THE STONE WORLD


02

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「で?何があったんだい?」
「そーだよ、ゼノ聞けよ。俺ナマエに嫌われちまった」

スタンが床に落とした煙草を回収して、拭き掃除をさせられている間、私はソファーに横たわってふてくされていた。靴を奪われてしまったのだ。そこまでするか?と思うが、彼はそこまでするのだ。
逃げようと思えば逃げられるけれど、足をケガしたら痛いからやめておく。

「・・・嫌われた?・・・ナマエに?」
「さっき一言『嫌い』ってさ。言い逃げするから追いかけてきたんよ。で、これから問い詰めるところ」
「・・・いや、君たちの仲の良さで・・・何故嫌いなんて言葉が?」

ゼノはたぶん、この前の会話のことを思い出しているのだと思う。私がゼノに動悸のことを打ち明けた時の。でも、少し考えたらわかるでしょ?私はスタンのせいでクラリネットが気持ちよく吹けないの。
ゼノはソファーに寝転がる私の表情を観察して、難しい顔をした。何故こんなことになったのかを推理しているらしい。すぐに答えにたどり着いて「ああ」と声を上げると、私のことを憐れむような目を向けてきた。

「ナマエ、君はな・・・その、なんだ。なんというか、頭が・・・だから、」
「頭が・・・?」
「・・・うん、全体的に頭が弱いな」
「ひ、ひどいよゼノ!途中まで頑張ったのにハッキリ言わないでよ!」
「ゼノのボキャブラリーで包めねぇとはなかなかだな。さすが俺の女」
「もうスタン!庇ってんのか庇ってないのかハッキリしたらどうなの!」

ていうかゼノが褒めるほどの頭を持っている人なんて、この世にいるの?いたら握手してみたい。ソファーから起き上がって、彼を睨みつけながら尋ねた。

「私の頭のどこが悪いの」
「言葉を取捨選択する力がない。自らの考えを相手に的確に伝えるために、最適な言葉を選ぶ力だ」
「難しいこと言わないで!」
「どこが難しいんだ!ようするに、分かりやすい言葉で意見しろということだ」

分かりやすい。ふむふむ。

「あと、理解力だ。それも足りない」
「理解力・・・?」
「僕の発言を理解する力だよ。僕はあの時スタンに相談しろと言ったのであって、宣戦布告をしろと言ったのではない」
「え、あ、あれは宣戦布告じゃないよ」
「宣戦布告だろう。理由もなしに真っ向から『嫌い』とだけ言うのは、ケンカを売っているのと何も変わらないさ」

どこかから「そうだそうだ」という声が聞こえてきた。彼はもう掃除を終わらせたみたいで、私の隣に座りながら新しい煙草に火をつけた。

「てか相談ってなに?俺がいないとこで何話してんのアンタら。まさか俺の悪口?泣くぜ、そんなん」
「それは、ナマエ。君の口から話すべきだ。そういうことだから僕は作業に戻る」
「え、待ってゼノ!置いてかないで!」

部屋の奥へ消えようとするゼノ。引き留めるために立ち上がろうとするが、スタンが阻止してそれは叶わなかった。
彼はわざわざ私の肩に腕をまわし、密着してくる。研究室出ていくって言ってたのに出ていかなくていいの?でもスタンはそんなことどうでもいいみたいな顔をして、斜め上から私を見下ろした。

「さァナマエ。尋問のお時間だ。痛くされたくなきゃとっとと話せ」
「・・・痛くって?」
「へぇ、気になんの?だったら黙っててもいいんだぜ」
「あーあーあー!」
「るっせぇ黙れ」

口に煙草を突っ込まれた。意表を突かれてそのまま呼吸をしてしまう。黙っててもいいって言ったのに、次の瞬間には黙れだなんて。煙草を指で挟んで口から外した。久々の一服だ。

「・・・・・・」

石化前とは違う味。でも、一度吸うだけで懐かしい気持ちが押し寄せてきた。

たしか、音大を出てすぐの頃だ。プロになれないと自覚して落ち込んでいる私を、ハイスクール以来偶然街で再会したスタンが慰めてくれたのは。
彼はその時には既に軍人の一員になっていて。昔から変わらない美貌と、昔よりもさらにガタイの良くなった体を見て・・・まあ素直に言うと、トキめいた。

「アンタを悩ませてんの全部、今日で吹き飛ばしなよ。手伝ってやっから」
「・・・どうやって?」
「ん」
「・・・たばこ?わたし吸ったことない」
「自分の世界、変えちまいな」

もう楽器を吹くことはないと思って、その時に煙草の味を知ったのだけれど・・・結局私は何年経っても相棒のクラリネットちゃんを手放すことは出来なかった。
当たり前だ、あの子とは何年も一緒にいたんだから。仕事をしながら、同時期に複数のアマチュア団体に飛び入り参加するほどだったし。楽器が好きなの。音楽が好きなの。私はどう転んでもその世界に生きる人間だ。
だからこそ、文明が滅びて石化から目覚めた時。あの子がいなくなったことを知った時の悲しみといえば・・・乗り越えるのにも時間がかかった。

でも、音楽は死なないから。

あの子の生まれ変わりと思って、大切に大切に作り上げたクラリネットもどき。まだ『もどき』という言葉が外せないのは申し訳ない、改良の余地はたくさん残されているけれど、それでもちゃんと音は出る。見た目より良い音だ。
嬉しい。またこうして楽器に息を吹き込めることが。でも心臓がうるさい。ドキドキうるさい。スタンのせいで以前と同じ音楽を奏でられない。

「スタンが悪いの」

プレゼントされた煙草の煙を口の中で味わい、彼の顔面にむかって吹きかける。スタンはそれを片手で振り払った。

「なに、いい加減教えなナマエ。俺のどこが悪いんよ」
「それは・・・・・・」

上手く言葉にできない。さっきゼノに言われた通りだ。・・・情けない。

「おいナマエ!ったく、ここまできてだんまりかよ」

スタンはガッと頭を押さえつけて、新しい煙草を口に咥えて私のと先端を合わせた。シガーキス。うわーん!その美しい顔を近づけないで!しょうがないから息を吸って赤くしてあげると、スタンはそこから上手く火を貰って離れていった。
未だに頭を押さえてくる腕をガシッと掴むが、どういうわけかビクともしない。彼は新鮮な煙を一度深く吸い込んだあと、仕返しだとでも言うように顔面に息をふうっと吹きかけてきた。

「ケホッ、・・・な、なにするの!」
「アンタが先にやったんじゃん。文句言える立場かよ」
「・・・・・・」

もう一度吹っかけてやろ。けれどその企みはすぐにバレて手の甲で口を塞がれた。出ていくはずだった空気がせき止められ、ぷくうと頬が膨れてしまう。その顔を見みるなり、スタンが「ふはっ」とふき出した。
カチン。彼の煙草を奪い取った。

「アッ、取んなよナマエ!もうアンタ一本持ってんじゃん!無限に在庫あるわけじゃねぇってのに」
「スタンのバーカバーカもう知らない!」
「あ?んなこと言ってっと・・・マジで口聞けなくすっかんな」

発言自体怖いのに、顔が本気だからもっと怖い。腕をピーンと伸ばして必死に煙草を遠ざけるが、リーチが長いのであっという間に彼の手が届いてしまう。
それでも逃れようとした私の体はソファーにポスンと倒れ込んでしまった。即座に手と口から奪われる二本の煙草。スタンは真面目に怒り出した。

「危ねぇじゃん、灰落ちたらどうすんよ。ソファー燃えんぜ」
「燃えちゃえ!」
「したら作り直すのアンタだかんね」
「やだ!スタンが作り直すの!」
「精神年齢いくつだよ・・・」

覆いかぶさってくる彼の下でぎゃーぎゃー喚いていると、スタンは慣れたように片手で両手首を取って頭の上に押し付けた。
あれ?今気がついたけれど、なんかこれ完全に敷かれてる?わたし敷かれてるよ。スタンに敷かれてる。
スタンは片手に二本の煙草という贅沢な装備をしていた(ちなみに逆の手は私の二本の腕)。両方とも灰皿に叩きつけてから、そのうちの一本を咥えて口内でふかし、斜め下に吐き出した。

「なァ、結局教えてくんねぇじゃん。教えろよナマエ。俺の悪いとこ」
「・・・・・・」
「あー、イジメてほしいの?今夜はどうしてやろうかね。・・・あ、いや今日は見回り行くんだった」
「・・・・・・」
「・・・ナマエよぉ。割と傷つくぜ、無視されんの」

いつまでも意地を張る私。優しいスタンは怒ることなく、ただ笑うだけだった。私が言うのもなんだけど、なんだか可哀想になってきた。

「スタンが」

思わず口を開くと、待ちに待ったと言わんばかりに好機の眼差しがおりてくる。そのばさばさのまつ毛を眺めながら、とりあえず思いついた言葉を続けた。

「スタンが好きだから・・・嫌い」
「・・・あ?」
「世界がこうなってから、一緒にいる時間が増えたでしょ?スタンが近くにいると幸せだから、心臓がドキドキするの」
「・・・・・・」

スタンは瞬きもせずに私のことを見つめてきた。やだ、こっち見ないでよ。すすすと目を逸らして続ける。

「昔はたまに会えた日だけで済んだけど、今は毎日ドキドキするの。だってずっと近くにいるんだもん」
「・・・・・・」
「そしたら楽器に集中できなくなって、なんだか色々嫌になっちゃうから・・・スタン嫌い。分かった?」

しばらく静寂に包まれる。スタンは三回くらいしっかり煙草を吸ってから、ようやく脳内で言葉の処理を終えたらしい。力が抜けたように大きなため息をついた。

「アンタ・・・そりゃ、いくらなんでも言葉抜かしすぎ」

手の甲で自分の口を押さえながら、小さく肩を震わせ始める。なんか分かんないけど笑われてる。スタンは煙草を二本とも灰皿に押し付けて、柔らかい手つきで頬を撫でた。

「ナマエ・・・アンタやばいって、マジで可愛いじゃん。勘弁しろよ、んなこと言われる準備出来てねぇから!」

なんか分かんないけど一人で笑うスタンに上半身を起こされ、真正面からぎゅうううと抱きしめられた。頭が両腕で包まれて、鍛え抜かれた胸筋に顔面を押し付けられる。く、苦しい。スタンの服を引っ張って抗議するが、いつまで経っても離してくれない。
ようやく解放されたかと思えば、彼の両手で頭をサンドイッチされ、うっとりした目で見下ろされる。

「あぁ、もう・・・ナマエ愛してる。どうすんよ、天使いんだけど・・・ここにさ」

その言葉と共に、たくさんのキスがふりかかってきた。頬や額や、鼻の先に。何度かやって満足したのか、最後に襲いかかってくる長くて甘くてとろっとろなフレンチキス。唇を割って侵入してきた舌が、音を立てながら私の舌と絡み合あって、角度を変えて、順番に奥歯をなぞっていく。
混ざり合う彼の唾液は私の口の中より苦味が強い。でもスタンの匂いだから好き。そういうところでいちいち幸せを感じていたら、顔の横にあった両手が首を伝って肩までおりて、またさっきみたいに頭を抱きしめられた。

「ん、んぁ、・・・っスタン、」

そろそろ息切れ、やばいかも。うっすらと目を開くと、じっくり舐め回すようないやらしい視線とかち合った。思わずきゅっと目を閉じる。ず、ずっと見られてた。
それからしばらく耐えて耐えて、スタンの服を掴む手の力がすっかり抜けてしまった頃。ようやく唇が離れて、透明の液が舌を繋げた。彼は私の口端から垂れるよだれをすくったあと、ぐったりする私の体をもう一度抱きしめる。

「マジで愛してる。・・・ねぇ、ナマエ?」

その声に顔を上げると、スタンは火照ったように頬を赤く染めていて。恍惚とした表情で太ももを撫でられた。

「・・・興奮してきた」
「ス、スタン」
「ベッド行かね・・・?お願い、ヤらせて」
「もうすぐでお昼ごはん・・・」
「腹減った?じゃ、一回だけ」

そう言いながら指をパチンと鳴らすと、意気揚々と立ち上がって両脇の下に手を差し込んできた。な、なにするの。彼の顔を見上げた途端、ふわっと体が浮いて肩に担ぎあげられる。
え?私、いつから丸太だったっけ?さっそく歩き始めるスタンに、慌てて太ももの裏を押さえた。

「待って!スタン、本気なの?」
「おん」
「おんじゃないから!だ、だってまだこんな時間・・・!」
「勃っちまったもんは仕方ねぇじゃん。なら抜くの手伝って。そんだけでいいから」
「それー!絶対最後までいくやつ!」

不安定な肩の上で手足をバタバタさせているうちに、あっという間に部屋に到着してベッドにおろされた。流れるように靴を脱ぎ捨て全身の装備を外していくスタン。
ほ、ほ、ほんとにやるの?その疑問に答えるかのように、私の前で膝立ちをする彼のそれは本当にそうなっていた。私はきゅっと目を閉じた。



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