07

虚無だった。

何かがおかしいと気づいたのは何もかもが終わってからの話で、きっともっと早くに気づいたとしても今の状況は変わらなかったに違いない、と思う。

久々に電源を入れたテレビは最後に見たときより過激にチャンピオンの"家出"を報道していた。
カラフルな画面のなかではひっきりなしにいろんなななせが忙しく動いている。
……これは初優勝のときのななせ、エキシビションでコスプレをするななせ、あれはワイルドエリアで昼寝を目撃されるななせで、ダンデに回収されていった姿がシュールすぎて話題になったやつだ。

ホップはまたコーヒーを一口食んだ。
こんなななせはもういないのに、何を馬鹿な夢を見ているのだろう。

「おはよう、ななせ」

テーブルの向こう側に座らされた彼は虚な顔でどこかを見つめていた。
返事がないことも気にせず朝食を作り始める。キッチンから時折話しかける体をとって吐き出される言葉はホップ自身の自問自答にもよく似ていた。

「オレさ、思ったんだ。ななせも思わなかったか?なんか違う、って。こうなれば満たされる気がしてたくせに」

ホップが幸せになりたかった原点にはななせへの恋慕があったはずだ。
こんなの言ってしまえば醜い嫉妬で、子供じみた独占欲で、目的は達成したはずなのにわがままなホップは目の前の光景になぜかまだ納得出来ずにいる。

ホップはまたテレビをちらりと見た。ななせが笑っている。

「……あっちの方がやっぱ好きだったとか、自分勝手にも程があるよなぁ」

好きなひとを独占したかった。
ただ"自分に独占された好きなひと"が解釈違いだったというだけの馬鹿な話で、何もかもが手遅れになってから気づいた自分はどうしようもない奴だった。

何の変哲もない田舎だったはずのこの町がマスコミのたまり場になっているのは知っていた。
いずれホップの悪行もバレて、ようやく手に入れたこの偽りの日々すら消え去ってしまうことだって分かっていたのだ。

「ごめん」

ホップは自己満足に謝った。

「でも、今のななせもとられたくないんだ」

手元の白い粉はするするとスープに溶けて消えていって、目の前に置かれたななせが少しだけ笑った気がした。
許してくれているのかもしれない、ああ気のせいに決まっているけれど、そうでもしなければ言葉を紡ぐ正気など保っていられないのだ。

「一緒に……死んでくれないか」

これじゃまるでプロポーズだ。
おかしくなって跪く。目の前の相手にシーツをかぶせ、新郎のように笑ってみると案外さまになっているような気がして──

「……ずっと、好きだった」

──最期のキスは鉄の味がした。

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