人でごった返す教室から、半ば拉致同然に連れ出され、そのまま、人気のない旧校舎まで引っ張っていかれる。
古い空き教室の扉を勢いよく開け放った荒北に、強引に腕を引っ張られ、中に連れ込まれた。しばらく誰も使っていなかった教室特有の匂いが鼻をつく。
「ちょ、痛い、荒北くんッ……!?」
ぐい、と乱暴に掴まれていた手を引かれ、気づけばすっぽりと荒北の腕の中に抱き込まれてしまう。薄いジャージ越しの体温が心地よくて、現状を忘れて身体を預けたくなった。
「なにやってンだヨ、おめーは……」
荒北の低い声が、頭蓋骨を伝わってさらに低く聞こえてくる。あ、やっぱり怒ってる、と真緒は思った。
「なにって……接客?」
「ちげーよ、バァカ!なんでお前がそんな恰好してんだよ、って聞いてんの!」
「えっ?」
荒北の腕の中、真緒がはっと顔を上げると、すこぶる機嫌の悪そうな荒北と目が合った。何となくいつもの彼と違っているように見えて無意識に少し離れようと身を捩るが、見た目よりもたくましい荒北の腕がそれを許さない。
「だって、接客担当の子が急に具合悪くなっちゃったから……ッ!」
それで、という真緒の言葉は噛みついてきた荒北の唇に飲み込まれてしまう。
「んッ……ぅ……ん、んんッ!」
口づける、というより喰われるというのがぴったりな荒々しいキスから必死で逃れようと、真緒は精一杯の力で荒北の胸板を押すがびくともしない。それどころか、徐々に壁側に追い詰められ、両手首を壁に縫い付けられる。
「ん、んんッ……!」
自分と壁の間に真緒を挟み、もう逃げられないと確信したのか、荒北が開いた口の隙間から舌を入れてくる。あまりにあっけなく境界線を飛び越えられ、拒絶する間もなく荒北の舌がにゅるにゅると真緒の口内を蠢く。歯列をなぞり、逃げようとする真緒の舌を絡めとり、きつく吸っては、また絡める。
突如始まった大人のキスに、真緒は呼吸することもままならない。ぎゅっと固く目を閉じたまま苦しそうに眉根を寄せながら、時折、吐息とともに酸素を求めて喘ぐ。ぼうっとする頭の片隅で、一体いつこんなキスの仕方を知ったのだろう、とか訳のわからないことを考えていると、ようやく荒北が真緒の唇を解放した。
「あッ、荒北くんッ!」
肩で息をしながら、顔を真っ赤にした真緒が何か言おうとするが、それより早く荒北の手が伸びて、頭を薄い胸板にぎゅうっと押し当てられる。思いがけず速い心音と最近になってようやく馴染んだ恋人の匂いに、真緒の心臓がどくん、と脈打つ。
「ったく……何て顔してんだヨ、バァカ」
上気した頬。涙で潤んだ瞳。濡れた唇。極めつけはメイド服。
唇を離した瞬間、垣間見えた真緒の扇情的な姿に荒北は心の中で悪態をつく。
「え?」
まさかそんなこととは思いもよらない真緒が、反射的に顔を上げる。
「だから、こっち見んな!襲っちまいそうになんだろーが、ボケナス」
「おそッ……!?」
「あークソ。真緒チャンに接客された野郎全員、シめてぇわ」
マジ腹立つ、と荒北が苦々しく舌打ちする。
「荒北くん……もしかして、妬いてる?」
ようやく事態を飲み込めた真緒が、恐る恐る尋ねる。
「そーだヨ、悪ぃかヨ!つか、ンな格好オレ以外の男に見せてんじゃねぇヨ、バァカ」
「ごめん……でも、なんか嬉しい」
「はァ?」
「そういうの私だけだと思ってたから」
荒北くんも同じなんだって、ちょっと安心しちゃった、と真緒がはにかむように笑う。
「ばッ……、んな可愛いことさらっと言うんじゃねェよ!」
真緒チャンが思ってるほど余裕ねぇんだよオレはァ、と荒北がそっぽを向きながら頭を掻く。
「荒北くん……」
ゆっくり顔を上げた真緒が熱を帯びた眼差しで荒北をじいっと見つめる。
返事の代わりに、荒北が真緒の髪を優しくなで、顎を上向かせる。荒北の顔が近づく気配がして真緒が静かに目を閉じた。
「生徒の呼び出しです。文化祭実行委員の伊東真緒さん。至急、第一体育館までお願いします……」
二人の唇が触れ合おうとした瞬間、絶妙なタイミングで校内放送が流れた。
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