THE STONE WORLD


01

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「ただいま」

と、声が聞こえてきたから「おかえり」と返した。それだけのことなのに、突然部屋に現れたその人物は酷く怯えて慄いていた。生憎これまで生きてきた世界がどうしようもなく暗かったもんで、まあ俺にとってはそれが居心地良かったんだけど……普通のやつの普通を知らないから、俺は今、彼女にとっての普通を読み違えたのかもしれない。

「……なんてな」

普通じゃねぇのは俺の存在だ。今この場において、明らかに異常なのは俺という異質な部外者。本来、彼女に『おかえり』を言うはずだった"それ"に手をかけている、ところどころが赤い男。他人の血なんて汚えから本当は浴びたくなかったんだけど、ちょうどそのタイミングで彼女が部屋に入ってきたもんだから、"そう"した方が殺人鬼的なイメージがより強固に視界にこびり付くだろうと思って、わざとそうした。
言うなれば演出だ。血を浴びた人間と血を浴びてない人間、どっちが怖いと思う?それだけのこと。

「ぁ、」

春、夕暮れ。帰宅した家に殺人鬼がいたら、そんな顔もしたくなるよな。いやま、無差別じゃねぇしこれもちゃんと仕事なんだから、よければ殺し屋って呼んでくれ。

俺と目を合わせた途端、彼女はその場から逃げおおせた。けたたましい勢いで階段を駆け上がる音がする。どうして外に逃げ出さず家の中に留まったのか、少し疑問に思ったがそれはすぐに解決した。のそのそと追いかけて二階のとある部屋を開けた時。鍵のかかっていたドアを容赦なく蹴破った時、少女がこちらに向かって銃を構えていたのだ。
ああ、反撃しようと目論んだのか。勇敢にも家族の仇をとろうとして、逃げ出す選択をせず、こうして銃を構えて。いやその前に警察呼べよ。それか隣人に知らせろよ。ツッコミどころは多々あったが、まず言いたかったのはライフルの持ち方。どこからどう見ても素人のそれだ。彼女が扱えないということは明白だった。ということは、中身の有無を確認する術を知らないはず。

「それ、弾入ってねぇんだろ」

カマをかけてみる。

「ハッタリすんにしてもちゃんと持ちな」

一応トリガーに指はかかっているが、構え方がなっていないから照準が定まっていない。そもそも体が震えている。人を撃つ覚悟をした目ではない。どうせ引けはしない。これなら本体を鈍器として扱う方がまだマシだ。
俺は銃口を向けられていることには気にも留めず、銃口に向かってまっすぐ歩いた。そして銃口を手の平で覆って、そのまま天井に向けた。

「あんたいくつ?」

少女は俺の手の中に銃を置き去りにして、ペタリと床に座り込んだ。腰が抜けてしまったらしい。質問してんだけど、俺。まあそんな簡単に答えが返ってくるはずがない。ガタガタ体を震わせて虚空を見つめているのを横目に、俺はそのライフルをいじり始めた。なんとなく人ん家にある銃って気になっちまうんだよな。
弾は本当に入っていなかった。何のために置いてんだ?インテリアか。それはともかく、こいつをどうするか決めなければ。

「名前は?」

ライフルを部屋中央のベッドに置いて、少女の正面にしゃがみ込んで至近距離から目を合わせた。すると、驚いたように「ひ」と小さな悲鳴を上げて後ずさりをする彼女。
人の顔見てその反応は酷くね?慣れたもんだけどさ。悪態をつきながら彼女の肩に手を伸ばしバッグを拝借する。目的の財布を出したはいいが、さらに中をさぐると何故か目立つところに薬の瓶が入っていた。あまり良くない薬だ。
見かけに寄らず悪い子だな。感心しながら財布を開くと、免許が入っていて驚いた。もうそんくらいの歳か。いやまて、こいつティーンじゃねえじゃん。童顔だから騙された。成人なんてはるか昔に迎えた俺からしたら、判断のつけようがない。

「へぇ、ナマエって言うの」

最終的に殺すのは決まりなんだが。

「二十歳ね」

未成年じゃねぇならとりまやるか。あれこれ考えることなく、まず最初にそう決めた。相変わらず欲求に素直な自分に感心する。でもこれはしゃあない、最近は仕事ばかりで寝てなかったから。そういう今日も仕事だったんだけどな、それはついさっき完了したからここから先は自由時間だ。
ちゃんと未成年じゃないことを確認した俺を褒めてくれ。だってゼノが、自分の好きなコが成人するまで手を出さなかった事実に俺は割と衝撃を受けていて、こっちまで変なブレーキがかかっちまったというか。あいつの話を聞いて以降、俺は殺す相手の年齢を逐一確認する癖が付いてしまった。この年頃の女は化粧や服装で年齢詐称するのが得意だから、特に気を使わなければならない。

「とりあえずさ、泣くの止めねぇ?俺あんたにはなんもする気ないかんね」

嘘だけど。

たった今大事な家族を殺した張本人にそんなことを諭されても、落ち着くなんて到底無理な話だ。涙を流しながら少しずつ、それはもう少しずつ、微妙な速度で背後に後ずさっていた彼女だが、壁にたどり着いてしまったことでそれ以上進むことができなくなった。
どこにも逃げ場なんて無いのに、俺が近づこうとするとさらに身を縮めて自分を守ろうとする。その惨めな姿が野良に捨てられた仔猫のようで、こっちはカラスにでもなったような気分だ。

「泣くなって。落ち着け」

頭に手を置いた。ビクッと肩が震えるのも気にせず撫でてやると、酷く困惑した様子で俺の目を見つめてきた。
何をしているのかって?何って、値踏み。後になって抵抗されると面倒だから、今の段階で俺の行動にどんな反応を見せるのかを観察している。まあそんな難しいことを頭で考えてやっているわけじゃあないんだが。
少女……ていうかもう成人だけど、少女は俺に銃を構えこそすれ、それ以外に目立った行動を起こすことはなかった。立ち上がって逃げ出さない。俺の手を振り払わず、今も大人しく頭を撫でられているまま。つまり、恐怖に直面すると動けなくなるタイプ。こういう人間は割とキチー命令でも案外受け入れてくれるから、扱いやすくていい。あと、叫ばない。これも大事。うるさい女は嫌いだ。

「落ち着いた?じゃ大人しくしてな」

そんな彼女でも、服を脱がし始めたらさすがに反応を示した。片手を伸ばして首元から順にボタンを外していけば、すぐに危険を察知したらしく腕を掴まれた。俺の手に付いた血はとっくに乾いているが、真っ白なブラウスだから触られたら汚れが移ってしまうかもしれない――と、そんなことを考えるのはただの馬鹿で、彼女は単に本能的に俺の手を掴んだといった様子だ。何をやっているのか、何をやろうとしているのか全く理解できない。そういう目をして俺を見上げてくる。

ので、さっさと解らせてあげることにした。床でやんのは汚ぇし痛そうだから、丁度そこにあるベッドの上に彼女を運んだ。驚いている隙に手と足一本ずつで器用に四肢を押さえつけ、靴を外し、残りのボタンを外しにかかる。慣れたもんだ。当然抵抗されたがこの華奢な体が俺に適うわけがなかった。ちゃんと食ってんのかね。心配になってくるが、服をめくると案外健康的な肉があって安心した。
……安心するはずだったが、予想外のものに目を惹かれて数回瞬きした。そのほっそい胴体に強く殴られたような打撲痕。

「ヘェ」

この場所だけじゃない、服に隠れるところならほとんど。一発どころではない。何度も何度も繰り返し殴られた痕跡がある。
もしかして今下で死んでるやつに暴力を振るわれていたのか?……ああ、もう暖かいのに肌が見えなかったのはそういうことか。一人納得しながら肌に手を添わせた。傷が痛そうだから優しめに触れていく。まあ濡れないのは分かっているから、こういう時のために持ち歩いていた滑りを良くするそれを出そうとした時、つい拘束から外れてしまった片手が俺に向かってクッションを投げてきた。

上体を逸らして軽く避けたら、それは後ろの壁に当たって落ちた。立て続けに別のクッションを投げようとするから、手を拘束し直して、安心させるように微笑んでみた。
今のが最後の抵抗?可愛いじゃん。さて、お願いする時はまっすぐ目を見つめないとな。じっと両目を見下ろしながら耳元で穏やかに「暴れんな」と言い聞かせたら、彼女は途端に縮こまって泣きそうになりながら最低限にしか動かなくなった。ああ、いい子。いい子だから暴力を振るわれてしまうのだろうな。いや違うか。普段から暴力を振るわれているから『いい子』なのかもしれない。力には敵わないと分かっているから、抵抗できるはずもない。
んー。だがついさっき見た限りじゃ、あの人間の拳は綺麗だった気がするが。道具でも使ったらしい。ふと視線を動かすと、彼女が着ていたジャケットのポケットからスマホが顔を出していた。ホーム画面で笑っているのはこの子とあともう一人、知らない男。一見紳士的で友好的な……

「あー、彼氏?カッコイイじゃん」

暴力とは縁のなさそうな顔。けれど、俺からしたらいかにも裏で人を殴っていそうな顔をしている。……矛盾に思うか?勘だ、勘。根拠はないが、なんとなくコイツはやってそうな気がする。この写真の彼氏っぽいのが彼女に暴力を振るっているのだとしたら。ここまで考えたところでなんとなく把握した。

体の傷、写真の男、……さっきの薬。

「あんたさ、こいつ殺ろうとしてる?」

彼女の瞳が揺れた。

「いいじゃん、やっちまえよ。んなクソ男」

クソ男がどっちか分からない?けど俺は暴力を振るう趣味はない。それよか気持ちよくなりたいタチだ。その分優しいと思うが。そういう問題じゃない?これからイイことするってのに、ごちゃごちゃ考えさせんじゃねぇ。
反応からして図星か。嫌な人間を前にして黙り込むより親指を下に向けるとは、なかなかいい心意気じゃん。

「それとも俺が殺ってやろうか?金くれんならな」

反応がなかった。
仕方なく次の工程に進む。

「……っぁ……ぅ」

真っ赤な顔で、一生懸命口を押さえている。さっきまでと違って少しも抵抗する素振りを見せない。だらんと開かれた足に力が入っていない。でも爪先はピンと伸びていて、自分の頭の下に敷かれた枕を必死に掴んでいる。
同じペースで腰を打ち付けながら太ももの内側に手を滑らせると、彼女は途端にビクビクと体を震わせた。

「どした?」

――なんてことはいちいち聞かなくても分かるが、わざわざ尋ねたのはただ単に言葉で煽るため。相変わらず怯えてはいるようだが、それよりも明らかに"感じて"いる様子が見て取れて、声をかけずにはいられない。まあいつも遠慮はしないけど、俺自身遠慮せず動けるから今日はいつもより気分がいい。ていうか顔に出すぎだ。知らない男にヨクされるなんて悔しいだろうな。
さっき一度落ち着いたのに、もう涙は止まらないようだ。最後の抵抗のつもりなのか、声だけは必死に抑えている。物理的に手で押さえて。でもせっかくならあんたの声も聞かせて欲しいね。そうお願いしてみるが、

「……、っ…」

いつまでも黙ったまんまだから、体勢は変えずに手を伸ばしてその細い首に添えた。俺の言うことは聞いといた方がいい、じゃねえと間違って殺しちまうかもね。極限状態の彼女にとってはこんな在り来りな脅し文句も銃口を向けられているのと変わらない。そうだ、頼み事をする時はまっすぐ目を見つめないとな。じっくり瞳の奥まで覗き込むようにしながら頭を傾けると、まあ目を閉じられた。
その反動で溢れる涙がシーツに流れ落ちていく様子を眺めていたら、次第に口から手が離れて従順に声を出し始めた。ああ、いい子。やっぱり言うことを聞いてくれるタイプ。だがそれだけではかった。

声に合わせて攻め続けると、ふと首に腕を回された。それだけでも驚いたのに、小さな声と真っ赤な顔で「もっと」とおねだりされたから、そのまま飛び出るかと思った。
なんとなく勘づいてたが、やべービッチじゃん。顔とろっとろにして……そんなに良かった?てか彼氏どんだけ下手だよ。素直なところが気に入ったので、起き上がらせて俺の上に座らせた。

「そんなに欲しいなら自分でやりな」
「っ、う……」

これでもかってほど泣いているのに、こんなことすら素直に従おうとする。キチーどころか鬼畜すぎんだろ、俺。自分で自分に引く。そして本当に自分で自分の体重をかけて奥にしまい込む彼女。顔が真っ赤なのは、生理的な理由が一番だろうけど、それだけではなさそうだ。
初対面の男、しかも家族を殺した男の前で腰を振って快感を得ようだなんて、なかなかとち狂ってやがる。百パー俺が言えることじゃないけど。でもこういう女は嫌いじゃない。狂ってる人間はむしろ好きだ。

「っはぁ、ぅ、……っぁ」

マークした。


「あ、ナマエ?分かってっと思うけどさ、もちろん今日のことは……」

シーツに倒れ込み肩で息をしている彼女を見下ろしながら、自然と口角のあがってしまう唇に人差し指を当てて、"Shhh……"と息を吐いた。俺を見上げる瞳はもはや光を宿していない。でも生きてはいるから俺の声は聞こえているはずなのに、返事がない。こいつは『いい子』だから言葉だけでも充分だと思ったけど、一応念の為に脅しも入れておくか。呼吸のために大きく開いていた口の中に小型ナイフを突っ込んだ。

「なあ、話聞いてる?誰にも言わねぇって、返事くんねーと安心できねぇじゃん」

尋ねると同時にナイフをぐぐと横にズラして内側から頬にあてがえば、急に顔色を変えて目だけで何かを訴えてきた。まあレイプされたってので混乱しているのもあるんだろう。まだ力の入らない両手で俺の体を押しのけようとする。でも返事って大事だぜ。
峰だから切れないのに、こんなことで騙されてしまう可愛い仔猫。そうそう、ハッタリってのはこういうことよ。さりげなく騙すのがコツ。脅しはこれくらいにしておいて……これじゃあ頷くことも声を出すこともできないだろうから、すぐにナイフを抜いてあげた。呼吸を浅くしながら口元を押さえようとする手を取って、小指同士を絡めた。

「分かった?俺の言いてぇこと」
「……わ、わか、わかった。だれにも……言わない、から」
「約束な」

テキトーな約束。だけどこの女は多分、誰にも口を割らない。何故なら違法の薬物を保持しているから。
それを使って本当にあの男を殺すつもりなのかは知らないし割とどうでもいいけど、警察に飛び込んだらなんやかんやでその薬も見つかるだろう。そしたら俺はまず確実に捕まえられるかもしれないが、同時に彼女自身の身も危ぶまれる。つまり何も出来ない。

ふと思ったんだが、俺のような人間が野放しになっている塀の外と、多数の犯罪者がごった返している塀の中、どっちのが安全なんだろな。あっちに行く予定はないから永遠に知り得ない謎だけど。

「あー待ちな。あんた、お別れすんの忘れてんぜ」
「……」
「あっそ。もうけっこ夜遅いし、変な奴に絡まれねぇようにな」

もう動かないソレを見下ろしながら、煙草に火をつけた。遠くで玄関が閉まる音がする。行ってきますくらい言えばいいのに。これで最後になるんだし。ただいまを言うくらいには仲良かったんだろ?だからこの俺にライフルを向けたんだ。

「……」

俺だって人の生死に何の感情も抱けないほど心を失くしているわけではない(ゼノは失くしてそうだけど)。せめてもの弔いとして、祈るくらいはしておいてあげた。
誰に対して?そりゃ、この元人間が無差別に殺してきた少女たちに対してだ。



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