THE STONE WORLD


手榴弾



「おはようスタン。あのさ、ゼノか私片方だけ殺すとしたらどっち?」
「もっかい言って?」
 作業が始まる前に簡単な食事をとっていたところ、ふらっとやってきたハニーが俺の貴重な飯を横取りしながらおかしなことを口にした。
「聞き取れなかった? ゼノか私、片方だけ殺すとしたらどっち?」
「何言ってんよ?」
「……分かんない?」
「ああ、分かんね、あんたの頭ん中が」
 片方だけ殺すとしたらどっち? 何だこの質問。なぜ片方は殺す前提だ。だいたい朝っぱらから何言ってんよ。
彼女とは割と長い期間一緒にいるが、そういう俺でもたまにこいつのことが分からなくなる時がある。
「じゃあ分かりやすくしてあげる」
 彼女は俺の座る長椅子に一旦後ろ向きに座って、両足を上げながらくるんと回って俺の隣に落ち着いた。距離を縮め、俺の体にもたれかかるとそのまま目を閉じてしまう。眠そうなところを見ると寝起きらしい。
 ので、完璧に覚醒するまで長いキスをプレゼントしてやった。すぐにギブアップしたようでばしばしと太腿を叩かれたから、もう一押ししてから口を離した。ぜえぜえと息を切らしながら威圧感のない可愛い顔で睨んでくる。
「おはよ」
「朝からやめてよ……スタンのキスは濃厚なの」
「これがねぇと今日が始まんねーじゃん?」
「でもゼノがいつも、衛生面でいろいろ危ないからやめろって」
「俺はそういうのよりスキンシップの方を大事にしたいね」
「まったくもう」
 ま、本当に病気になったりしたらまずいのでほどほどにするにはするが。それを踏まえても……これから俺らにはまた一日、朝から晩まで重労働が待っているのだ。衣食住は整ってきたとはいえ忙しさに変わりはない。キスがあるかないかでは、作業効率に差がありすぎる。
「それで、さっきの続きなんだけど」
「あー続けんの?」
「だってこの話をするために朝からスタンに会いに来たんだから」
「用なくても会いに来いって」
 こいつはキスどころか顔を合わせなくても平気らしい。ああ悲し。心の中ではめそめそしながら真顔でスープを口に運ぼうとしたら、その途端に隣の口が「あー」と声を上げながら開かれた。こいつ。衛生面気にしてんのはどこいった。
 仕方ないので今回は諦めてそっちにスプーンを運んでやると、美味しそうに頬をほころばせるから後悔はなかった。飲み込んですぐに話を始める彼女。
「分かりやすく例えたら……そうだな。敵に捕まって捕虜になったゼノと私、あなたはどちらかの命しか助けられない、とか」
「……ふぅん」
「どう? これならよくありがちなシチュエーション問題になったでしょう。スタンならどっち選ぶ?」
「敵ぶっ殺す」
「話ちゃんと聞いてよ。どっちか選べって言ってんのに」
 いやだって、敵さんぶっ殺すだけでこと足りんじゃん。どうしてわざわざ片方を選ばなければならない。彼女の頭が何を考えているのか一向に分からず黙々と食事を続ける俺。無視されたと思ったのか、すぐに文句を言い始めた。
「ねぇ、なんで答えないの。迷ってるの? 優柔不断は命取りでしょ、軍人さんは」
「それ言うなら、結論を先に言えってのが戦地での基本なんだが? 何が聞きたい」
「だから……」
 彼女は俺のヒマしてる方の手の指を折り曲げ、俺の手でピストルを作った。
「そのままだってば。スタンはゼノと私、どっちの命を捨てられる?」

 まためんどくせぇこと言い出しやがって。

「んー、これは言い方がちょっとね。どっちの命の方が大事?」
「変わんねぇじゃん」
「ニュアンスの問題!」
 どっちにしろ片方を選ばせたいらしい。ゼノと彼女の命、どちらの方が大事か? 正直に言って一番最初に質問された時から答えはハッキリ決まっていた。
 どちらも大事だ。それ以上もそれ以下もない。言葉のまんま、二人とも同じくらい大事。その点、その他の人類には驚くくらい無関心だ。が、そう答えようにもこいつは納得しそうにないな。
「どんな答えが欲しいんよ」
「私に聞かないでよ。単純にスタンの意見を知りたいのに」
 どう答えてやろうか。もちろん、こいつが欲しいであろう答えは分かりきっているが。
「言っておくけど、両方っていう答えは無しだからね。ちゃんと片方を選んでね」
「じゃあ逆に聞くが、あんたはゼノと俺どっちのが大事なの」
「そりゃあ、どっちも!」
「言うと思った」
 呆れながらスープを完食した。

 ここにゼノがいるんなら、遠慮せず声を大にして『恋人のが大事だ』と惚気けてやるんだがな。そしたらゼノは分かりきったような顔をして苦笑いをすることだろう。……あいつはあいつで俺の心の中を見透かしていそうだ。
 てかまずその前に恥ずいから。ゼノ! 俺あんたのこと大事だぜ! んだこれ、面と向かって言うことかよ。
 ゼノがいないから、本心で思っている事を話してもいいって思える。だからやっぱり俺はこう答えることにした。
「どっちも大事としか言えねぇよ。だってどっちも大事なんだから」
 少なくとも俺は。二人のうちどちらかでも欠けたら……どちらかでも失くしたら、少しの時間呆然とした後、すぐに感情が爆発して自らの体裁を保てなくなる。それこそ安全ピンを失くした手榴弾のように。
 絶対にそんなことにはさせねぇけど。もしそうなった時、俺はどうなるだろうね。周囲を巻き込みながら自分も滅びてしまうかもしれないな。
「分かった。じゃあ質問変えるね。どっちの方がより大事?」
 クソ。この期に及んで……懲りねぇやつ。
「ゼノに嫉妬してんの? もしかしなくても」
「ち、違うから」
「じゃあ何よ」
「…………ちょっと気になるだけ」
 さりげなく服を摘まれた。
「ったく、しゃあねえな〜!」
 まあ分かってたけど、一筋縄ではいかない彼女。こっちは嘘偽りなく話してるっていうのに分かってくれないんだったら、具体的にそれっぽい例をあげて納得させてやることにした。
「ケースバイケースだが、あんたら二人がなんか危ない目に遭ったら、俺はまず最初にあんたを助けんじゃねぇかと思うね」
「……私に気を使ってるの?」
「そうに決まってんじゃん。だってあんたさっきからずっっっっとそう言ってほしそうな顔してっから」
「……」
「ただな? ゼノ、あいつはどんな緊急事態でも冷静に考えられる頭を持ってっから、最悪後回しにするってだけで」
 ゼノなら自分が危険に侵されても、解決策を一瞬にして導き出して、すぐにそれを実行できる。俺がいなくともある程度は自分でなんとかするはず。
 逆に、彼女にそんな芸当は無理だ。こいつはただの虫にさえ怯えて動けなくなるような小心者だから。
「あんたはどうせテンパって自分じゃなんもできねぇだろうから、そっちを優先すんのは当たり前のこったろ」
「……じゃあ私の方が大事?」
「あんたさぁ……。分かった分かった! おいでほら! あんたが一番大事だよ、この世で一番愛してっから!」

 ※ただしゼノも同じ場所にいる。

 いつまで経っても納得してくれない可愛い恋人を、心の中でそんな註釈をつけながら力いっぱい抱きしめた。
 安心しろよ、だとしても恋人として愛しているのはお前だけだ。慰めるように大げさに背中をさすって、何度も何度も愛の言葉を囁くと、さすがにいたたまれなくなったのか小さな声で呟かれた。
「……面倒くさいやつでごめんなさい」
 今更すぎる。でも結局そういうところが愛しくてたまらない。そして同時に、彼女の俺に対する想いなんかを再確認できる。羨ましいだろ。こいつは俺のことが大好きなんだよ。それ故にたまに不安になった時は、こうして安心させてやる。
 普段は……ていうかついさっきも、キスを邪険そうに嫌がっていたくせにな。もう一度ごめんなさいを言う口を口で塞ぐと、今度は大人しく俺に腕をまわして応えてくれた。さり気ない違いが嬉しい。
「分かってる。スタンがどっちのことも本当に同じくらい大事に思ってるってこと。ちゃんと分かってるの」
「分かってんならこんな質問しねぇよ」
「分かった上で、スタンがどう返してくれるのか興味があったの」
「|サイコロジスト《心理学者》にでもなったつもりか?」
 問い詰めるような、呆れるような口調が無意識に出てしまい、また隣からぼそっとごめんなさいが聞こえてきた。もういいから謝んなって。
「ゼノならどっちを選ぶかな? スタンと私が同時に危険な目に遭った時。……私の方が出会いが遅いから、やっぱり幼馴染のスタンかな」
「ゼノは確実に助けられる方を選ぶ。そうじゃなくても……やっぱりゼノも俺と同じ理由であんたを優先すんじゃねぇの?」
 俺は軍人として信頼に厚いので。それなりに鍛えてる俺より、ただの一般人の彼女を優先したくなるのは普通だろ。
 それに、もし俺の方を優先されてこいつだけが死んじまうなんて事態になったら、俺は先述の通り感情が大爆発して自分も死ぬ。それをおそらくゼノは分かっている。自覚してるさ、自分の愛が重いってことは。
「もし私がゼノとスタンの命を選ぶような立場になったら……私、とっさに何もできなくて二人とも死なせちゃうかもね」
「なに不穏なこと言ってんよ」
「……軍人にとって死は身近なものだってこと、分かってたつもりだったけど分かってなかったの、私。この世界になって自然の脅威を目の当たりにして、人間は簡単に死ぬんだなって、砕けた石像を見て、とたんに怖くなって」
 なんで私は今生きているんだろう。石像のままの人の方が圧倒的に多いのに。
 どうやら今朝の質問攻めはここから来ているらしい。ようやく腑に落ちる解を得た。でも生き返っちまったもんはしょうがねぇじゃん、だからその思考は余計。
 肩に手を回してガシガシ頭を撫で回し、今にも泣き出しそうな彼女を抱き締めた。俺はあんたが今ここにいてくれてこれ以上なく幸せだってのに。要らねぇことを考えるやつ。
「だから、もし私のせいで二人のことを死なせちゃったら……死ぬほど思い詰めて、二人の後を追いかけるかもしれないね」
 そんなことを言いながら、彼女は小さく笑った。

 だから俺も笑った。
「俺がそうさせねぇから安心しな」
 “一番”は、二人それぞれ思うがままに生きててくれりゃ……もう何も望むことはない。たとえそこに俺がいなくても、それは周囲を脅かすかもしれない危険な武器が消えるだけ。
「うん……分かってる、スタンがずっとそばにいて、私たちのことを守ってくれるんだよね。何があっても、ずっと一緒に」
「ああ。誓ってもだ」
 誓っても、あんたらだけは絶対に死なせない。
 とりあえずこれだけ自覚しておけばいい。俺の安全ピンの輪に指を引っ掛けているのはあんたら二人だってことを。
 俺ん中にある火薬は、多分相当の威力があんぜ。だから不発のままでいさせてくれ。消えるとしたら、それは一瞬の出来事だから。



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