕まった。

「逃げんな!おい、ナマエ!」
「やだ!離して、お願い」
「離すわけねぇじゃん!せめてちゃんと理由説明してくんねぇ?じゃなきゃ納得できねぇから!」
「・・・なんだなんだ、何事だ」

突然姿を現した男女にゼノは驚きの声を上げるが、それはすぐに大声でかき消されてしまう。
スタンがさっきより強い力で掴んでくるから、私もムキになって精一杯振り払った。

「知らないよ、理由なんて!いいから離して!腕痛い、ケガしちゃう!」
「こっちこそ知るかよ!あぁクソ、逃げんな!・・・ナマエ!」

さすがにゼノの近くは科学道具がたくさんだから、そっちは避けて比較的物の少ない壁際に向かうが、スタンはそれを逆手に取って私の体を乱暴に壁に追いやった。両手を固定し、さっきみたいなことがないように足と足の間に膝を滑り込ませ、これでもかというほど密着してくる。
今度こそ、今度こそ本当に逃げ場をなくした。スタンは私の手を押さえたまま器用に煙草を外すと、耳元に口を近づけた。

「ナマエ、なに逃げてんよ。どうしたら話してくれんの」
「ス、スタン。痛いよ、手が」
「へぇそう?だからなに。てか、俺も痛いんだけど?心がよ」
「・・・・・・」

口をぎゅうっと閉じると、スタンは煙草を床に落として足で強く踏みつけた。ぐりぐりこすられる音に無意識に目で追うと、彼に短く「オイ」と凄まれ慌てて目線を上に戻す。
すると、両手の指の間にスタンの角張った指が折り込まれて、絶妙な力加減で握られた。手の甲をさわさわ撫でられている。ざわざわ。む、むず痒い。それに耐えながらいつまでも口を閉じていると、下唇を舐められた。

「なァ、俺にどうされてぇの?・・・ん?ほら、黙ってねぇで舌見せな」

彼の鋭い目付きに、思わず心臓がきゅうと縮まった。ドキドキどころじゃない。バクバクバクバク心臓が波打って、頭の中がぐるぐるになった。どうしよう、お、怒ってる。スタン、怒ってる・・・。
その時、向こうからも静かな怒りの声が聞こえてきた。

「うるさいよ、二人とも」

二人して声の方を見ると、そこには軽蔑するように目を細めたゼノが、高いところから私たちを見下ろしていた。

「君たちの喧嘩に口を挟む気はさらさら無いが・・・どこか別でやってくれないか。作業の邪魔だ」
「・・・ん、わりぃゼノ!すぐ出てく」
「おお!分かってくれたようで安心した。出ていく前に、床の煙草をなんとかしてくれよ?」
「オーケ、分かった。怒るなよゼノ」

我に返ったスタンが大人しく両手を離したので、その隙に拘束から抜け出すことに成功した。よっしゃ今のうち!
でもすぐに後ろ襟を掴まれた。



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