THE STONE WORLD


01


「俺とデートしない?」

ある日の朝、珍しい人に声をかけられた。しかも予想だにしない誘い文句と共に。

盛大に寝坊したおかげで一人で寂しく朝食をとっていた私のことを、不憫に思ったのだろうか。そうやってしばらくその言葉の本意を無言で考えてしまうくらい、彼のセリフは突然だった。
背後から気配もなく登場するから余計に驚いてしまって、今口の中に入れたものが全部外に出ていくところだった。それらをきちんと飲み込んでから、さりげなく向かいの席に腰を下ろす彼に聞き返した。

「……わたし?」
「ああ」
「どうして?」
「今日ヒマでさ」

簡潔に言いながら、煙草を吸って吐く友人。暇だから。なるほど、とても分かりやすい理由だった。普段は忙しい総司令官さまでも、ホリデーは当然昔よりも頻繁に訪れる。科学のことで張り切ってしまうゼノ以外は、ここは基本的にはホワイト企業なのだ。

だから、デート。なかなか面白そうなお誘いだ。しかし私にはゼノという恋人がいて、割と結婚しかけるまでいってて……それはどこぞの空気を読めない誰かからの石化光線攻撃によってパーになってしまったけれど。
それでもゼノとは今もラブラブなのである。恥ずかしげもなく、こんなことを自分で言えるくらいには(心の中でね)。
スタンリーはゼノの古くからの知り合いで親しい友人だ。同時に私たちのこともよく知っている。それなのにデートに誘うなんて。しかも暇だからとかいう簡潔過ぎる理由で。

「嫌か?まあ嫌なら別にいいけど。誘い方変えっから」
「どういう意味?」
「デートってのはただの口実。俺はあんたと話がしたかっただけ」
「ああ、なるほど」

そっか、納得した。私が大袈裟に捉えすぎていただけだった。しかし向こうが最初に大袈裟な単語を投げかけてきたのだから、私は何も悪くない。それにしても……私と話がしたい?こんな言葉が彼の口から出てくるだなんて。
実のところ、スタンリーとは普段からあまり会話をする機会がない。それこそ共通の知り合いであるゼノがその場にいない限り、すれ違っても軽い挨拶を交わす程度。だからわざわざ向こうの方から声をかけてくれて嬉しいというのはある。
今日は私も仕事がなくて何をしようか迷っていたところだ。まあ断る理由がないし、都合がいいから話にのってみるとしよう。

「いいよ、デート。どこに連れてってくれるの?」
「ん〜、特に考えてねぇな。どこがいい?」
「はは、本当に思いつきなんだ」
「まあね。それはともかく……それさっさと食っちまいな」

吸いかけの煙草で、食べ終わりかけのトレーを示された。頷いて食事を続ける私。
なんだろう、この状況。男の人に食べているところを見物されている。……まあ体の向きが横を向いているから、どちらかと言えば私が彼の横顔を見物している側なんだが。
それにしても、どんな話をしようと言うのだろう。私は彼のことをよく知らないから、いざ話をするとなると話題が見つからない。
いや、それはお互い様か。知らないことを知ろうとしているんだ、今。



「まあ無難にゼノのとこ行くか。そのがあんたも安心だろ?」

食事を終え、食堂を出た私たち。提案というよりかは確認に近いその言葉に頷くと、スタンリーはさっそくゼノの元へ歩き出した。
デート先が研究室なのはあまり無難とは言えないけど。コーン畑とか工場とか、頑張ればデートスポットになり得そうな場所はいくつかあるが、確かにゼノに余計な勘違いをさせてしまうのが一番面倒だ。……ゼノはこんなことで妬いたりしないと思うけど。

「あんたいつも美味そうに食うよな。さっきもそうだったし。食うの好きか?」

煙を吐き出しながら、彼はまさしく暇潰しをするためであろう会話を始めた。ゼノが常駐しているラボは地味に遠いのだ。移動中無言でいることに居心地の悪さを感じる前に、スタンリーの方から話題を振ってくれた。
私は彼に見られていた覚えなんてないのに、彼はどうやら私の食事風景が印象に残っていたらしい。自分以外のことにはあまり興味がなさそう、というのが私が彼に対して抱いていた印象だけど……訊ねられたら素直に答えるしかない。

「ゼノにもよく言われる。自分じゃ意識してないんだけどね、でも好きな物を食べる時はもっとリアクション大きいかも」
「へぇ、何好きなの」
「ステーキと、ハンバーグと、フライドチキンと、ステーキと」
「あーだいたい分かった。肉全般ね。俺も好き」

こうしてあたかも普通に話をしているが、彼の隣を歩くのはなかなか緊張感が伴う。それは、こうして好きな食べ物の話をするくらい初歩的な友好関係だから、というのもあるのだが。
ゼノとは同じ身長なのに、体格が違うからだろうか?それとも元軍人で、しかも結構上の階級で、多くの部下を従えているからだろうか。圧迫感が……なんというか、圧迫感がある。

「そんなに好きなら、狩りに気合い入れねーとな」
「いつもありがとう。私たちに代わって命を奪う役をしてくれて。感謝してる」
「いやま、あんたなんかよりもっと大食いなやつ多いかんね、俺の部下。おかげで俺まで駆り出されてんだ」
「そっか、それは大変」

スナイパーとしての彼を見たのは、何ヶ月か前に一度だけ。ゼノに頼まれて射撃場まで銃を運ぶ手伝いをした際に、試し撃ちをするのを見学させてもらったのだ。
あの時は今とは比べ物にならないほどの緊張感に包まれていた。ゼノと一緒にいたくせにこれまで銃には全く縁がなかったから、より一層衝撃が強かった。彼の眼光は人をも殺せると思う。普段はもう少し柔らかい表情だから、今のところ死人は出ていない。


そんなこんなで目的地のラボに着いた。相変わらず難しいことを考えていそうなゼノの頭は部屋の奥を向いていて、私たちの来訪には少しの興味を示さない。このまま話しかけずにいれば一生気づかれないかも。
危ないからそんなことはしないけど、背中から近づいて脅かしてみたら面白いことになりそう。そんなちょっとした企みを打ち消すかのように、スタンリーが大声をあげた。

「ようゼノ、研究の方は順調か?」

彼はようやく私たちの存在に気づいたかのように振り返った。

「おお!これはこれは世にも珍しい組み合わせだね。どうかしたかい?」
「気になる?デート中」
「……デート?」

さすがのゼノでもこれは予想外の単語だったのか、今朝の私と同じような反応を見せた。両目を一瞬だけ大きく開けて、私たちをじっと見つめてくる。
彼のその顔は珍しい。不意をつかれただけなんだろうけど、少し楽しくなってしまった。悪巧みを思いついて、こんなことを言ってみる。

「最近、ていうかいつもそうだけど、ゼノが科学ばっかで構ってくれないから寂しくなっちゃって」

あとで謝ろう、そう心の中で決めてから隣の彼の袖を申し訳程度に摘んだ。さすがに腕に抱きつくのはやりすぎだからね、そらにさりげなく半歩近寄ってみたりして、ゼノの嫉妬心を煽ってみる。
果たして、ゼノはこんなことで嫉妬してくれるのだろうか。ドキドキしながら様子を窺っていると、ふいに上から「はーん?」と楽しむような声が聞こえてきて、次の瞬間肩を抱き寄せられた。誰に?スタンリーにだ。

「そーそ、んな冷たい態度取ってやがったらどこぞの誰かに奪われても文句言えねーぜ。なあ?ゼノ先生」

私の話に乗ってくれるらしい。それにしてもいきなり乗ってこられたものだから、別の意味で鼓動が早くなっていく。
ゼノとは違う感触に、煙草の匂い。人が違うだけでこんなに印象が変わるものなのか……と頭の隅で感心していると、向こうからも愉しげな声が聞こえてきた。

「そうかい、なるほどね。そういうことだったか。二人が一緒にいる訳は」

ゼノ、笑ってる。あれはどういう微笑み?普通だったら怒るとか、呆れるとか、そういう反応をするのが一般的だと思うけど。
そういえばゼノはとても『一般』の枠組みに収められるような人じゃないんだった。

「えっと……」

どうしよう、この後のことを何も考えていなかった。スタンリーの腕に抱かれながら二人の顔を交互に見やると、そんな私の心情など分かりきっているかのように目を細めて笑うゼノ。

「これは圧倒的に僕に非があるね。寂しい想いをさせてしまったのなら、謝ろう」
「あ、うん。分かってくれたならいいの」
「それにしても……そうかい、僕があまりに没頭するものだから、科学に嫉妬してくれたというわけか」
「うん、そういうこと……」
「君に愛されているということを実感出来てとても嬉しいよ。ああ、今すぐにでも抱き締めてやりたい気分だ」

そんなことを言いながら、片手を広げる彼。とってもずるい顔をしている。そのセリフにその顔は……ずるい。ずる過ぎる。私の方こそ今すぐにでも抱き締められたい気分に駆られてしまう。ちょうどその時、スタンリーが空気を読んで「いってら」と手を離してくれたので、私の足はストッパーをなくしたかのように勝手に彼の元へ動き始めた。
私の方から仕掛けたのに、してやられた。しかも自分でこっちに来るまでもなく私がおびき寄せられるなんて、相変わらず策士なゼノはいつまで経っても侮れない。

「おいで、ナマエ」

あまりに不満顔だったのか、彼はまた笑いながら私をその両腕に閉じ込めてしまった。
実に数日ぶりの抱擁。私が遠慮してるのもあるけど、やっぱり恋人にしてはスキンシップが少ないと思う。

「すまないと思っているのは本当だよ。確かに最近は君の方から会いに来てくれることがほとんどだったね」
「……ほんとだよ」
「善処しよう。僕もそろそろ生活習慣を改めなければと思っていたところだ。君の部屋で寝泊まりするのがいいかもしれない」
「……」
「ナマエ?」

そっぽを向いていたら、冷たい金属の爪が頬に当たって顔の向きを変えられた。すかさず優しいキスが落ちてきて、何度かそっと触れ合う唇。顔が離れると、これでどうかな?とでも言うように小さく首を傾げてくる。
白々しい……そうやってすぐに誤魔化そうとする。その手癖と笑顔に何度裏切られたことか。

「それなら私、ゼノが来るまで寝ないで待ってるからね」
「ああ、さっそく言質を取られてしまった」
「男に二言はないでしょ?」
「分かったよ、今日は早めに切り上げるから……機嫌を直してくれないか」

返事の代わりに、今度は私の方から背伸びをした。こんなことで許してしまう私の甘さ。彼の生業に口出しできるほど自惚れてはいないから。大事にした方がいいよ。そう、ちょっと大事にしてくれるだけで満足なの。



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