THE STONE WORLD


03

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「ナマエ!あなた何してんのよ!バッカじゃないの!?」

数秒前からけたたましい足音が聞こえていたおかげで、その少女が扉を開ける頃には俺は素知らぬ顔をして立ち上がることができた。破壊しそうな勢いで開かれたドアからズカズカと入ってきたその少女は、ベッドに項垂れる自分のメイドの姿を見つけては雷のような怒号を落とす。

「これで窓から落ちたの三回目よ!?いい加減学んだと思ってたのに、何千年経ってもあなたはうっかりさんのままね!まったく!心配したんだから!」

初めてじゃねぇんだ……。
それは驚きだ。てか窓から落ちるのはうっかりじゃ済まねぇと思うんだが……俺がその瞬間を見る機会が無かっただけで、彼女は意外にもドジなのかもしれない。普段いかにも仕事出来ますって顔をしているのも、実はそれを隠すための方便なのかもしれない。
それに一度気づいてしまえば、何もかもが可愛く思えてしまう。そりゃ仕事中に口説かれたってうつつを抜かすわけねぇもんな。

「る、ルーナさま、これにはわけが」
「言い訳なんて聞かないわ!どうせ窓の外の汚れが気になったとかそんなくだらない理由でしょ?」
「ちがいます……お洗濯物が風に飛ばされてしまって」
「もっとくだらない理由だったわ!ほんっとに信じらんない……バカなナマエ!ほらあ、ドレスもこんなに汚しちゃって!」
「ひぃ、ごめんなさい……」

歳下の少女に怒られる彼女。
この世界はなんて平和なんだ。

「スタンリー、あなたが助けてくれたのね。ありがとう。私からも礼を言うわ」
「いい。それよりルーナ、後は頼むぜ。俺はもう行く」
「え、ええ」

中途半端に話が途切れてしまったことは悔やまれるが、この空気感の中居座り続けるわけにもいかない。ケガは無い旨を伝えてから医務室を出ると、ルーナに遅れてお付きの男二人と入れ違いになった。

「ナマエ!だ、大丈夫かよ?」
「あはは……また派手にやらかしたなあ」

タバコを咥え、火をつける。あいつら三人が俺なんかよりもずっと彼女のことを知っているのかと思うと、気が狂いそうになる。そんなことで動揺するタチではないが、俺も一丁前に人間なもんで。
まあ今日は色々あったから、とりあえず今夜は無理せず寝てほしい。普段から驚くほど働き者なんだから。出ていく時に「ゆっくり休めよ」と伝えた。……はずなんだが。



夜遅くまで銃の整備をしていたら、突然ノックの音が鳴り響いた。こんな時間に誰だ?なんて考えなくてもすぐ分かる。俺にそんな非常識をかますやつはこの世界じゃゼノくらいしかいないから、勝手に入ってくるだろうと思って「おーよ」と軽い返事をするだけしたが、いつまで経ってもドアが開かない。

「……」

これは、と思い作業の手を止めた。外から聞こえてくるのが女の声だったからもう確定演出だったが、おそるおそるドアを開けたらいつも見慣れたヘッドドレスが目について、すぐに目線を下にやる。そこにいたのはやっぱりナマエだった。

「約束をお忘れですか?いつまで経ってもいらっしゃらないので、私の方から出向かせて頂きました」
「ああ〜」
「もう遅いですし明日にしようかとも思いましたが、一応日付が変わらないうちに声かけを」

マジメか。
俺としてはもう無かったことにしたつもりでいたのに、来ねぇなら来ねぇで無視すりゃいいのに、あんなことがあった当日に約束を守ろうとわざわざ俺に会いに来るなんてクソ可愛いじゃん。さすが俺のナマエ。まだ俺んじゃねぇけど。まだ。
にしても、そうだよな。ゆっくり休めという言葉だけじゃ約束を取り消したことにはなんねぇか。俺の言葉が足りなかった。

「わり、すっぽかしてた。待たせたな」
「いいえ」

せっかく来てくれたのに、俺はその好意を無下にするようなバカではない。彼女を迎え入れるために開きかけのドアを全開にして、親指を部屋の中に向けた。

「ほら入んな。あんたが良ければ」
「ではお邪魔致します」
「いや、待て待て」
「……?」

当たり前のように足を踏み入れようとするから、思わず制止させた。少しだけでも良いから悩む素振りを見せてくれ。コロッと言い分を変えるバカみたいになっちまった。
なんだこの人……というような目で見上げてくるから、親切に分かりやすく説明してやった。

「そう簡単に男の部屋に単身で乗り込むもんじゃねぇ」
「それなら、最初から部屋に入るよう指示しなければいい話では?」
「ああそーなんだがよ」

そうじゃねぇんだよ。相変わらず的ハズレなことを言うやつ。いや、俺の勘だけどこいつはたぶん自分で分かっていながらこんなダルい発言をしている。たぶん鈍感ってわけじゃない。狙いはおそらく俺にめんどくせぇ女だと思わせることだ。めんどくせぇ女。
そんなに突き放したいか?でもこっちもこっちで面倒な男なんだよな、これが。それくらいの精神攻撃はまるで効かない。なぜなら俺はあんたに好かれようと必死だから。

「……ま、あんたが良いなら良い」

ここは俺の部屋だからな、危険に遭う恐れはない。ああ断言出来るさ。
そんなことよりも密室で二人きりとか……なんて夢のあるシチュエーションだ。こんなんやりたい放題じゃん。ちなみにこの部屋にはベッドがある(今は銃が散乱してるが)。
この機会をみすみす逃すわけにはいかない。邪魔が入ると萎えるから、音を立てないようドアの鍵を閉めた。ちゃっかりしてやがる。いや心の中は下心満載だが何があっても今日は襲わねぇから安心しろ。今日は。

絶賛タバコ吸いまくり中だったから、当然廊下よりも空気がよどんで煙たいだろう。一応気遣って平気かと尋ねてみたら、喫煙者じゃないのに平気だと言われた。
まあ無理だったら最初から部屋に入ろうとなんてしないか。一人納得しながら椅子を持ってきて適当なところに置いた。

「ここ座って」
「お気遣いなく」
「いや座れって。疲れんだろ」
「平気です」

さては長居するつもりねぇな?

「いいから、座れ」
「……」

首を振る彼女の膝の裏にイスを押し付けて、半ば強引に座らせた。諦めたようにスカートを両手で摘み、皺を正すように座り直す清楚な彼女。まあ当たり前だけどさっきまでとドレスが変わっている。
自分の好みなのか、それとも昔勤めていた屋敷の制服がそれだったのか、彼女の服はどれも同じようなデザインのワンピースだ。詰襟と袖口、スカートの裾にそれぞれ控えめだけど可愛らしいレースをあしらっており、清楚なオーラをより一層引き立てている。
ちなみにフロントのボタンは飾りで、背中にファスナーがついているタイプの服。なんで服の観察をしているのかって?簡単、脱がしたくてたまんねぇから。

「それで、大事な話というのは?」
「ねぇよそんなん」
「……帰ります」
「待てって。はやまんな」

いかがわしいことを考えていたせいで、思いきり正直なことを言ってしまった。何やってんよ俺。

「やっぱり嘘だったのですね。大事な話があるというのは」
「語弊があんな。俺にとってはすっげぇ一大事なんよ」
「左様でございますか。それなら……聞くだけ聞いてから帰ります」
「そうやってすぐ帰ろうとすんじゃねぇ」

悲しくなるから。整備途中の銃をある程度片して、俺はベッドに腰掛けた。

「じゃあま、前説は鬱陶しいだろうから早速本題な。何度も言ってっけど、俺の女になってくれ」

足を組んで、煙を吐き出し、これまたどストレートに愛の言葉をぶつけた。何度目かも分からない誘い文句。そこのお前。態度がなってないとか言うな。これでも恥ずいんだ、見逃してくれ。

「申し訳ありませんが私は」
「何度も聞いたよ、それ」
「それならどうして何度も同じことを尋ねてくるのです」
「諦めの悪い男だかんな」

ノーがイエスに変わる日を懲りずに待ち続けている。

「もう決着つけようぜ」
「決着、とは……」
「ほんっとに俺のことが嫌で目障りで気色悪くて大嫌いだってんなら、もう俺にはどうしようもねぇから諦めるっきゃねぇ」
「……そこまで言っていませんが」

そんなことを言われたって、実際思ってそうだから怖い。でも!ほんの少しでも希望があるのなら、俺は絶対に諦めない。そういう人間だ。

「あんたが思ってること、俺全部知りてぇから教えて」

俺のことをどう思っているのか。俺の言葉をどんな気持ちであしらい続けているのか。
普段も真剣だけど、今はより真剣に瞳を見つめる。すると、彼女は一度両目をぐるりと回してからすぐに口を開いた。

「私、あなたのことが好きです」
「はァ?」
「ただし、一人の人間として」
「あ〜」

上げてから下げんのが超特急すぎる。安い遊園地のジェットコースターかよ。一瞬期待して超変な声出しちまったじゃねぇか。

「今までそんな素振り一つも無かったけど、でも俺んこと好きって感情はあったんだな。まあ一人の人間として」
「あなたは落下する人間を咄嗟に受け止めることが出来るほど、心優しく正義感に溢れているのではないですか」
「なんかわざと言ってんじゃね?それ。見当違いにも程があんよ」
「え?」

彼女の普段の煽りスキルが高すぎるせいで、どんな言葉でもそういうニュアンスを含んでいるかのように聞こえてしまう。これは悪い癖だ、今すぐ直すべきところだが……今の発言はたとえ本心だったとしても事実に反している。そこは正さなければ。

「逆だ逆。あんただから助けたってだけ。他の人間だったら間に合ってたか分かんねぇ」
「でも、実際間に合って……」
「そりゃ死ぬ気で間に合わせんに決まってんじゃん。ナマエには一つもケガしてほしくねぇもん」
「……」

死ぬ気で間に合わせたおかげで、彼女は傷一つ負うことはなかった。これは奇跡に近いだろう。あのままクッション(俺)を下敷きにせずに頭から落ちていたら、文字通りぺしゃんこになっていたかもしれない。想像するだけで身の毛がよだつ。
彼女自身もそれは自覚しているようなので、わざわざ俺の方から過ぎたことを掘り返すのはナンセンスだ。俺は話を続けた。

「なあナマエ」
「……はい」
「嫌われてねぇってことはだ、ワンチャンあるってこったろ?ならそのワンチャン狙わせて貰うぜ」

一点を狙い撃ち。俺の得意技。

さすがのあんたでも、小さくて鋭い弾丸を両手で受け止めることなんて出来ない。それならその心臓で受け止めてしまえばいい。
そんでさっさと俺に撃ち抜かれてしまえ。



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