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「"BANG"」
片手でピストルを作って人差し指をゆらゆら揺らしていると、彼女はたちまち黙り込んでしまった。いつもなら得意そうにキレッキレのカウンターをかましてくるのに、少し様子がおかしい。数秒ほど経過してようやく口を開いた彼女は、目を伏せて自分の手をじっと見つめていた。
「何故そんなにも私と関係を作りたがるのですか」
言葉選びが不穏だ。
「……どういう意味だ?」
「あなたは言葉巧みで、とても分かりずらいのです」
「分かりずらい?超真っ直ぐなつもりなんだけど」
「目的があるのなら正直にそう仰ってくださらないと、……私はやっぱりあなたの言動が理解できません」
それはさっき説明したはずだが。
「目的ってのがよく分かんねぇんだが、あんたさっきから何が言いたい?」
「……」
「この世界に女性が少ないからといって、欲求を満たすためにわざわざ私を選ぶことはありません」
「は?」
「ああ、でも、それでもしお嬢様に目が移るようなことがありましたら大問題ですので、どうしてもと言うのなら私は甘んじて受け入れましょう」
彼女の発言がどんどんどんどん見当違いの方向に傾いていく。そんなことを言わせるほど追い詰めていたつもりは微塵も無いが、何故こうも……とにもかくにもその発言は見過ごせない。
「おい。まず、一応否定しておくと俺のは全部、断じて、それ目的じゃねぇかんな」
「……」
「本気でそんなバカげたこと言ってんなら、あんた相当ズレてんぜ。感覚が」
俺は心の中では割とクソ野郎な自分を飼っている自覚があるが、それを好きな女の前で表に出すほど堕ちたつもりはない。本当にその気しかないんだったら、俺は思い立ったその瞬間に実行に移している。
そもそも俺は今日のあの事件が起こるまで体に触れてすらいないのに。……セクハラ紛いのことは何度か言ってたけど。それは悪い。悪かった。でも節度は守っていたはず。たぶん。
「なぁ、ずっと前から思ってたけど。あんた昔なんかあったろ」
「……」
「それとも、実際ここの誰かに誘われたか?俺の知らねぇとこで」
この集団生活、女が圧倒的に少ない。軍の二人を除けば、あとは彼女とルーナだけ。見た目からして性欲の強そうなむさ苦しい男たちばかりに囲まれている今の現況じゃ、そういう事件も無くはないから実は密かに警戒していた。絶対にやらせねぇけど、もしマジでそんなことが起こってしまったら俺はたぶんそいつを殺す。
警戒していたからこそ、すぐにこの仮説が出てきた。しかし彼女は即座に首を振って否定した。
「い、いいえ!そんなことは決して……!」
「そう?それはよかった」
嘘の可能性も否めないから、今はその返事を九割くらい受け入れるだけに留めておく。
「本当に、ただ純粋に私を……?そんな馬鹿なことがありますか」
「あんた俺をなんだと思ってんよ」
「……スナイダー様、あなたはとても立派な人です。今日になるまで気付こうともしなかった愚かな私を、どうかお許しください」
「なに、急にどうした」
「知りたいようですので教えて差し上げますが、私には学生時代、真剣にお付き合いしていた方がいます」
『真剣に』の時点で察した。
「でも相手方はそうではなかったようで。他に複数の女性と関わりを持っていらっしゃいました」
「……災難だったな」
やっぱり。
「キャンパスで落ち込んでいたところを、とある女性が声をかけてくださいました」
まだ続きがあるのか。
「とても明るい方で、何度か会っているうちにすぐに元気を取り戻したのですが」
「よかったじゃん」
「でも、彼女は実は彼で」
「……お?」
「強制わいせつ罪と、他に複数の前科がありました。見た目が若くてかなり歳上だということにもすぐに気がつけなくて……」
「マジ?」
「この件については私は無関係ですが、半月ほどして塀の中へお戻りになられました」
「おお……」
色々やってんな、彼女の周りの人間。過去の話を聞いて思うのが、もっと早くに出会いたかった。
「それから……大学卒業間近、街中で壮年の男性に声をかけられたのですが」
「え、まだあんの?」
「道案内をしたお礼にと、チップにしてはあまりにも多すぎる現金を握らされました」
「……おう。それで……?」
「コートの中は全裸でした」
「……ウソだろ?」
「あ、ブーツは履いていました」
「まじか」
「今にして振り返れば、私は神様にいじめられていたのだと思います」
割とガチのトラウマじゃん。……しかも性別関係なく。そりゃ他人と距離を置きたくもなるわ。体目的だと思われても仕方がない。すっごい心外だけど。
「そんな時にライト家に雇われて、ルーナ様と出会いました。彼女は私の光です。闇夜を照らしてくれる、美しい月の眩い光」
以前聞いた時よりも言葉の重みが全然違う。たしかにルーナはナマエよりもさらに歳下。この中じゃ一番純粋な人間だろう。変な意味ではなく。
「私に近づいてくる人は、皆どこか様子がおかしかったのです。ですから、あなたもいずれそうなるのだと……」
「すっっっげぇ心外なんだが……」
「……不快な思いをさせて申し訳ございませんでした」
「いや、いやいや謝んなよ。あんたは何一つ悪くねぇじゃん」
本当に俺のことを変態クソ野郎だと思っていたら、こんな夜中に一人で部屋に来るはずがない。その辺、俺はそこそこの信頼を得ているようで心底安心した。
「大丈夫、そいつらはもう全員どこかで石になってる。もう太陽の光も月の光も浴びることはない」
そんなしょうもないクソみたいな人生を送っていた社会のゴミが、起きてこれるわけがない。慰めになるかは分からないが、そんなことを口にすると彼女は少し安心したように目を閉じた。
「ありがとうございます」
「ナマエ、じゃあ一個聞くけど、俺自体に嫌悪感を抱いていたわけじゃねぇんだな」
「……はい」
「俺のことが嫌いか?」
「い、いいえ」
「よく言った!じゃあいつ好きになってもおかしくねぇじゃんかよ。やったじゃん」
急に元気になった俺に、ぱちぱちと何度か瞬きをする彼女。立ち上がってその正面に歩み寄ると、手の平を上に向けて差し出した。そろそろダンスの時間だシンデレラ。
「あんたに良い提案がある。俺をボディガードにしな。そしたらもう二度と変なやつが近づいてくることはない」
「……でも、私はただの使用人で」
「んなの関係ねーよこの時代。ガード付きのサーヴァントがいて何が悪い」
「……」
「いないよりはいる方がマシじゃん?ちょっとキスが多めの忠犬だと思えばいい」
「それは……」
雇い主にキスをするボディガードが存在するのですか。……って言いたいんだろうな。そんなんいてもいいじゃん。もちろんナマエが嫌じゃなければ。
「キスの件はさておき……とても魅力的なお誘いですが、私は対価を払えません。お金も何もありませんから」
「無償でやんよ。俺が好きでやるこった」
「あなたは無償でそこまで手間をかけられると言うのですか」
「恋人ってのはそういうもんだろ?」
「……」
恋人になる気満々ではないですか。今度はそう言いたいらしい。何言ってんよ、ハナからそれが目的だかんな。
「お試し期間はありますか?」
「欲しいならあげっけど」
「それなら、まずはひと月くらい様子を」
「うし決まり!」
「……なんだか、あなたの良いように話が進んでいませんか?」
「俺の良いように話進めてっから」
不服そうな顔をするナマエ。
これも昨日までは見ることのなかった顔だ。
「あの、スナイダー様」
「あーそれ、そろそろ何とかしてくんね?」
「?」
「俺の呼び方。もういい加減スナイダーって呼ばれんの飽きたんだが」
「これは癖のようなもので……」
「ならその癖、俺の前でだけ直そっか」
にんまり笑いながら人差し指をクイクイと折り曲げる。彼女はすぐに俺の手を取って立ち上がってくれたが、いつまでも黙り込んだまま。俺の名前忘れた?そう尋ねてみたら、やっぱり不服そうに口を開く。
「……スタンリー」
「ん。なに?」
「私たちはこれから具体的に何を?」
「あんたは別に何もしなくていいぜ。いつの間にか落ちてっから。俺に」
「……」
たしかに今日、あなたに向かって落ちてしまいました、という顔をしている。ジョークにするには時期が早いだろ。笑えない冗談だ。
でも俺は今日の会話でかなりスッキリできたから、今の気分は最高だ。彼女は俺を誤解していただけだったらしい。その誤解がたった今解けたおかげで、昨日より物理的にも精神的にも距離が近い気がする。気のせいじゃないと思いたい。
「じゃあ手始めに」
もう今更断りを入れてもあれなので、目を逸らされる前に前髪にそっと触れるだけのキスを落とした。途端に挙動不審になる可愛い彼女。もう鉄壁の守りは崩れた頃だろう。こっからは堂々と正攻法で攻めてやる。押してだめならもっと押せばいい話だ。
瞬きをしながらキュと閉じられたその唇の下を親指でなぞりながら、思わずにやけてしまうのを隠さずに宣言した。
「次、ここね」