THE STONE WORLD


味わうのなら暗闇の中で

石になる前の、当たり障りのない日々を過ごしていた時の話をすると、いつもあの日のことを思い出してしまう。
あの日、全人類が石化した日。ゼノに連れられて訪れた国立公園で、私は久々に愛する人と再会した。お互いに、いや、ぶっちゃけ向こうがめちゃくちゃ多忙なので、長い時間会えないことにはとっくに慣れている。私は別に苦しくない。実際に何千年も耐えたのだから。
けれど、一つ思うのは・・・もしあの日彼のそばにいなかったら、私は今頃どうなっていただろう。



「もし私がずっと石のままだったら、二人はどうにかして助けてくれた?」

突然話題を変えた私に、二人は一斉に顔を見合せた。そして、即座に次々と口を開く。

「愚問だな」
「そうだfirst name。即答だよ、僕もスタンと同意見だ。なぜなら君が生きてそばにいないと、この男は使い物にならないからね」
「言うじゃんよ」
「実際そうだったじゃないか」

ほんの一週間だ。
私はこの二人よりほんの一週間だけ目覚めるのが遅かった。復活したばかりの頃にゼノから聞いた話によると、その間スタンリーは一切食事に手につけなかったらしい。いやさすがにそれは盛りすぎだろうと思うが、ゼノがくだらない冗談を言うはずがないので、あながち嘘でもないのしれない。スタンリーははぐらかすばかりだし、その場にいなかった私には知る由もない。いやさすがに嘘だろうと思うが。
もちろん彼は軍のチームを率いる立場にいたわけだから、たった一人の人間に現を抜かしている場合ではなく。とにかく色んな感情をひた隠しにして、彼は私を待ち続けてくれた。

「二人とも、ありがとう」

石化から目覚めた時、スタンリーは当たり前のようにそこにいた。今考えればそれって変だ。食糧調達しなければいけない、安全に寝られる場所を確保しなければいけない、ほんの少しの時間も惜しい時に、たまたま私の石化が解かれる瞬間に立ち会うことができるだろうか?しかも私は運悪く離れた場所に移動していて、そもそも見つけるのだって困難だったはずだ。
動かない私を見つけて、近くで見守っていただけで、一週間も空腹をしのいでいたのでも言うの?そんなの笑えない冗談だ。スタンの愛が大きくて、人生をかけてでも受け止めきれるか分からないや。もちろんゼノの愛も同様に。

「どうかしたのかい?」
「なにもないよ。二人といれて幸せ」
「ニアは頭の中全部口に出してくれっから、不安がなくて助かるよ。俺たちも幸せだ」
「そんなこと、口に出さずとも伝わっているけどね」
「だって・・・まあ、ありえないだろうけれど、もし私の方が先に目覚めてたら」

離れた場所にいた二人を見つける余裕なんかあるわけもなく。

「その日のうちに川に飛び込んで、ワニたちの餌になってたと思う。ああ、狼でもいいけど」
「想像しただけで恐ろしいね。だが君ならやりかねない」
「ふざけてんだろ。よく覚えときな、first nameを美味しく味わえんのは俺だけだ」

さっきの仕返しだろうか。なんとなくその気になったので、スタンの腕を引いて頬にキスをした。そのあとテーブルに身を乗り出して、ゼノの額に同じ動作をする。と、スタンは私の服を引っ張って元の椅子に座らせた。

「足りねえから」

そう言いながら近づいてくる彼。視界の端でゼノが立ち上がって食器を片し始めるのが見える。おかわりしたスープ、まだ少し残っているのに・・・。
まあいいか、冷めてしまっても美味しいものは美味しいから。後できちんといただこう。



「おお君たち。今入るなら邪魔をしないようにね。いや、君たちからしたらあの二人の方が邪魔で仕方ないだろうが」
「今、中で何か作業でもしてるの?」
「見れば分かる。まあ少しの間だ、我慢してやってくれ」

ゼノはいつの間にかいなくなっていた。遠くの方でこんな会話が聞こえたような気がするが、よそ見をするとスタンに無理やり顔の向きを変えられてしまうので、時間通りに夕食を食べに来たルーナやカルロスたちが顔を真っ赤に染めたことも、私は頭の中で想像するしかなかった。

部屋に戻ると、私はすぐに寝る支度を始めた。明日は朝早くからやらなければいけないことがあるから・・・というのは建前で、実際には部下に呼ばれたスタンの帰りを待っているだけだ。
シャワーを浴び、服を着替え、髪を梳かす。まだまだ不自由なことは多いが、それでもほとんど以前の生活を取り戻していることに、毎日のように感謝せざるを得ない。
今日もそこそこ歩いたので、体をほぐそうとベッドの上でストレッチを始めた。充分体を伸ばしたところで、タイミングよく鳴るノックの音。「ハニー」と、ドア越しに聞こえる甘い声。私はすぐさま駆け寄った。

「へえ、今日はしっかり起きてんの。俺の眠り姫は」

冗談めかしてさっきの会話を掘り起こす彼。あれからほんの二時間ほどしか経ってないのに、眠っているわけがないだろう。まあ、スタンもそれが分かっているから、普段通りノックをして呼びかけたのだ。
スタンはドアをパタンと閉めて、後ろ手に鍵を閉める。

「寝る準備はもう出来てるよ。あとは明かりを消すだけ」
「消しても?」
「さっそく?まあ、消さないと寝れないけど」
「いや、寝させねえよ」

スタンリーは言いながら照明を消した。途端に真っ暗闇に包まれる。これでは暗すぎて何も見えないので、私は手探りでベッドに近づき枕元に置いてある間接照明を付ける。すると、その手をスタンに掴まれて上半身をベッドの上に押し倒された。いくらなんでもさっそく過ぎやしないだろうか。
そう思うのも束の間、スタンは私の上に覆いかぶさって、目を細めながらじっくりと私を観察し始めた。スコープを通して獲物を狙う時とはまた違う。私はこの目で見つめられると、何故か視線を逸らせなくなってしまう。
彼は咥えていた煙草を間接照明の下の灰皿に押し付けながらいたわるように私の頭の横側を撫でると、そこに手を添えたままそっとキスを落とした。一旦離れたかと思うと、繰り返し繰り返し角度を変えて口付けをされる。さっきあれだけやったのに、彼はまだまだ足りないらしい。

「スタン、シャワー浴びたの?」
「とっくに」

予想通りの返答だ。夕食を食べた時とは格好が変わっているから。
始めは苦く感じていた煙草の味が、だんだん麻痺して分からなくなってくる。この感覚、まるで私の方こそ虜になっているようで。しっかりと味わえるよう、私はゆっくり目を閉じた。



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